春場所・十四日目【事実】

 3回目のマネ連の日がやってきた。

 胃が痛い。

 頭が重い。


 先週言われた通り、職員室から教室の鍵をもらってきて、北舎5階まで来たのだが。


「来たわね」

「ごくろうさま」

「マエミツ、鍵を忘れる…」

「わ、忘れてないですよ!」

「…母さん大忙し、タマの大冒険、の三本です」

「『来週もまた観てくださいね、と彼女は思った』」

「みんな集まってるわね」

「ベルサ部長まで来たんスか?」

「や!」

「やだ!シャイニングスターが来てる!眩しい!」

「アタクシはこれがあるから平気よ」


 木暮先輩がおなじみの濃いめのグラスを中指で整えた。

 ぼくなりに早めに教室まで来たつもりだったんだけど、もうほとんどのメンバーが、いや、来る必要のない部長や部員までが、

 マネ連に参加するために廊下に集まってきていた。


 理由は明白だ。


 みんな相撲部に、つまりこのぼくに用件を告げるために来ているのだ。


 演劇部のベルサ湯野原は、部員の流出を止めるために。

 シャイニングスター・天照 光王子はしきりちゃんに近づくために。

 あと何人かは美人教師・手刀 心に惹かれて。

 木暮先輩や、書道部の夜月 灯さんやスリーアリーナズの館あみ、りみ、なみの三姉妹なんかは、単純にそんなぼくを心配してくれてのことだと思うが、ソワソワしながら時間前にやってきていた。


「『園芸部のマネージャーは会長を殺害する目的で来ているのだった』」

「な、なんでぼく殺されなきゃいけないんです⁉︎だいたい奈礼さんマネージャーじゃないのになんでいつも来てるんですか!」

「さーて、来週の詩音ちゃんは…古堂宮ちゃんの親友、いつもいっしょ、マネ連にもついてくる、の三本です!」

「こ、古堂宮さん、今日ずっとその次回予告で会話してくんスか?キツくないっスかそれ…」

「マエミツくん!気をつけて!後ろに園芸部のマネージャーが…!」

 ハッとして振り返ると、そこにはしきりちゃんと、地味なカンジの男子生徒が立っていた。来てくれたんだ、しきりちゃん!

「ども。園芸部のマネージャーです…殺したりしないんでご安心を…」

 その男子生徒はまるで殺し屋のような低いブツブツとした口ぶりでそう言った。

「あ、マネージャーさんでしたか…ぼく一応、マネ連の会長になった前頭っていいます。あの…お名前は?」

「名もなき園芸部のマネージャーです…手刀先生を横取りされたことを逆恨みなんてしてないです…」

 してるんだな。

 そりゃそうだろう、校内イチの美人と騒がれる顧問の先生を連れてかれちゃったんだから。それも、まだ設立するかもわかっていない相撲部に。

「逆恨みされる覚えなんかないわよ!あの先生が自分から顧問になりたいって言ってきたんだもん!そんなことでマエミツくんを殺すだなんて、死んでも許さないからね!」

 ありがとうしきりちゃん、でもその言い方だと、殺される前に死んじゃうけど。


「さ、みんなだいたい揃ってるんでしょ?会長、カギ開けてくださいな」

 木暮先輩に言われて、まだカギも開けてないことに今さら気づいた。


 ガチャガチャとカギを開けている間も、背後から誰かに襲われないかヒヤヒヤだったが、しきりちゃんが仁王立ちでガードしてくれていたので安心でもあり、情けなくもあった。


「今日のマネ連の議題はこれですわ」

 木暮先輩がホワイトボードにキュキュッと書き込む。

 そう、ぼくは『会長』とは名ばかりで、マネ連の運営も進行も、それらすべて木暮先輩が執り行っているのだ。

 校長に言われて仕方なく会長職を設置しただけで、新入生のぼくにマネージメントなんてできるわけないのだし。


『相撲部の設立について』

 木暮先輩が書き出した議題は、意外にもズバリ、ぼくたち相撲部についてだった。


「え?マネ連でそれ話すんですか?せっかく各部のマネージャー(さらに今回は多数のゲスト)が集まってるのに、それは…」

「新しい部ができるなら新しいマネージャーがマネ連に加わるわけだし、当然議題にするわよ?それに…もう、相撲部設立はあなたたちだけの問題じゃあないのよ。わかるわよね、しきりさん?」

「むむ?…むむ?」

 しきりちゃんはまるでわかっていないようだ。

 たくさんの人にアドバイスをもらったり、気にかけてもらったりしてきたのはありがたくもれっきとした事実である。しかし、ここに集まった顔ぶれを見ればわかる通り、ありがたいばかりではない関わりも多々あるのも事実で。


「さっそく私から発言させてもらうわ」

 演劇部の部長・湯野原ベルサが艶めかしい髪をかき上げた。

「まず最初に断っておくと、演劇部存続のために必要な人数は各学年1人でいいのよ。別に団体戦があるわけじゃないし。新入生がひとりでも来てくれれば何の問題もないのよ。

 ここに来てる詩音ちゃんとと古堂宮ちゃんと私はみんな3年生だけど、2年生も5人くらいいるから、人数の心配はしてなかったの。ところが先日、その2年生5人が全員相撲部に移りたいって言ってきたの」

「ぜ、全員がですか?」

「そう、残念なことにうちの2年生は全員男子でね、相撲部には美人が多いらしいとかいうふざけた理由でそんなこと言い出してね…」

「美人なら演劇部にもいるじゃないですか」

「えぇ、いるわ。私がね」

 見事に言い切った。言い切るだけの美人ではあるが。古堂宮さんたちの立場は?

「ま、いいのよ。そんなふざけた連中は相撲部に差し上げるわ。その代わり、誰かひとり2年生をよこしてちょうだい」

「は⁉︎よこして…って、誰かと交換するんですか?そ、そんなことできるかなぁ」


「さて、いいかな?」

 まったく脈絡なく、シャイニングスター・天照 光王子が手を挙げた。

「うちからひとり連れてったね?それで手を打とう」

「え?天文部から?あ…あぁ、確かカイナが強引に連れてきた2年生の中にいたような…」

「それでいいだろベルサ」

 手のひらを差し出す天照部長。

「構わないわよ光王子クン」

 その手をそっと握りなぜかクルリと回転する湯野原部長。


 まるで宝塚の立ち回りを見るかのような、美男美女のショータイムに一同見惚れていたが、どうやらぼくとは別な世界で何かが決定されたようだ。


「そしてこのボクが相撲部に」

「はあっ⁉︎」

「それでいいだろしきりクン?」

「え?アタシ?別にアタシは…」

 ここまで状況が飲み込めないのか、口を開けて見ていたしきりちゃんが目を丸くしている。

 シャイニングスターがしきりちゃんに興味を持っているのは聞いていたが、まさかききなり相撲部に来るとは思っていなかった。

「あ、天照さん!ホントに相撲部に入る気なんですか?天文部はどうするつも…」

「アマテラスですってぇ!!!」

 突然しきりちゃんが叫んだ。

「アマテラスといえば、相撲の由来となった天界と地上界の力比べの神話に出てくる神様じゃないの!!」


 これは…最悪の天界、いや、展開では⁉︎



 つづく

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