第5話 ペスカの秘密と初めての街

 森を抜けたら、見渡す限り続く平原だった。二人は森から少し離れた場所で一先ず休憩し、冬也の治療に専念する事にした。

 先ほどまで、生死をかけた戦闘を行っていたのだ。緊張していた身体から力が抜けて、冬也は地べたに座り込んだ。


「わぁ~お兄ちゃん! 今手当てするから、気をしっかり持って」

「ペスカ。お前、魔法で治せるよな? 俺の背中を治したのは、魔法だよな」


 冬也の射抜く様な視線を受け、ペスカは少し溜息をつくと、呪文を唱えた。


「癒しの光よ来たれ!」


 ペスカが光から放たれ冬也を包む。みるみる内に、冬也の体から傷が塞がっていった。完全に痛みが無くなり、傷痕さえも残らずに完治した。


「それにしても、大変な事になったね。お兄ちゃんが放火魔になっちゃうよ」

「誤魔化すなペスカ。兄ちゃん怒ってるんだぞ」


 ペスカは無言で冬也から視線を反らす。だが冬也はそれを許さず、ペスカのこめかみを両の拳で、グリグリと圧迫した。


「いだい、いだい。やめてお兄ちゃん」

「隠してる事、全部吐け!」

「いだい、やめれ。お兄ちゃんのばか。うんこ!」

「汚い言葉を使うんじゃない!」

「お兄ちゃんの◯◯!」


 ゴンっと鈍い音と共に、冬也の拳がペスカの頭に炸裂した。涙目で頭を抱え踞るペスカは、訴える様に上目遣いで冬也を見つめた。


「死ぬかも知れない所だったんだぞ」

「いや、逃げる位は出来たよ」

「いい加減にしろペスカ!」

「ごめんなさい。あんな予定じゃなかったの」

「何がどうなっているのか、全部話せ!」


 冬也に叱られ諦めたのか、ペスカはこれまでの経緯を、ぽつりぽつりと話始めた。

 ペスカの話す事は、冬也にとって信じられない事だった。しかし、森で起こった出来事を思えば、否定もし辛い内容だった。


「はぁ? つまり、ここは俺達の宇宙とは、違う次元の宇宙に有る星で、お前は元々この星で賢者だったと。それで死んだ時、元の知識と能力を持って、地球で生まれ変わった。そんで今回は里帰りがしたかったって言いたいのか?」

「そうだよ。賢者様だよ。偉いんだよ。えっへん」

「どや顔で何言ってんだよ。そんな厨二っぽい事を聞きたいんじゃねぇよ」


 確かにペスカは、小さい頃から魔法使えると、変な事を言う子供だった。冬也が知らない謎の言葉を、ブツブツ言ってる所を見たこともある。

 冬也はそれが、全てペスカの空想だと思っていた。魔法少女に憧れる可愛いやつだと、ペスカを見ていた。


「因みに、パパリンは知ってるよ」

「知らなかったのは俺だけか?」

「知らなかったってより、信じなかったってだけだね。お兄ちゃんは、頑固だし、脳筋だし」


 冬也は思わずペスカの両頬を引っ張った。そして顔を顰めて、ペスカを睨め付ける。


「いひゃい。やめへ。おめんなひゃい」

「あぶねぇ事しやがって!」


 冬也の怒りはもっともであろう。死を覚悟した瞬間も有ったのだ。笑って済ませられる事ではあるまい。


「ところでペスカ。どうやってこんな所に来たんだ?」

「ここに来たのは私の魔法だよ」

「じゃあ、帰れるんだよな」

「今すぐは無理だよ」

「何でだよ!」

「次元を越えるなんて大魔法が、ホイホイ使える訳ないじゃない。私が生まれ変わってから、十六年間溜め続けたマナは、全部使っちゃったし」


 ペスカの言葉に、冬也は返す言葉が見つからず絶句した。

 ペスカを駅まで送ったら、自宅でのんびり過ごすつもりだった。いや、そんな事が問題なのではない。ここは異世界で、直ぐには帰れない。それが問題なのだ。

 そして、疑問は尽きない。そもそも何故、異世界なのだ。こんな危険極まりない世界に、ペスカを一人で送り出す事は出来ない。それに、里帰りにしては物騒過ぎはしないだろうか。


