第32話 郷愁

「あんたたち!そろそろ昼ご飯にするよ!」


 この教会のシスター、エリーサのその声で広場にいた子供たち五人と龍巳、アルセリアが訓練をやめて建物の中に入る。

 そして龍巳たちがエリーサの作った昼食を食べ始めると、エリーサが龍巳に話しかける。


「で、どうだい?」

「どう、とは?」


 エリーサの質問の意図が分からなかった龍巳が聞き返す。


「察しの悪いやつだね。この子達の訓練の成果を聞いてるのさ」

「ああ、なるほど」


ようやくエリーサの話題を理解した龍巳が、まず訓練をつけたのが自分だけではないことをエリーサに伝える。


「ええと、俺はリックとルイに剣術を教えて、アリスが他の三人に魔法の基礎を教えたんですけど......」

「おや、アリスちゃんも魔法が使えるのかい?」


龍巳の言葉を遮り、アルセリアまで魔法を使えると思ったエリーサが今度はアルセリアに質問をした。


「ええ、まあ。でも私ができるのは自衛を主にしたもので、魔法を教えるのはタツミさんの方がいいと思います。私は魔力の使い方をすこし教えただけですよ」

「それでもすごいよ。......もしかして、あんたもタツミに教えてもらったのかい?」

「はい。スキルを使ってから魔力を感じると、すぐにコツを掴めるらしいです。三人ともすでにスキルを持っていたので、教えるのも簡単でしたね」


 その方法は、龍巳が『鑑定』を使ってから魔力を感じたことをヒントに編み出した自己流なのだが、意外にこの世界の人間にも有効だったのだ。

 それからアルセリアが、エレナ、シル、ジャックの三人が魔力を感じて動かすところまではできると伝えた。


「それで、午後はどうします?このまま訓練を続けますか?」


アルセリアがエリーサに問う。


「いや、今日はこれぐらいにしてくれるかい?一日中訓練っていうのは息が詰まるだろうし、のんびりと教えてくれればいいさ。このあとはいつも通り、子供たちと遊んでくれればいいよ」

「分かりました」




 そして昼食を終えた龍巳たちは、また龍巳が魔法を使って遊び場を作り、それから遊ぶことにした。

 今日は氷魔法で広場を平らな氷で覆った、即席のスケート場を作って遊ぶ。


「うおー!ツルツル!」

「これは、楽しいな」


 リックとルイの男子二人はあっという間に氷上での滑り方を習得し、広場を縦横無人に滑っている。そしてエレナも二人に続いて滑慣れ始め、ジャックとシルだけが思うように滑れていなかった。


「きゃ!」


 その時、シルがツルンと転んでしまった。まだ外で遊ぶようになって間もないためか、慣れない氷に足をとられたようだ。

 龍巳がフォローに向かおうとするが、それよりも前にエレナをはじめとした子供たちがシルに近づき、手を差し出しながら心配そうに声をかける。


「大丈夫?」

「う、うん。ありがとう、エレナ」

「そんじゃあ俺たちが滑り方を教えてやるよ。な?ルイ」

「ふう、仕方ないな」


すると、さっきまでヨロヨロしていたジャックが、今も懸命に滑りながら彼らの方に近づいていく。


「わ、わわわ!ど、どいてー!」


......というか、結果的にそうなっただけらしい。


 ここで、龍巳はシルに他の子供たちが次々に話しかける様子に懐かしいものを覚えていた。

 なぜそのような感情が湧いてくるのか疑問に思ったが、理由はすぐに思い当たった。


(そういえば、美奈が俺に関わってくるようになったときもこんな感じだったな)


 龍巳は前の世界で、出来ることを増やすために様々なバイト三昧の日々を送っていた。孤児院の子供たちの方が優先順位的に同級生よりも高かったため、バイトの無い日も同級生と関わることは少なかった。小学生の時に軽いいじめを受けていたことも影響していただろう。

 そんなとき、委員長としての義務感か、それとも本心で龍巳と仲良くしたかったのか龍巳に諦めず話しかけてきたのが美奈だった。

 龍巳は美奈があまりにもしつこいので、孤児院に来るかと誘った。自分が孤児院出身であることを彼女が知れば、対応に困って簡単に離れていくだろうと思っていたのだ。

 しかし、彼女はこう返した。


『本当ですか!是非お願いします!』


 その予想外の返答に龍巳は唖然としてしまった。なぜ前のめりでそんなことを言うのかと聞くと、彼女曰く『子供が好きだから』らしい。

 孤児を親のいる子供たちと区別しない彼女の態度は、龍巳の警戒心や不信感をいくらか減らした。

 そして孤児院において、彼女の面倒見のよさは子供たちから大人気になるには十分だったようであっという間に受け入れられた。

 子供たちと楽しそうにしている美奈の様子は、


『同級生と仲良くなってもいいかもな』


と龍巳に思わせるには十分だった。

 それからの龍巳が、年相応な少年として友達を得ることができたのは、美奈がいたおかげと言っても過言ではないだろう。

 そしてそれを理解していたからこそ、あの日の図書室で魔方陣に囲まれた美奈を助けようと、咄嗟に手を伸ばしたのかもしれない。

 ちなみに、その頃から美奈は龍巳が子供と遊んでいるところをよく見るようになり、龍巳の無邪気な笑い方に時々目を奪われていたことを龍巳は知らない。


 そんな感じで龍巳が久しぶりに前の世界のことを思い出していると、エリーサの手伝いをしていたアルセリアが後ろから話しかけてきた。


「タツミさん、手伝いも終わったのでそろそろ帰りませんか?もう日も落ちてきましたから。......ってどうしたんですか?」


龍巳が郷愁の念に駆られているのをなんとなく察したのか、龍巳に問うアルセリア。


「なんでもない。じゃあ氷を解いてから帰るか」


 龍巳は『氷魔法』を発動し、地面の氷を砕いて細かくしてから宙に浮かした。

 すると、氷が夕暮れの日光によってキラキラと光りながらさらに小さくなっていく。それは地球で「ダイヤモンドダスト」と呼ばれる現象に酷似していた。

 そんな知識の無いこの世界の人間は当然、


「キレー!」

「これは、すごいな」

「さすがタツミね」

「わあ!」

「すごいね、タツミさん!」


このような反応をする。

 アルセリアもその光景に目を奪われ、感極まったような声をあげる。


「すごいです!こんな綺麗なものは見たことがありません!」


その年相応に興奮する様子を見た龍巳は、目を細めて暖かい気持ちになりながら氷を操作し、空中に溶けるようにして氷を消した。


 そして帰路についた二人であったのだが、龍巳は興奮冷めやらぬ様子のアルセリアを宥めながら王城に帰るのだった。





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