第56話 決闘 vsガルド

「では、はじめ!」


 ミラの宣言が訓練場に響き渡った。しかし龍巳とガルドの二人はすぐに動くことはせずに武器を構えたままお互いの様子をうかがっていた。

 先手必勝は確かに有効な戦術だが、今回二人の距離は数メートルほど離れている。

 この距離を無理に詰めて速攻を仕掛けて来ようものなら、カウンターの格好の餌食になるため二人とも動かなかったのだ。そしてお互いがそのカウンターを頭の片隅では狙っていたため、このような数秒の沈黙が生まれたというわけだ。

 しかし、それが長く続くのはの場合だ。この世界には武器などなくても離れた場所に攻撃する手段が存在するのだから、そのような数秒の猶予さえあれば…


「『アイス・ニードル』」


魔力を練って、魔法が放つことができる。


 氷の魔法を使い、先に仕掛けたのは龍巳だった。氷は容易に形を変えられるうえに、その硬さは魔力の込め具合で自在に操れる。氷の粒同士を引き付けあう力が魔力の量に依存しているためだ。

 龍巳が放ったのは形によって貫通力を高め、それを簡単には躱せないほどの速度でもって放つ、『アイス・ニードル』だった。

 そしてその氷の針は一つだけでなく、一気に十五本ほどの数が生み出されてガルドのもとへと向かう。


 ガルドはそれらを、自らの剣の冴えをもってすべて切り伏せた。復讐を誓い、そして磨き上げてきた彼の剣の腕は、剣術スキルのスキルレベルを四にまで昇華させていた。

 このSLは王城で決闘をしたユーゴには劣るものの、それでも一般のレベルからしたら非常に高い値である。しかもそれを使うガルドのステータスが龍巳を上回っているのだから、彼の実力は本物であると言わざるを得ない。


「おら、どうした!この程度じゃ俺はやれんぞ!」


 そう声を荒らげ、ガルドは今しがた砕いた『アイス・ニードル』の破片を踏みつけてパキパキという音を鳴らしながら龍巳に向かって加速した。――と思った時には、すでにガルドは龍巳の目の前にいた。

 ガルドが使ったのは『縮地』というスキルで、自分を中心とした範囲内での高速移動を可能にするスキルである。しかし欠点もあり、ノーモーションからは発動できず、踏み込みをしっかり行わないとスキルを使えないのだ。

 この制約のおかげで決闘直後の速攻には使えなかったのだが、今の状況はそれと異なり氷の針を切り払うための足運びにこの踏み込みを混ぜることで、相手の意表を突くことができる。


「ふっ…!」


 ガルドが大剣を横に一閃する。その速さはさすがの一言で、この場で見学している者たちのうち、半数以上はその剣の動きを線でしか捉えられなかった。

 が、龍巳は彼らとは違い、その剣の動きをしっかりと見極めてからしゃがむことで躱した。

 龍巳はガルドが自分の魔法を切り払った瞬間から、『思考加速』のスキルを使って一人だけ違う時の流れの中に身を投じていた。

 そんな彼はしっかりと剣の動きが見えていたのだが、それでも躱すのには一苦労であり髪を一束ほど持っていかれた。

 それほどまでにガルドの剣には速さがあり、そして鋭さがあった。


 龍巳はガルドの横一閃をやり過ごすと同時に、『身体強化』と『剣術』のスキルを発動。そしてしゃがんだ体勢のまま短剣二本を自分の頭の上に交差させて掲げた。

 ガルドが横なぎの一撃から瞬時に切り替え、上段からの切り下ろしを行ってきたからだ。

 その一撃と一撃の間にはほとんどタイムラグがなく、龍巳は『並列思考』によるスキルの同時行使によって『思考加速』、『身体強化』、『剣術』の三つを同時に使わなければやられていただろう。

