オリオン座が結ぶ未来

大倉カナ

第1話:「私ね、好きな人ができたんだ」

「私ね、好きな人ができたんだ」

 十二月上旬の下校途中、幼馴染の未来みらいが唐突に宣言した。

 達也と未来、二人が並んで歩いている道に等間隔で植えられている街路樹の大半は、もうとっくに紅や黄色の色めきの盛りを過ぎ、落ちた葉はコンクリートに秋色の絨毯を作っていた。それはまるで木々が必死に冬の到来に抵抗しているようであった。

「ふーん」

 彼女の隣でその知らせを受けた達也は、少し伸びた前髪を指で弄って興味なさげに反応した。

「なにちょっとそっけなくない? せっかく長年の腐れ縁のよしみってことで特別に教えてあげたのに。もうちょっと興味持ってくれてもいいと思うんですけど。あー、達也くんってば冷たいなー」

 未来は口を尖らせてぶぅとかうーとかいう音を発して抗議の意を達也に示してしていた。一方で達也はそんな彼女に構っている余裕は微塵もなかった。


 未来に好きな人ができた……?


 未来とは達也が小学二年生のときに彼女の隣の家に引っ越してきて以来の付き合いである。それまであまり女の子と接することがあまり得意ではなかった彼も、未来の前では不思議と自然に話すことができた。

 それはきっと彼女の魅力故なのだろうと達也は思った。

 事実、未来は持ち前の天真爛漫さで男女問わず周りの人間を引きつけてきた。それは昔も、高校生になった今も変わらない。未来の周りにはいつも笑顔が絶えなかった。彼とは対照的に。

 達也も決して人徳がなかったわけではない。

 控えめで、決して率先して人前に立つような人物ではなかったが、穏やかで優しい人柄は十分な量の好意を彼に与えた。放課後や休日に気軽に遊びに行けるような友達もいたし、二人の女の子から告白もされたこともある。

 その現状に満足はしていたものの、常に一抹の不安は抱えていた。


 それは未来と自分の住む世界が明らかに異なることである。


 それまで一緒になって遊んでいた男女が徐々に互いの差異を意識し出す中学生。達也の一つ歳上である未来は当然のことながら彼よりも先に中学校に入学した。

 中学生を境に男子たちの未来への認識は、『共に遊んだり話したりして楽しい友達』から『魅力的な異性』へと次第に変わっていった。

 必然的に彼女は幾度も交際を申し込まれた。

 しかし本人に聞いたところによるとその全てを断っていたらしい。どうしてかと尋ねると、「まだ私はそんな気にはなれないよー」と少し寂しそうに笑っていた。

 そのときくらいから達也の胸に焦燥感が宿った。なんだか置いて行かれたような気分であった。

 そのようなある種の劣等感を抱えている達也をよそに、未来は昔から変わらない笑顔のままで彼の隣にいた。

 彼にはそれがたまらなく嬉しくて誇らしかった。

 けれど何故か胸がざわついた。

 そしてそんな関係がしばらく続いた。

 しかしそれも長く続くことはなかった。

 なぜなら、やがて達也も成長するとある気持ちを抱くことになったからである。


 俺は、未来のことが好きなんだ……。


 高校に入学してしばらく経ったあたりから、達也はそのことを強く意識し始めた。きっかけは何であったのかはわからない。ただ、いつも通り部活動に励んでいるときに急に未来のことが頭を離れなくなった。それだけであった。

 授業を受けているとき、ご飯を食べているとき、勉強しているとき。

 時と場所を選ばずに、未来は達也の眼前に現れ、やがて消えていった。残るのは胸に響くどきどきとした感覚だけであった。部活動の天体観測以外で何かに夢中になるなんて今まで考えてもみなかった。


 高校に入ってからも未来は誰とも付き合うことはなかった。

 交際を申し込まれる数は中学時代とは比べ物にならないくらい増えたというのに。

 だからつい欲張りな想像をしてしまう。

 達也もわかっていた。

 これは分不相応の望みであると。


 もしかしたら自分にも可能性があるのでは……? 


 密かにそう期待していた。

 けれど、それも今彼女自身の告白により虚しく崩れ去った。

「未来」

「うん」

「好きな人、できたんだ」

 達也は確認する。

「……うん」

 肯定。

 全身が引き裂かれるようであった。音が遠くなり、平衡感覚が狂う。ふらふらする。けれどそれを未来に悟らせるわけにはいかない。

「やっとか。よかったじゃないか。華の女子高生だってのに全然浮いた話の一つもないからさ。未来はモテるのになんでなんだろうって正直心配してたんだよな、やっぱり付き合いの長い幼馴染としては」

「そうなんだ」

「おう」

「なら達也くんは応援してくれる?」

 応援? したいわけがないじゃないか。けれど今さら彼女に想いを伝えたところで意味はない。この関係が崩れるだけだ。そうなるくらいなら俺がやれることはただ一つに決まっている。

「……ああ、もちろんだろ」

 達也は俯いて答えた。まっすぐ未来の目を見ることはできなかった。

「……そっか。うん、ありがと。私がんばるから。やっぱり高校生活最後の年だから後悔しないようにしたいしね」

 未来はそう告げると、少しだけ歩みを速めた。

 はっとして顔を上げると、未来はもう大分遠ざかってしまっていた。達也は慌てて彼女の背を追いかけた。

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