 そもそも、ペスカは何者なのだ。賢者と言うのは、概ね間違いではないだろう。それは、傷が直ぐに癒えた事で証明が出来る。

 前世の記憶を持つならば、幼い頃からのペスカの言動には、多少納得いくものがある。ペスカの事は、今まで天才だと思っていた。しかし、ただの天才ではなかった。

 言うなれば、過去に違う世界で生涯を全うし、前世の記憶を持ち生まれ変わり、日本で新たな知識を得た天才。

 ただ自分は違う。日本で生まれて育った、普通の日本人である。ただ行きがかり上、ペスカと家族になっただけ。こんな世界ではペスカを心配で放り出せはしないが、自分が必要な理由は何なのだ。


 懸命に頭を働かせても、冬也に答えが出るはずがない。考えれば考える程、混乱してくる。その結果、口から出た質問も、ピントが少し外れたものになる。


「お前の魔法は打ち止めなのか? だって、傷を治してくれたろ?」

「まあ、あれ位ならね。なにせ元天才大賢者だしさ」

「何か色々増えてねぇか?」

「うっさい。お兄ちゃんの◯、いだっ!」


 ペスカが言いきる前に、冬也のデコピンが炸裂した。気配を察したペスカが、両頬をガードした為、おでこに攻撃が入ったのだ。流石のペスカも、度重なる冬也のお仕置きに耐えきれずに爆発する。 


「わ~ん、ばか~! 私だって予定外なんだよ~!」

「予定って何だ?」

「里帰りついでに、お兄ちゃんびっくりさせる。二人のドキワク異世界観光!」

「びっくりさせ過ぎだ馬鹿! 死ぬほどびっくりだよ!」

「あの森は、ちっこいモンスターしか、出ないはずなんだよ。だから戦闘未経験のお兄ちゃんでも、楽勝のはずだったの。あんなのが出るはず無いんだよ」

「あの化け物は何だよ?」

「マンティコアじゃない? ギリシャの神話に出てくるやつ」


 ペスカの説明に、冬也は何と無く違和感を感じる。しかし冬也は、その違和感を上手く表せずにいた。眉を顰めて、冬也は腕を組む。そんな冬也に対し、ペスカは明るく声をかけた。


「お兄ちゃん。ここに居ても仕方ないし、そろそろ行かない? ここから暫く歩けば街に着くよ」

「あのなぁ、ペスカ。学校とかどうすんだよ。まぁ、親父は。心配しねぇか」

「パパリンには、伝えてあるから大丈夫。あっちの事は、色々と上手くやってくれるよ」


 ペスカの言葉は、冬也に止めを刺したのかもしれない。

 ペスカの行動は思い付きではなく、計画的だったのだ。自分が気がつかないだけで。何もかも手配済みで、準備を万端に整えて、異世界とやらにやってきたのだ。

 そう考えると、冬也は深い溜息をついた。そして冬也は重い腰を上げる。


「お兄ちゃん、何か疲れた顔してるね」

「お前のせいだよ!」

「そんな時には、これでも食べて元気だして」


 ペスカは某栄養食品を、冬也に差し出す。ペスカの魔法で傷は癒えたが、戦闘続きのせいか多少は小腹が空いている。冬也は黙って栄養食品を受け取り、ペスカと共にミネラルウォーターで腹に流し込んで小腹を満たす。そして、ペスカの指示する方角へ歩き出した。


 見渡す限りの草原は、森の中での戦いが嘘の様に感じるほど平和な光景で、疲れた心を癒していく。小一時間ほど歩くと、放牧されている牛や豚等の、家畜の姿が見えて来る。とても異世界とは思えない風景に、首を傾げながら冬也は歩いていく。不思議そうな表情で歩く冬也を見て、ペスカはとても楽しそうに笑顔を浮かべていた。


 更に歩くと、農園に差し掛かったのか、様々な野菜が育てられていた。日本では見た事が無い野菜が多い。だがここまでの風景は、外国の何処かと言われても、冬也は疑わずに信じただろう。


「なぁ、ペスカ。まだ俺を騙してるのか? ここって外国だろ? オーストラリアか?」

「まだ言ってんの? 異世界だって言ってるじゃない」


 そして、農園の奥に微かに見えたのは、日本人なら見慣れた稲穂の姿。


「ペスカ、あれ米だよな。ここは日本か? でっかい草原が有るって事は、北海道か?」

「あのさ、お兄ちゃん。北海道にヒグマは居ても、マンティコアは居ないでしょ。いい加減に認めなよ」


 諭される様に、ペスカから言われても、納得がいかず冬也は首を傾げる。街道を歩き農園を過ぎようとした時に、高い城壁が見えて来る。

 日本とは異なる造りの西洋風の城壁には、大きな城門が有り、数人の門兵が立っていた。あれは白人なのだろうか。遠目でもわかるのが、明らかに日本人と異なる容姿と、がっちりとした体躯。

