初場所・十三日目【上等】

 これ、男女の配役が逆だったらぼく、すごくカッコいいのになぁ


 俺が校長にタンカ切って部員を集めるのを、熱心に手助けする彼女がマネージャー見習いとして先輩の男子たちに部屋に連れ込まれて、やりたくもない仕事を押し付けられかけたところに、バーンとドアを開け放って「オレの大事な子になにしてくれてんだ」って、先輩たちに怒鳴りかかる…これはかなりカッコいい!


 でも現実は真逆だもんな。


 お姉さんたちにお菓子ご馳走されてヘラヘラしてたのはぼくだもんな。


「あら、しきりさん?なにかアタクシたちに意見でも?」


 わあ、こうなると木暮先輩のいつもの口調も、まるで悪役の親玉みたいだ。


「なにかですってぇ?まだ活動してもいない相撲部の、しかも一年生が会長だなんて…」

「おかしいかしら?」

「どう考えてもあり得ないでしょうよ!年上の連中が寄ってたかって…しかも、その理由が『男がひとり』だからですって?上等だよオマエら!」

 あぁ、そのセリフ。ぼくが言ってみたかった。しきりちゃんの口の悪さが心地よい。


「上等すぎるよ!感激よ!ここは男としてやるっきゃないわよ!」


 え?


「ただひとりの男として見込まれたからには背中見せるわけにはいかないわよねぇ!あー!アタシが男だったら!ちくしょう!マエミツくんが羨ましい!」

「つまり、大賛成だと」

「つまりも、つゆはらいも、たちもちもないわよ!力士冥利に尽きるってもんよ!」

「『露払つゆはらいと太刀持たちもち』、横綱土俵入りのとき、お供として花道を歩き、両後ろに控えている役割のこと。神事であり、武家のたしなみであったころの名残り。幕内力士の土俵入りとは別に設けられた出番であり、すべての力士の憧れの舞台。つまりしきりちゃんはそれくらい羨ましい役回りだって言いたいらしい」

「へえ。ホントに相撲用語は声に出して解説しちゃうんだ」

「為になるわね」

「とっくにご存知なんだろ?」

「そんなに羨ましいのねー」


 しきりちゃん…

 助けに来てくれたわけじゃなかったんだ…


「しきりさんも賛成なら決まりでよろしいかしら?」

 一斉に拍手が起こる。

 なぜかしきりちゃんが照れながら頭をさすっている。

「それじゃ『各部マネージャー連絡会会長兼マネージャー兼マネージャー見習い』は前頭玉光くん!」

「ワァー」パチパチパチ!


 実にわけのわからない役職名が付けられたもんだな。しかし、しきりちゃんが喜んでくれるなら…。


「ところでさ、しきりちゃんいつから立ち聞きしてたの?」

「立ち聞きだなんて!えぇとね、『クリリンのことかー』とか言うへんからかな?」

「それって木暮先輩が来てすぐじゃないか」

「それに立って聞いてないもん!ちゃんと腰を下ろして聞いてたもん」

「立ち会いか」

「おほほほ、アンタたち仲良いわね!校長先生にもアタクシからちゃんと報告して差し上げますわ」

 そうだった。

 この先輩が校長室でマネ連のことを引き合いに出してくれたから今こうやって部員集めをしていられるんだった。

『モノマネ芸人連続殺人事件』とかボケをかましてくれたり、先輩たちに面白おかしく紹介してたり、強引に役職押し付けられたり、いろいろあったけど、この人がいなければ何も事は進んでいなかったかもしれないんだ。


「あの、ぼく会長がんばります。ところで木暮先輩はどうしてこんなにぼくたち後押ししてくれるんですか?マネ連の会長やらせたかっただけにしては手間がかかりすぎると思うんですけど」


「それは、だって、ねぇ」

 そこまで言って先輩はあわてて口を手で覆った。

 目元の伺えないグラスをかけていても、その仕草だけで隠し事をしているのはバレバレだった。校長からも信頼され、マネ連のお姉さんたちもまとめ上げ、陸上部の部員にいたっては揃って先輩の虜になっているというのに、この人、素では天然の要素あるのかも。


「隠さないで話してくださいよ」

「なんのことかしら?」

「え?先輩なんか隠してるんですか!」

 しきりちゃんは天然の素質どころか、国宝級の天然素材だ。


「わかったわ、いつか話すけど、とりあえず今は部員集めをがんばりなさい。あと、アナタをマネ連の会長やらせようって思ったのは事実よ。部外者でも当事者でもない立場の男なんてめったに見つかるもんじゃないですもんね。校長室で会ったとき、ピーンときたのは確かよ」

「わかりました。いろいろありがとうございます!」

「マエミツくん、隠し事は?どうなったの隠し事!」

「議題も済んだことだし、とりあえず今日は解散でいいわね」


 先輩がそう言うと、他のマネージャーのお姉さんたちは一斉に席を立ち、荷物をまとめはじめた。うーん、こうゆう事言ったりするのが会長の役割かと思ったんだけど、ぼく、することないな。


「おふたりさん。この後はどこで勧誘するのかしら?パープー鳴らしてる隣の吹奏楽部でものぞいてく?」

「木暮先輩、申し訳ないですけどアタシはできれば文化系じゃないとこから声かけたいと思ってて」

「しきりさんは体力ありそうな子を探したいのね」

「まぁ魁皇ちゃんが連れてきた美術部の三年生もありがたいですけど、稽古相手になる人材のが助かるかなー」

「おぬし自分の立ち位置わかっとるのか?文化系をバカにする気か」

「あ、古堂宮ちゃん、なにか言いたげね。よし、じゃ今から演劇部に連れてってあげなさいな」

 古堂宮さんって演劇部のマネージャーだったんだ。だからいつも芝居染みた言動を。


 古堂宮さんは乗り気ではなかったみたいだけど、木暮先輩の提案は拒否できなかったらしい。しぶしぶぼくらに「ついてまいれ」と言ってカバンを肩にかけた。


 演劇部か…配役や裏方の仕事が割り振られているなら、今から相撲部に移る生徒はそんなにいないだろうな。スタント専門の肉体派や、力自慢の大道具さんとかも抜けにくいだろうし。

 自分も含め、相撲部がひ弱な男子の集まりになりそうな気配を感じたところで、ぼくはふとあることに気がついた。


 しきりちゃんが作りたがっている相撲部って『男子相撲部』なの?『女子相撲部』?女子も集めるとしたらノルマは一気に2倍だ。


 毎日いろいろありすぎて頭が痛くなってきた。



 つづく

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