第9話 出した結論

ーーコンコンーー


「タツミ様、起きてください。朝になりましたよ」


 異世界に召喚された翌日、龍巳に与えられた部屋の前には彼につけられたメイド、ニーナの姿があった。昨夜龍巳に言われた通り、八時の朝食に間に合うようにその三十分前に起こしに来たのだ。

 龍巳の部屋の隣には宗太の部屋があり、一方で向かいには美奈の部屋があるが、その二つの部屋の前にもメイドの姿がある。どうやら宗太も美奈も同じ時間に起こしてくれと頼んだようだ。

 龍巳が寝たのは、時刻で言えば9時ごろであったためにすぐに起き上がり、ニーナに返事をした。


「は~い......、わかりましたぁ......」


それでも声が眠そうなのは慣れない寝具で寝たためであろうか。しかし体を起こしてすぐに意識も覚醒し、特に着るものもないため昨夜ニーナが生活魔法で綺麗にしてくれた学校の制服に着替える。


(本当にあっという間に綺麗になったよなぁ。ブレザーに付いてたほこりも完全に落とされていたし、心なしか色も鮮やかになっている気がする......。あれがってやつなんだよな)


ゆうべニーナが制服に魔法をかけているところを後ろから見ていた龍巳は、何もない場所から発光している光景にここが自分のいた地球とは違う場所であるということを再確認し、一抹の寂しさを感じていた。

 昨夜のことを思いだしてまた少しナイーブになっている龍巳に、ニーナが話しかける。


「タツミ様、朝食はアルセリア殿下とアルフォード陛下が共に召し上がりたいとのことで、大広間にてお待ちになっています。お断りになっても構わないとも言っておられますが、どうしますか?」


そう言われて少し悩んだ龍巳であったが、これからのことを話すいい機会だろうと思い、その申し出を受けることにした。


「分かりました。そのご提案、慎んでお受けしたいと思います。格好はこのままでもいいんですか?」

「はい、大丈夫です。どのような格好でも構わない、とも申しておりましたので」

「それはよかったです。ではその大広間まで案内してもらえますか?」

「いえ、その前に......」


突然止められた龍巳は、俺何かしたっけ?と顔に心配の色を浮かべるが、それは杞憂であった。


「敬語はやめていただけませんか?仮にも主人に敬語を使われるのはあまりしっくり来ないもので......。名前も『ニーナ』で構いません」


それを聞いた龍巳はなるほどと思いつつ、思案顔で悩んだあと、こう提案した。


「わかったよ。でも年上の女性に呼び捨ては俺が慣れないから、ニーナさん、でいいいかな」

「......分かりました。仕方ありませんね、主人に無理強いはできません。これからもよろしくお願いします、タツミ様」

「うん、よろしくね、ニーナさん」


無理強いできないなら、敬語直さなくてもよかったんじゃ......と思わないでもないが、そこら辺はプロフェッショナルとしてのこだわりなのだろうと納得し、ニーナに付いて大広間へと向かう龍巳であった。


 部屋を出てしばらく歩くと、龍巳と同じようにメイドに連れられている宗太と美奈に合流した。


「おはよう、二人とも」

「おう、おはようさん」

「おはよう、龍巳君」


挨拶を交わした三人は、大広間までの道のりを会話しながら歩く。


「宗太がこの時間に起きるなんて意外だな。もっとゆっくり寝ているように思っていたよ」

「あ、わかるわ。なんだかマイペースなイメージよね」


その二人の反応に苦笑する宗太は、実はこのぐらいに起きるのは当たり前なのだと語る。


「俺がマイペースなのは否定しないが、一応世界チャンピオンなんだぜ?規則正しい生活してトレーニングしてないと勝てるものも勝てないって」

「あ~、なるほど」

「そう言われればその通りね」


そんなふうに会話を続け、異世界組が親睦を深めていると三人いるメイドの一人が彼らに声をかける。


「もうそろそろ大広間に着きます。陛下たちはすでに席に着いておられるので、美奈様はアルセリア殿下のお隣に、龍巳様と宗太様は女性お二人の向かいにお座りください」

「「分かりました」」「分かった」


メイドの言葉に三人がうなずくと、五メートルほど離れたところにある他の部屋の扉よりも一際大きく、そして豪華な造りの扉が開き始め、完全に開ききった時、アルフォードとアルセリアの姿が奥に見えた。


 部屋に入った龍巳たちが見たのは、凄まじく長いテーブル......ではなく、長さは三メートルほどの意外と普通のテーブルであった。

 その「意外と」という感想が顔に出ていたのか、アルフォードが笑いながら異世界組三人に声をかける。


「はっはっは!あまりテーブルが長くなくて驚いたのかね?いや、異世界の人たちが驚いているのなら別の理由なのかもな。まあいい。とりあえず座ってくれ。今後のことについて、食事をして親睦を深めながら語ろう」