 城壁から門兵に至るまでを見れば、十七世紀のヨーロッパにタイムスリップをしたと考えた方が、まだしっくりくるのかもしれない。


「ペスカ、あれは街なのか? 兵士みたいなのが立ってるぞ」

「そうだよ、街なんだよ。中世風でしょ、フフ」

「いや、そもそもあれ外人だろ? 言葉はどうすんだ? ペスカは喋れるのか?」

「外人じゃ無くて、異世界人だよ。体形は現代の欧米人に近いかもね」

「そうじゃ無くて、言葉だよ言葉。コミュニケーション」

「まあ何とかなるって。気楽にいこ~よ」


 城門には、街に入るための列が出来ていた。違和感を感じながらも、ペスカの後に続いて並ぶ冬也。街に近づけば益々違和感が増す。並んでいる人々は、掘りの深い欧米風の顔立ちで、自分よりも高い身長の男性が多い。男はズボンにシャツ。女性はスカートの服装が多いが、デザインが現代と違う。ざっくりとしたズボンとTシャツの冬也でさえ、明らかに周囲とは浮いていた。


「市民証を出せ。よし入って良いぞ。次!」


 だがその時、更なる違和感が、冬也に訪れる。門兵の言葉が聞こえる。いや、理解出来る。


「ペスカ、俺あいつの言葉が解る。何でだ?」

「それは、睡眠学習効果だね」

「お前、俺に何をしたんだ? ってそれよりも市民証なんて持ってないのに、どうやって入るんだ?」

「お兄ちゃん。私を誰だと思っているの。元天才美少女大賢者だよ!」

「また変なのが増えたぞ」


 やがて順番がやって来る。甲冑を纏った兵士はこちらを見ると、ギロリと睨みを利かせて、市民証を要求する。さもありなん、衣服からして周囲とは全く違うのだ。兵士が警戒してもおかしくはない。だがペスカは当たり前の様に、懐から一枚のカードらしき物を取り出し提示する。


「ペスカが来たって、クラウスに伝えといてね」


 ペスカが提示したカードで、兵士達が騒めき出し、一瞬で態度が一変した。兵士達は、一斉にペスカに対して深々と頭を下げる。


「大変失礼致しました。メイザー伯の関係者でいらっしゃいましたか。どうぞ、お通りください」


 仰々しい態度に変わった兵士達の姿に、冬也は口をあんぐりと開けて驚いていた。


「ペスカ、お前何者?」

「だ~か~ら~、超天才美少女大賢者だよ」


 最早、突っ込むのも忘れた冬也は、門を抜けて街の中を見渡した。

 街並みは、美しいレンガ造りの建物が並んでおり、道は石畳で綺麗に整備されている。さながら、ヨーロッパへ旅に来た気分になる街であった。


「なんか、すげぇな」

「そうでしょ。えっへん」

「なんでお前が、どや顔なんだよ」

「だって私の功績だし」

「はぁ? 何言ってんだよペスカ」

「細かい事は置いといて、先ずは宿の確保とご飯だね」

「金なんてもってねぇぞ。どうすんだよペスカ」

「全部このペスカちゃんにお任せよ、お兄ちゃん」

「もう何でも有りな感じだな」


 溜息を付く冬也の手を引き、ペスカは迷うこと無く街を進み、いかにも高級そうな宿へと入って行く。そして、先程のカードを受け付けに見せる。

 そしてやけに仰々しい態度で案内された部屋は、高級そうな調度品が多く飾られる、広い部屋だった。


「ペスカ。だからお前何者だよ」

「何度も言ってるし。超絶天才、いだっ!」

「それは、もういい」

「うぅ~!」


 頭を叩かれ、恨めしそうに冬也を見つめるペスカ。そんなペスカに付き合いきれず、冬也はベッドに飛び込む。慣れない戦いの上、歩き通しだったのだ。冬也はすぐに意識が遠くなる。


「お疲れ様。ありがとう、お兄ちゃん。大好きだよ」


 ペスカの優しい声が、遠くで聞こえるかの様に、冬也は寝息を立てていた。

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