プールの中で目を開ける【2】

 いざ、デジカメを手に入れてみると、明日香の言葉が呪いだったかのように、私の撮る写真はセンスがなかった。



「誰が撮ってもきれいに撮れます、みたいな景色でも、私が撮ったらひどい有様になりそう。」

「私のセンスがすごいんだって分かったでしょ。」


 素直にうなずきたくないが、うなずかざるを得ない。


 私が、きれいだと思ったものがあった。

 それは続く山々の切れ目のような崖だった。


 見上げた木々たちは細かく絡み合って、その上からツタが絡み付き、互いの影響で影をつけ合い、様々な種類の緑が配色されていた。


 崖のぎりぎりまで盛り上がったその木々たちは、ひとつひとつの重なりで、大きなカタマリとなり、生き物のようだった。

 木のモンスター。とてもきれいだった。



 私は、全体を写そうと体を引き、モンスターを私のフレームにおさめた。

 しかし、写っていたのは、ただの緑の木々の集まり。

 私が美しいと思った、木々の支え合いや配色はどこにもなかった。



「写真と実物って、全然違うんだね。」

「そうなんだよねー。どっちが本物だと思う?」


 写真と、私が見る実物。

「本物」ってなんだろう。



「私はねー」


 明日香が、さっき私が撮った木々たちにカメラを向けながら言う。


「写真が本物だと思う。」

「なんで?」

「だって、所詮、人間の目で見たものでしょ。不確かすぎるよ。」


 まあ、写真も人間の目で見るんだけどねーと言いながら私を撮る。

 私の一部を。

 デジカメを持つ私の手先を。




 私が見ているものなんて、所詮そんなもんなのかもしれない。


 たくさんの木々が支え合って絡み合って重さを掛け合って、影をつけ合って光が欲しくって、自己中で、配色は一つの絵の具からは決して塗り分けられなくて。


 そう思いこんでいるのかもしれない。


 現実は、ただのカタマリ。

 細かいことは一掃された、ただのカタマリ。





 プールの中で目を開けた時みたいだ。

 歪んで霞んで、私の慣れ親しんだ世界とは違う。

 酸素のあるあそことは違う。





 本当に、どうでも良かった景色が、前とは違って見えてしまうので私は、少しだけ困る。




 デジカメの電源を、そっと親指を使って切った。






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