そのこちらの心を読んだのかという物言いに、三人はアルセリアが自分達が貴族かどうかを歩き方で予測していたのを思いだし、やはり親子なのだなと思った。

 席の配置は、いわゆる誕生日席にアルフォード、その左右にアルセリアと龍巳、アルセリアの隣には美奈が座り、龍巳の隣は宗太が座った。アルセリアの向かいに龍巳、美奈の向かいに宗太が座った形だ。


「食事の前に、まずはタツミ殿に謝罪させてくれ。うちの貴族どもがすまなかったな。彼らを導くべき立場である国王の私の不手際だ。どうか許してほしい」


その謝罪の言葉は、昨日謁見の間を出たときのアルセリアのものとそっくりで、やはり親子なのだと改めて感じさせた。そのお陰か、昨日のことを思い出して少しささくれ立っていた龍巳の心を落ち着けた。


「いえ、昨日アルセリア殿下にも言いましたが、気にしないでください。彼らを鎮めてくださったのは陛下ですし、一晩経って私も落ち着きましたから」

「そうか......。感謝する、タツミ殿」


龍巳の言葉を聞いたアルフォードは本当に安堵した表情を浮かべたあと、自分達の前に並べられた料理の数々を指して異世界組三人に語りかける。


「それでは朝食にしようか。この食事会は貴族もみていないし、無礼講といこう。朝であまり食べられないかも知れないが、うちのシェフたちが腕によりをかけた料理を存分に味わってくれ」


その言葉に待っていました!とばかりに反応したのは、やはりというべきか宗太であった。


「よっしゃ!ゆうべはサンドウィッチだけだったから今はちゃんと腹減ってんだよな。結構うまそうだし、じゃんじゃん食べちまおうぜ」


その言葉に龍巳と美奈が苦笑しながらも控えめにうなずき、料理に手を伸ばし始める。朝だからなのか卵料理が多目の献立だが、宗太を筆頭に異世界組がどんどん食べるのでテーブル上の黄色の配色はみるみる減っていった。

 しばらくして三人が食べ終わった時、彼らをよそに自分達のペースで食べていたアルフォードとアルセリアも同時に食べ終わっていた。

 美奈は自分が夢中になって食事にのめり込んでいたことに気づくと、時間差で恥ずかしくなってきたのか顔を赤くしてアルフォードたちに謝り始めた。


「す、すいません......、美味しかったものでついつい食べるのが早くなってしまって......」

「いやいや、うちのシェフの料理を気に入ってくれたのなら何よりだ。美味しそうに食べている様子をみるのもいいものだな。こちらも幸せな気持ちになってくる」

「そうですね、お父様。タツミ様とソウタ様もちょっと可愛かったです」


そう言われた龍巳と宗太はお互いに顔を見合わせ、苦笑を浮かべた。


 異世界組三人と王族二人で親睦を深めていたが、頃合いを見計らっていたアルフォードが三人に本題を切り出す。


「それで、ソウタ殿、ミナ殿、タツミ殿。君たちに聞きたいことがある」


神妙な顔で言葉を紡ぐアルフォードの顔は真剣そのもので、龍巳たちも気を引き締めて続きを待った。


「君たちは、その、この国を救ってくれるか?」


そう、龍巳たちがこの世界に来るきっかけは勇者召喚であり、危機に瀕した国、引いてはこの世界を救うためであった。

 聞かれた三人はそれぞれが真剣に考え、そのまま数分が経った。そして最初に口を開いたのは宗太だった。


「いいぜ、救ってやるよ。もともとの試合ってのにも退屈してたんだ。この世界の戦いは命のやり取りなんだろ?それこそやりがいがあるってもんだ」


宗太らしい自分本位な理由ではあったが、その答えを聞いたアルフォードたちは喜びをあらわにした。

 次に話し始めたのは美奈だった。


「私は、正直怖いです。でも、この世界の人々が危ない状況で見ない振りをして帰る方法を探すのは、きっと後悔するから。だから、私もやります」


それを聞いたアルセリアは、同じ女性として彼女を尊敬し、目を潤ませながらお礼を言う。


「ありがとうございます、ミナ様!心から感謝いたします!」


そしてまだ答えを出していないのは龍巳だけとなった。アルフォードが龍巳にどうするのかを聞く。


「それで、タツミ殿は......?」

「俺は......」


真剣に考えた龍巳の一人称が崩れる。それほど真剣に考えていると理解したアルフォードはそこに水を差すことはしない。

 そして龍巳が出した結論は......


「俺は、正直この国を救おうとは思えません」

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