第40話 英雄の奇跡

(ど、毒だって!?しかも死ぬまで五分しかない!?)


 龍巳が鑑定結果を見た後、現状を確認するが、その胸の内は絶望と焦燥が入り交じっていた。

 その時、倒れたアルセリアとそれを支える龍巳の焦った様子に危機感を覚えた美奈、宗太の二人が駆け寄る。


「どうしたの?」

「おい、姫さん顔色悪いぞ。何かあったのか?」


アルセリアの異常に気づいた宗太が問う。やはり己の体を使うタイプの勇者だけあって、怪我や病気による身体的異常には敏感なのかもしれない。


「ああ、実は......」


 それから龍巳がアルセリアを『鑑定』で見た結果を伝える。

 それを聞いた美奈と宗太も目に見えて焦り始める。


「ど、どうするの!?というか、その毒をセリアに盛ったのはなんなの?」

「ああ、それなら見当はついてる。多分、これだろう」


美奈の問いかけに龍巳が美奈の首元を指差す。そこにはユーゴ侯爵に人質にされた時についた、ダガーによる切り傷があった。


「これって、切られてるの?」

「そうだ。さっき侯爵に人質にされた時にダガーを首筋に突きつけられて、俺が近づいたことに反応したあいつに切りつけられた。多分そのダガーが......」


そう言いながら先程蹴り飛ばしたダガーに『鑑定』を使う。

 その結果には予想通りのことが書かれていた。


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<死毒の短剣>

切りつけた相手に毒を盛ることができる短剣。

同じような型のものでも、個体によって毒の性質や強さは変わるが、この短剣の毒は強力な部類に入る。

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 龍巳がダガーの鑑定結果を確認して顔をもとの向きに戻すと、同じように鑑定したのであろう美奈と宗太が表情を歪めていた。


「チッ、下らねーもんを持ち出しやがって......」


 地球にいた頃から自分の体で勝負してきた宗太にとって、”毒”という手段は許しがたいものだった。

 龍巳も決闘の時、ユーゴ侯爵の武人として積み重ねてきたものを何となく感じていたため、彼に対する失望を隠せていない。


「あの男に対する感想はそれくらいにして、今はセリアを助ける方法を探さなくちゃ!」

「......ああ、そうだな」


 美奈の言葉で、今すべきことの優先順位を定め直した龍巳が返事をする。


「とりあえず、今は俺と美奈でアルセリアに回復魔法をかけてみよう。それで毒が消せるならそれでいいし、ダメでも時間稼ぎにはなるはずだ」

「分かった」


 龍巳の提案に美奈が答える。

 そして二人で魔法をかけ続けるのだが......


「駄目ね......。毒が全然消えない」

「ああ。しかも回復魔法をかけているのにどんどん悪くなっている......」


 アルセリアは全く回復しなかった。段々と呼吸は浅くなり、彼女の命が風前の灯火であることは誰の目にも明らかだった。


(くそ!俺が慢心せずにもっと慎重になっていれば!)


 龍巳は自分の失敗を自覚していた。

 少し考えればわかるはずだったのだ。侯爵が魔道具を使っているであろうことも、自分の「出来ること」の範囲がアルセリアを助けるには不十分であったことも。

 しかし龍巳は『並列思考』を得たことで驕ってしまった。つまり、思考を放棄していたのだ。

 そんな龍巳の脳裏には今、後悔と同時に、この世界に召喚されてからのアルセリアがいた場面の数々が浮かんでいた。


 この世界で最初に見た、アルセリアの泣き顔。

 城を出てから教会の孤児院に訪れ、城に帰ってきた時。

 アルフォードの愚痴に付き合いながら昼食をとった時。

 アルフォードに頼まれ、共に孤児院に訪れることになった時。


 そんな日々を思い出している内に、龍巳はあることを思い出した。


『東の森には英雄を救った花がある』


 龍巳が孤児院で読み聞かせをしたときに読んだ絵本に書かれていたことだ。

 この本を読んだ帰り、アルセリアにその物語のことを聞くと、どうやらそれは実話がもとにしているらしかった。


(出来ることは、全部やる、か......)


 龍巳はもう形振り構っていなかった。たとえ架空のものであろうと、アルセリアを救える可能性があるのならそれにかけるつもりでいたのだ。


「美奈、アルセリアのことは頼んだ。俺はちょっと他のことをやってみる」


 突然そう言い出した龍巳に驚くも、龍巳を信頼しているためかすぐに頷く美奈。

 その「頼んだわよ」という信頼を感じさせる瞳に、龍巳もアルセリアを助けるという決意をさらに固くした。

 一度アルセリアのもとから離れた龍巳は、回りを見渡しながら考える。


(あの話にあった森っていうのは......あれか。森の手前で魔物と戦ったんだから、そう遠くないところに花は生えていたことになるよな。ひとまずは森の手前にいくか)


 そこまで考察すると、『身体強化』、『魔力操作』、『力学魔法』を用いた高速移動術を駆使して数秒もかからずに森の手前に着いた。

 時間が惜しい龍巳は、すぐに次のスキルに切り替える。

 使うのは『鑑定』、『土魔法』、『魔力操作』の三つ。鑑定スキルと『土魔法』を合わせて使うことで地面の中のものを一気に鑑定できるようにし、その範囲を『魔力操作』でコントロールしているのだ。

 目当てのものは意外とすぐに見つかった。しかし......


