春場所・三日目【演目】

「『彼らがそこに足を踏み入れた時、誰も予想し得なかった悲劇が待っていることを、彼らのうちひとりでも知っていたのなら、これから起こる悲劇を回避することもできたのであろうが、残念ながら彼らがそのことに気付くのは、まだ先のことであった』」

「は?」


 ぼくたちが演劇部の部室に招かれたのはこれが2回目。前回はマネ連の初めてのミーティングの後。そして今日、月曜の昼休みだ。

 昼休みの部室は、特に部活動というわけではなく、なんとなくお弁当やパンを持ち寄ってだらだら過ごしているだけ、といった様子。緊張感は全くない。全くないのだが、おどろおどろしいナレーションが響く。


詩音しおん!長いわ今の」

「回りくどく言ってるだけで、要は何が起こるか知らない、ってだけでしょ」

「そうだそうだー」

「長かったかしら…。自分なりに緊張感を演出してみたんだけど」


 2回目だけど、ここの雰囲気にはちっとも馴染めない。

 ぼくとしきりちゃんと(なぜか)三段目くんは、朝、校門で声をかけられて「相撲について話がある」と聞き、ここを訪ねた。

「あの…相撲の話があるんですよね?」

「あ、ごめん。こっち座って。私、部長の湯野原ゆのばらです。呼びつけて悪かったわね」

「そうだそうだー」

「『彼女こそ、演劇のために生まれたと言っても過言ではない、生まれついてのアクトレス・湯野原ベルサ!人呼んで魂の女優・ベルばら!』」

「詩音さん、ナレーションはいいから黙っててちょうだい。あと、古堂宮さん早く人間に復帰してね」

「ごめんねー。今朝もそうだったけど古堂宮ちゃん今日はコンピュータゲームのモブキャラって設定なんだって!」

 独特な人だらけで頭が痛くなりそうだ。

「あ、あたしはただの副部長。とくに覚えなくてもいいわ。で、さっきからナレーションの練習してるのがナレーターの奈礼なれいさん。昼休みはだいたいこの4人かな」

「はぁ…前来た時は10人くらいいましたもんね」

「あれは2年生たちね。あたしたちみんな3年。あなたたちは1年でしょ?大変よね、これから部活動始めるなら上級生も必要でしょう?」

「そうなんですけど、いろいろあってもう10人近く集まってはいるんです。木暮先輩も親切にしてくれてますし」

「あー陽子ちゃんね。校長室に呼び出されて大変だったみたいよ」

「え?大変って何スか⁉︎まさかぼくたちのせいで…」

「もちろんアナタたちのせいね」

 ぐふっ

 ここまでズバリ言い切られると気分が良い。いや、良くない良くない!ぼくたちのせいで木暮先輩が…


「それよりもね、今日は話しておかなきゃならないことがあってね」

「『へいへい部長さんよ、たぁなんだい。こちとら気になって話なんざ頭に入ってこねえってもんよ、と彼は思った』」

「そうなの?」

「まぁ、そう…」

「しきりちゃんしきりちゃん!違いますよ!へんなナレーションつけないでくださいっ」

「そうだそうだー」

 なんなんだこのやりにくいキャラたちは!古堂宮さんにいたっては朝からひとことも会話が成り立ってないし。


「オレは校長室のこととか全然気にしないぜぇ〜。それより美人の部長さんのお話聞きたいねぇ」

 やるな軟式テニスのプリンス。さらっと本題に戻したな。

「良い心がけね。美人の話は聞くものよ」

「そうだそうだー」


 湯野原ベルサは大袈裟に髪をかきあげながら立ち上がると、手のひらを天井に向け、目を閉じて語り始めた。

「去年の文化祭…あれは11月の初めだったかしら。夏から稽古してきた演目をついにお披露目するその日、校長室に呼び出された私は耳を疑ったわ。『今日の演目を変更しなさい。さもなくば演劇部は解散してもらいます』…そう、当日になって校長から上演を禁止されてしまったのよ」

「えぇ⁉︎ずっと稽古してたのに?そんなのメチャメチャだ!」

「校長は演目が気に入らなかったのね。以前演じた別の劇をやりなさいって言われたわ」

「それってメチャメチャなことなの?マエミツくん?」

「演劇のことはよく知らないけど、その日になって、っていうのは焦りますよね…時間前に立たれるようなもんじゃないかな」

「そうだそうだー…意味わからないけど」

 あ、古堂宮さんが今日初めて普通に喋った。

「大相撲中継見てると何回も塩をまいて、腰を下ろして、気合い入れて、なんて繰り返して、『時間です』と言われてから立ち合いになるんですけど、時間いっぱいにならなくても立ち合ってもいいんですよ、お互いの呼吸が合えば。すごい慌てますけど」

「『それとこれは違うと思ったが、相撲のことしか頭が働かないかわいそうな生き物なんだと思うと、死にかけの昆虫を見るような目で見守る一堂だった』」

「し、死にかけの昆虫⁉︎そうなんですか!」

「そのことは申し訳なく思うわ。許してね。それで私たちは舞台の前に話し合ったのよ。急遽、演目を変更するかどうか」


 さらっと流したけど、かわいそうな生き物だとは思っているのか…しきりちゃん相撲に例えないとピンとこないみたいだしな。

「オレ相撲も演劇もよくわからないから恋愛で例えてよマエミツくん」

 うるさい。

 めんどくさいから黙っててくれないか『軟プリ』くん。

「演目が気に入らなかったって、何を演ろうとしてたんですか?」

 美人の部長はハハンと気怠く息を吐いてからこう言った。

「ごくありふれた恋愛ものよ。ジャンルとしては『SFグルメ相撲サスペンス』とでもいうのかしら?」


 …ありふれてないなたぶん。

キーンコーン…

昼休みの終わりを告げるチャイム。

気になるなぁ『SFグルメ相撲サスペンス』。


 つづく

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