空っぽのプール

空っぽのプール【1】



 夏休みが来た。



 なのに私は、学校に来ている。



 夕方になってもまだ、セミの声はけたたましくて、暑さも湿り気を帯びて忌々しい。



「はやく、はやく。」



 急かす明日香の声は潜められているのに、よく弾んでいる。



「そんな急がなくてもいいじゃん。」

「だめなんだって、セッティングとかいろいろあんの。」



 広い学校の敷地内の、端っこをふたりで目指す。


 裏門から入って、自転車置き場、駐車場、食堂、テニスコートを過ぎて、さらに奥。


 変な薬品の匂いがして、思わず足の親指に力が入る。




 私たちは、プールに忍び込む。

 カメラの機材を持った明日香の為に、先にフェンスを乗り越える。

 中から鍵を外して、明日香だけ正規のルートからプールに侵入する。



「よし、私、飛び込み台に登ろう。」

「いいね。」



 繊細な階段は、今年の夏も壊れず乗り切ったようだが、相変わらず私たちの恐怖を上乗せしてくれる。



「飛び込まないって分かってても怖いね。」

「うん。」



 カメラを傷つけないように慎重に登っている明日香は、私より怖いだろう。


 最後の段に、足をかける。

 振り向いて明日香の手助けをする。



 上を見ながら飛び込み台の頂上に立つと、初めてここから空を見たなと思う。


 いつも、プールばかり気にしていたから。


 プールを見下ろす。


 プールの水は、完全に抜けて空っぽだった。




「こうやって見ると、少し深めのプールにしか見えないね。」

「うん。もっと途方もない深さなのかと思ってた。」



 しばらく、空っぽのプールを眺める。




 セミが鳴いている。


 夏なんだなと思う。


 夏で、暑くて、私は女で、事実がきれいに並んでいた。






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