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<リーザスの種子>

育つと、どんな負傷や病からでも生き物を正常に戻すことができる蜜を出す花が咲く。

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『土魔法』で手元まで持ってきたそれは、まだ種だった。


(ここまで来てこれかよ!なんで肝心なところで......)


 龍巳はせっかく見つけた希望の道が閉ざされ、絶望で今にも思考が埋め尽くされてしまいそうだった。

 だがそれでも、絶望に呑まれそうになる彼を押し止めるものがあった。

 アルセリアを救いたいという願いと、美奈から感じた信頼だ。


(っ!だめだ、思考を止めるな!まだ何かあるはずだ、セリアを助ける方法が......。たとえなくても、今ここで作り出す!)


 そこで、龍巳が思考を再開させる。

 そして龍巳は自分の手の中にある種に目を向けた。


(”作り出す”?この種から花を咲かせられれば、何の問題もない。でも、今の俺のスキルでそれは不可能だ。新しいスキルを手にいれる必要がある。花を咲かせるのに必要なスキルは......)


 それからもさらに龍巳の思考は続き、無意識に『思考加速』を発動させながら考えを巡らしていく。


(そうだ、シルの『植物魔法』!あれならきっとこの種を成長させることもできるはず!)


 ついに活路を見いだした龍巳の行動は早かった。

 常に『思考加速』を使ったままで植物を操るイメージをしつつ魔力を植物に送り、その作業すら『魔力操作』を使うためにすさまじいスピードだった。


ーー魔法スキル『植物魔法』を会得しましたーー


 それからすぐに『植物魔法』を習得し、それを確認するや否やスキルを使って種を成長させる。

 『植物魔法』の存在に気づいてから花を咲かせるまで、わずか数秒の行程であったのだが、龍巳は今か今かと焦りながら行っていたためそれが凄まじく早かったことには気づいていない。

 しかし龍巳にとってそんなことはどうでもよく、今はアルセリアが死ぬ前に間に合うかどうかが唯一気になることであった。

 そしてここに来たときと同じようにスキルを使ってアルセリアのもとに急ぎ、また数秒ほどで先程の位置に戻ってきた。


「龍巳!どうだった!?」


 龍巳の到着に気づいた宗太が声をかける。宗太も焦っているのか声が大きくなっていた。


「ああ、多分大丈夫だ。早くこの蜜をアルセリアに飲ませないと......」

「よし。美奈!龍巳が来たぞ!もう少しそのまま魔法を使っていてくれ!」


 その宗太の声に振り返る美奈。

 龍巳の姿を確認すると、少し笑みを浮かべてからすぐにアルセリアに視線を戻す。

 今もアルセリアは生死の境をさまよっており、今現在も油断ならない状態なのだ。

 そして龍巳がアルセリアに走り寄り、彼女の頭の横に膝まずく。


「頼む。これを飲んでくれ、セリア。これを飲めばきっと助かる」


 龍巳がそう声をかけるが、アルセリアが目を開かない。毒のせいで完全に意識をう失っているのだ。

 その時、美奈が龍巳に檄を飛ばす。


「あ~、もう、龍巳君!いいから早く飲ませちゃいなさい!」

「いや、でも目を覚まさないと......」

「そんな余裕ないって!いいから口移しでもなんでも、さっさと飲ませちゃって!」


 龍巳は美奈の言葉を聞いて、覚悟を決める。

 蜜だけでは粘度が高く、そのままでは無意識の状態で飲み込めないため、龍巳は『水魔法』で水を口に含んでから蜜を自分の口に入れる。

 そして、龍巳は自分の顔をアルセリアの顔に近づけ......



 口づけをした。


 それを間近で見ている美奈の心は複雑であった。


(う~、セリアが死んじゃうのは嫌だけど、それでも悔しい......。これはあくまで人命救助であって、キスじゃないからね、セリア!)


 未だ意識の戻っていないアルセリアに心の中で語りかける。


(だから、龍巳君のキスを競うためにも、ちゃんと生きなさい!)


 すると美奈のその願いが届いたのか、段々とまぶたを持ち上げるアルセリア。死の淵から目を冷ましたアルセリアの目に写ったのは、


......自分の眼前にある龍巳の顔であった。


(え、え!?なんでタツミ様の顔がこんな近くに......!?というか口を塞がれているような、ってキスしてる!?い、一体何が......!?)


 目が覚めてから頭に入ってくる情報の量と質により、完全にパニックに陥ったアルセリアは、美奈に大声で離れるように言われるまで全く身動きがとれなかったのだった。

 

 

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