裏側の事情 -2010-

天霧朱雀

路地裏社会

プロローグ

-チョコレートと情報-

*/名井玲の場合


 情報はナマモノでイキモノ。


 ニュースは生物 なまもの。さっさと消化、あるいは誰かに渡さないとすぐ腐る。ニュースはテレビでも放送しているからとても価値が低い。それに比べて口コミはチョコレート。ほとんどが噂に尾ひれ背ひれくっついている。一言変えるだけで、まったく違う意味にもなる。そして、なにより甘い。


 だが、欠点もある。俺の元に届くまで、そのチョコレートはきちんと原型をとどめているか定かではないのだ。皆に撫でくりまわされて、唾液べたべたになってしまって、これじゃあ高く売れない。所詮、テレビのニュースと同じ価値。

 

 ……じゃあ、どうすればいいって? 


 そうだよなぁ、知りたいよなぁ。


 じゃあ教えてあげよう。あ、でもそれ相応の値段があるから、とりあえず十万でいいや。ん? 今の安い方だと思うよ。

 舐められる前に、自分で全部食べてしまう。もちろんその情報の現況 げんきょうを。それか――その情報の現況 げんきょうになるか。……まぁ、どっちにしてもリスクはつきもの。その分メリットはあるさ。


 まぁ、ここまで来てくれたよしみで応援だけはしているよ。せいぜい頑張れば? 俺にはお前の将来なんて知らないし、興味もない。俺の復讐は終わったし、この街の情報全てを持ちたいと思っているだけで、もうそれも必要ない。


 ただほんの少しだけ、この街を動かしたいだけだよ。


 俺の知らない間に、沢山の情報、噂、人が生まれ、また俺の知らない間に消え失せてしまう。なんか面白くないか? その前線に立って、綱渡りをするのが楽しいと思わないか? 


 ……お前はナゼ知りたがる。


 所詮は私利私欲のためだろ。それとも人徳のためか? どちらにせよ、欲だよ。それ以外に何がある。俺だってその所詮で人生わたってきたんだ。恥じることでも無かろう。


 俺たち人には何があるんだろうね。


 結局俺はあいつに復讐してしまった。情報屋として生きる道もあったのに、裏側 そっちを選んだ。それ以外に突き動かすものなんてなかった。人は自分に都合がいい事しか受け入れないからね。――お前もどうせそうだろ。


 例え今はそうじゃないと思っても、俺の事を思い出すたびにそう思うようになる。最悪、ツラければ忘れてしまえよ。しょうもない俺の事なんか、記憶するスペースが無駄だろう。


 ここで死んだら、俺は記録には残る。生物 なまものとしてニュースになって、チョコレートとして噂になる。だけど人間の記憶にはすぐに消え去ってしまうに違いない。七十五日、持てばいい方。現代社会では急速に上書き保存されていくんだ。お前もいつか忘れるだろう。


 俺は、ここから飛び降りる。


 あぁ、素敵だろ。俺はお前の記憶に一生と言っても過言じゃないくらい、留めるんだ。そしてお前は、人の死を感じるたびに俺を思い出すのかなぁ? ――そこまでお前が善意のある人ならばの話だが。人の感性なんて、十人十色。俺には分からない。


 あぁ、もしかしたら俺の事をなんとも思わないのかも。どっちみち、俺は消えるしかない。それも良い。でも死ぬなら、派手な方法が良いなぁ。できるだけ多くの人の記憶の中で生きたいから。え、意味解らない? ……ははは。何を言うのだ。ウケル、笑える。承認欲求ぐらい持ちたまえ。


 ……お前は死ぬ事が怖いだろ。そりゃそうだ。誰だって、死の事は怖い。死ぬのが怖くない人間なんて、珍しい事だよ。人は自分が可愛いもんだ。皆々自分中心に生きている。――人のためなんて考えているのは、一握り。そう、たったこれっぽっち。俺もそうだな、さっきも言ったが自分の私利私欲で生きているからな。俺も死ぬのは怖いよ。


 永遠と、人が生きられるなんてありえない。不老の酒でもつくるのか? くだらないし、今の科学じゃできない。できるわけない物は、望まない主義なんでね。ここまで言ったらわかるだろ。俺も死にたくない。だけど、俺が死ぬに値するほど汚い人間って事はお前が一番理解できているんじゃねぇ? ……だからかな、俺はまた罪を重ねたくて自ら命を絶ち、しかし永遠に他人の記憶に居座ってその人物の記憶の中で生き続けるんだよ。


 どうだ、いいだろう。死してなお、俺はお前らの記憶の中で生き続ける。……例え、俺自身が死んでも、お前らさえ忘れてくれなければ、良いのだから。原型の無くなったチョコレートになってしても、俺は存在している。――もう俺の時代は終わった。


 だから、俺は終わらせなくちゃいけないんだよ。このチョコレートを喰いきらなくちゃいけないんだ。


 俺の甘い甘い情報の拡散と乱用はもう終わり。俺が死ねば全部全部終わってしまえ。そしたら、笑っちゃおうぜ。馬鹿な俺の人生は、もう終わり。丸、終止符、ピリオド。終わりの言い方なら、どんな言葉でもいいぜ。終わってなんぼの人生だから。あはは。あははははははは。……お前も俺を狂っていると言うのか? 言いたまえ言いたまえ。どうせ俺は狂っているのだから。――このさい、しっかり認めるよ。お・れ・は・く・っ・る・て・い・ま・す。この言葉が聞きたかったんだろう。


 お前はさ、俺の後を継げばいい。意外と儲かるよ。まぁ、やり方次第だけどさ、お前には多分センスがあるよ。お前は俺がいるこの屋上までたどり着けた弟だから。


 きっと七も気に入るよ。

 

 え、七が誰かだって、?


 あぁ、それは言えない。強いて言えるなら、将来もしも俺の後を継ぐのなら、七はお前の手駒になるよ。


 よく使える、可愛い可愛い犬っころだ。弟のお前でも知らない事はあるさ。可愛い女の子だから、よろしく、と言っても俺がここから飛び降りれば、後はお前の自由なんだけどね。情報手帳とファイルはお前にくれてやる。パスワードは7158だ。……はは、鋭いね。パスワードが名前だってよく気が付いた。イツヤなんてさ、古読みと掛け合わせてやったのに。


 あと、最初に貰った十万円。やっぱりこれは帰すよ。死人が金持っていても仕方がねぇしさ。あの世は多分地獄行きだから、金は必要ないと思うし。あぁ、地獄で思い出したけど、あいつも地獄行きかもな。あいつは父さんと零次を酷い目にあわせたのだから。失礼、あいつはお前の父さんだった。俺としたことが、お前だって俺には大事な弟だよ。つか、あの世なんて非科学的だっつーのってね、マジ笑える。


 フェンスに足を掛けて、身を乗り出せば、あっという間にアスファルトまでショートカットできる。人なんて簡単に死ねるんだ。


……そうやってお前は見てればいい。俺の死ぬざまを、きっとお前は何も感じないかもな。それか記憶に深く刻まれるか。


 ――俺が見る限り、俺の服の裾を掴んで泣いているのだから、きっと忘れないな。


 救ったつもりで居る俺が憎いか? 救えたためしなどないんだけれど。現に俺は、お前を苦しめるだろうしね。




それじゃあ、



 ―――――バイバイ。

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