 ガン!という音とともに、龍巳の短剣とガルドの大剣が打ち合わされる。

 木製の武器だからこそこのような音と衝撃で済んだものの、もし本物の剣であったなら非常に耳障りな金属の音とすさまじい衝撃が生まれていたことは想像に難くない。


「はっ、よく防いだな!」

「ああ、実際危なかった」

「ぬかせ。そんな余裕そうな表情で完璧に受け止めておいて」

「そっちこそ、ずいぶんと余裕そうだな。戦闘中に相手を褒めるなんて」

「あまりにも完璧に防がれたもんで、つい、な。だが…」


 そう言ったところで、龍巳が後ろにすさまじい勢いで吹き飛ばされた。

 ガルドが龍巳に足による蹴りを繰り出したからだ。ガルドの剣を防ぐために両腕を掲げていた龍巳に、それをガードする手段はなかった。


「ここからは本気で行くぞ?」


 そう、ガルドは宣言した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 龍巳は見事に空を舞い、ガルドから一気に数メートルも離されてしまった。しかし、攻撃が成功したはずのガルドの顔には不満そうな表情が浮かんでいた。


「ちっ、やっぱり強えな。さっき言った通り、結構本気で蹴ったんだぜ?」


 ガルドがこのようなことを言ったのは、先ほどの蹴りに全くと言っていいほど手応え、というか足応えがなかったからだ。


 一方の龍巳はというと、空中で体制を整えてからふわりと着地した。ガルドに蹴られたであろう脇腹には土魔法により作られた簡易的な岩の鎧が張り付いていた。

 龍巳はガルドの蹴りを察知した瞬間、『思考加速』で緩やかになった時間の中でその対策をした。

 一旦『剣術』スキルの行使を解いてから『魔力操作』によりすさまじい速さで魔力を操って足に集め、蹴りの威力を殺すために自ら蹴られる方向とは逆に飛んだのだ。


「ここまで攻撃を見切られたのは、ずいぶんと久しぶりだ。…やっぱり、お前にしておいて正解だったぜ」

「…ん?おい、何か言ったか?」


 龍巳には後半の独り言は聞こえなかったらしい。

 龍巳の質問に答えることなく、ガルドは再び『縮地』によって龍巳に斬りかかった。

 そこからは剣術と体術による近接格闘戦ブル・ファイトが繰り広げられることとなった。


――ガルドの大剣が迫れば、龍巳はそれを短剣で受け流し、

――龍巳の片腕が伸びれば、ガルドは肘を使って龍巳の腕を跳ね上げて短剣を回避し、

――ガルドが先ほどのように蹴りを繰り出せば、龍巳は魔力を集中させてさらに強化した腕で防ぐ。

――そして今度はお返しとばかりに龍巳が蹴りをお見舞いする。


 龍巳とガルドの戦いは激化の一途をたどっていた。しかしその激しさとは裏腹に、二人の顔には笑みが浮かんでいた。

 二人はいつの間にか、この戦いを楽しんでいたのだ。

 龍巳はガルドの戦い方に、王都でのユーゴと違って泥臭さをかんじた。それは汚いというわけではなく、勝利を求める男が今まで磨いてきたであろう様々な思いが込められたものだった。

 彼の一撃は重く、ユーゴの『槍術Lv.5』に勝らずとも劣らない威力が込められていた。


 ガルドはこの戦いを、ミラに認めてもらうための通過点とみなしていた。

 彼女とともに未来を歩むためなら何でもする、という覚悟をもって今この場で戦っているのだ。

 そんな彼の想いは、感情に大きな影響をうける「魔力」という力をより深く活性化させ、スキルの効果を増幅させていた。


 だが龍巳もそう簡単に負けるつもりはなかった。

 龍巳は『身体強化』を解くと、「受け止める」という防御方法をできるだけさけながら躱す、受け流すという戦闘に切り替え始めた。普通なら、いくら『思考加速』を使っていたとしても『剣術』スキルにおいてはレベルに差があるためにそのようなことはできない。しかし、龍巳はこの短い戦闘でガルドの剣というものに慣れてきていた。

 『思考加速』でガルドの攻撃をあとから追って防御していた龍巳が、そこに予測を加えることでガルドの剣を先読みで防げるようになってきたのだ。

 そうして龍巳は『並列思考』で使えるスキルの枠を一つ空けた。そして使うスキルは…


「『ウォーター・ピラー』」


『水魔法』だ。

 今回使ったのは水を地面から噴出させる魔法だ。その水流はガルドの足元から発生し、彼の体勢を崩すには十分な勢いを持っていた。


「うお!?」


 ガルドは足元から噴き出した水に足を取られ、左足が浮いた状態になる。

 それを視界にとらえた龍巳は、再び『身体強化』を発動してガルドに肉薄する。

 周りのギャラリーたちは、これで勝負がついたと思ったことだろう。

 しかし、ガルドの対応力は彼らの想像をはるかに超えていた。


「ふっ…!」


 短い気合とともに、ガルドは龍巳に蹴りを放った。


「ちぃ!」


 それをかがんでよける龍巳だが、その蹴りを放った足を見て驚愕をあらわにする。

 その足は。つまりガルドは左足を浮かせられた瞬間に右足で跳び、そのまま体を捻って蹴りを放ったということだ。

 その対応力に、龍巳は感嘆した。

 この冒険者が立場に胡坐をかくだけの者ではなく、相応の努力と経験を積み重ねてきた猛者であると確信したからだ。

 そしてその確信に付随して、龍巳の中にはガルドに対する違和感が強く残った。

 それは決闘が始まる前にガルドの発した言葉に感じたものと同じで、龍巳はその違和感の正体を探りたいと思った。

 しかしそんな思考の隙を作っている暇はなく、この決闘の間はその思考を頭から追い出さなければ勝てないことも分かっているため、今はガルドの動きに目を向けることにした。


 ガルドは今、宙に浮いている状態だ。龍巳にとっては攻撃を仕掛ける好機で、龍巳もそれを活かそうと短剣による攻撃を放った。

 しかし、ここでもガルドの人並み外れた対応力が輝き、地面に大剣を突き刺して支えとしつつ、短剣をその大剣で防いだ。

 またもや飛び出したガルドの人間離れした動きに、観戦している者たちは「おお!」と声を上げた。

 そんな外部の言葉には耳を貸さずに龍巳はさらに追撃を加え続けるも、そのことごとくを剣を支えとしたガルドの手足に腕ごと抑えられ、防がれた。

 そしてガルドは一度龍巳の攻撃を力強く弾き、体勢を整えつつ着地した。

 この時、ガルドを含めその場のほとんどの者が状況が仕切り直されると感じた。今まで空中で龍巳の剣戟を防いでいたガルドが地面に戻ってきたのだから、その感想も当然だ。

 しかし龍巳は、その隙とも言えない思考の隙を狙っていた。


 ガルドが着地した瞬間、ガルドの視界から龍巳が消える。


「――なっ!?」


 ガルドは龍巳を見失った瞬間、すぐに自分の後ろを確認した。経験則で龍巳が後ろに移動したと察したからだ。しかしその反応は明らかに先ほどまでより遅かった。


「せぇぁ!」


 裂ぱくの気合とともに振られた龍巳の短剣は、ガルドの首元にあたる直前で止められた。

 まぎれもない、龍巳の勝利である。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「この勝負、タツミさんの勝ちです!」


 ミラの言葉で決闘の終わりが宣言される。その直後、周りの観客たちがどっと沸いた。

 新人がB級の冒険者を倒したのだから、その反応も当然だ。

 一方で龍巳とガルドは、二人で言葉を交わしていた。


「お前も、『縮地』を使えるとはな」


 そう、最後に龍巳がガルドの視界から消えるために使ったのはガルドが使っていた『縮地』のスキルだった。

 だからこそガルドは驚愕し、反応が一歩遅れたのだ。

 しかしガルドはこの後の龍巳の言葉に、再び驚愕することになる。


「いや、使えるようになったのは今だけどな」

「…はぁ!?」


 そのガルドの声が訓練場に響き渡り、沸いていた観客たちがビクッ!と体を強張らせた。

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