十一話 キャプテン・コンビニエンスストア

誘拐犯を追え

 休憩室に入るなり倒れこんだ小木曽さんは、息も絶え絶えという感じでまともに話せそうもない。俺は残っていた冷めたコーヒーを差し出すと、小木曽さんは一気にのどに流し込む。


「小木曽くんが走るなんて珍しいね。どうしたんだい?」


「姫が、姫が」


「と、とにかくまずは落ち着いて」


「落ち着いていられますか!」


 こんなに息をあげている小木曽さんを初めて見た。いつも真っ白なほどの顔が今は人間らしく赤みを帯びている。こんな表情を見ると、本当に小木曽さんはただウイルスによって操られているのか、疑問に思えてくるほどだった。


「それで、何があったんだい?」


「姫を探していたら、怪しい男が姫を。車相手じゃどうしようもなくて」


「まさかさっき話してた研究所の?」


「それはないだろう。鬼頭が残党は狩ったと言っていたし、研究所の人間なら小木曽くんがわかるだろうしね」


 じゃあ、まったく知らない人、つまり富良野さんが何者かもわからないままに偶然に誘拐してしまったってこともあり得る。


「それじゃ、単純に女子高生が一人でフラフラしてたからさらった可能性もあるってことですか」


「それなら心配だね。誘拐犯が」


「何を言ってるんですか!」


 店長に同意しようとしたところで小木曽さんが吠えた。頷く前で助かった。ここで変な言い争いをしていたって何も前には進まないのだ。今は富良野さんがどこに連れ去られたかを知ることが先決だ。


「いやいや冗談だよ。何にせよ富良野さんは簡単には死にはしないさ。彼女が不老不死だと知らないなら当然。知っているのなら尚更ね」


「どうしてですか?」


「知っているなら目的は明白だ。不老不死の研究成果はこの世に彼女一人なんだからね」


「じゃあ、ここでゆっくり待ってろとでも?」


「誰もそんなことは言ってないさ」


 店長の笑顔が少しだけ変わる。


「うちの従業員に手を出したらどうなるか、身をもって味わってもらわないとね……!」


 確かに顔は微笑んでいる。いつもの店長だ。それでも何か覇気というか闘気というか、そんな得体の知れないものを身にまとっているようだった。そもそも触手が百本くらいあるんだから他にも持っていてもおかしくないけど。

 店長を見ながら体を震え上がらせている俺に、小木曽さんは小さな声で高橋さんも人のこと言えないっすよ、とつぶやいた。


「それじゃ行こうか」


「うっす」


 紅茶を一気に飲み干した店長に続いて、小木曽さんも息を整えて立ち上がる。俺には目もくれなかった。二人だけで休憩室を出ようとしたところで、それを引き留めるように俺が手を挙げた。


「あ、ちょっと待って!」


 なんで二人だけで行くような話になっているのか。誘拐された富良野さんを探すのだ。他人では多いことに越したことはない。


「高橋くんも来るのかい?」


「そりゃ、俺だって心配ですし」


「私がいるとはいえ、一応危険なこともあるかもしれないよ?」


「そうかもしれないですけど」


 富良野さんをさらった相手が不老不死の研究を狙っていたら、それこそ店長やこの間のMIBに任せた方がいいんだろう。でも富良野さんはそれ以上に俺のバイト仲間なのだ。それを放っておいてここで待っていることなんてできるはずがない。


「しれないけど?」


「まだ俺、仕事サボったこと謝ってもらってないですから」


 半分は本当の気持ちで、半分は強がりだった。店長はきっと俺のことを守ってくれるだろう。でもそれじゃ足手まといでしかない。それでも俺にも何かできる。俺にしかできないことがこの仲間と一緒にいるためにあってほしかった。


「ふむ、そのくらいの心意気の方が変に気負っていなくていいかもしれないね。小木曽くんもその血走った目を落ち着かせないと連れて行ってあげないよ」


「……わかりました」


 普段があの調子だから、落ち着いたといってもまだまだ気合が目からほとばしっている。俺だって人のことは言えないんだけど。


「私たちだけでもいいけど、仲間外れにするとあの二人が怒っちゃうかな?」


「でも呼び出す時間が惜しいです」


「あ、それに関しては大丈夫ですよ」


 人手が多い方がいいことには違いない。俺よりも秋乃さんやジーナさんの方がトラブルに巻き込まれたときにも安心だろうし。俺はロッカールームに向かって携帯を持って戻ってくる。すぐに二人に対してメールを出した。たった数行の短いメールだけど、たぶん大丈夫だろう。

 いぶかしがる二人を連れて店先に出ると、猛牛の群れでも出たのかという土煙をあげて、何かが店の前に近づいてきた。


「マスター! 呼びましたか? いえ、呼びましたね? 私は呼ばれました! いったいどんなご用でしょうか?」


 秋乃さんだった。いや、俺が呼び出したんだけど、それにしたって予想以上の速さだったな。どんな駆動装置を積んでいるんだろう。


「ちょっと人探し、かな? 危険があるかもしれないから」


「了解しました。私の全兵装をもってマスターをお守りします!」


「店長もいるし、ほどほどで大丈夫かな」


 背中のパックから砲身の先端を出した秋乃さんをなだめる。すごい口径に見えたんだけど、いったいどんな代物を隠し持っているんだろう。というかあのパックは四次元なんだろうか。まだまだ俺の知らない武装を持っていそうでちょっと連れていきなくなくなってくる。


「メール送信から三十秒くらいか。スクランブル発進だね」


 秋乃さんは戦闘機か何かですか。まぁ、ロボットなんだけどさ。感心している店長に心の中でツッコミを入れていると、今度は控えめな足音ともにジーナさんが駆け込んできた。


「要様ー!」


「あ、よかった。戻ってこれて」


「お呼びいただけるなんて光栄です! 私に折り入ってお話とはいったいどういったものなのでしょうか?」


「富良野さん。誰かに連れ去られたみたいだから助けに行こう」


「へ?」


 秋乃さんと違ってサキュバスとはいえ息は上がるらしい。膝に手をついて大きく息をしていたジーナさんは俺の言葉を聞いて、情けない声を出して顔をあげた。


「探してくれてたんでしょ? 小木曽さんが車に乗せられたのを見たって」


「あー、そういった話でしたの。確かに重要ですわね」


「テンション下がったね」


 ジーナさんの声に富良野さんを心配しているような雰囲気は少しもない。店長と同じで誘拐犯の方が心配だと思っているんだろう。さっきまで富良野さんを探していたはずなのに、そうとは思えないような口振りだった。

 まぁ、かなり思わせぶりにメールを書いたのは否定しないんだけどさ。それにしたってもうちょっと心配してあげてもいいんじゃないかな。


「あの子ならどこに行っても大丈夫と思っていましたけど、た、確かに心配ですわね」


「そうだよね。早く迎えに行ってあげようよ」


 にっこりと笑った俺にジーナさんが引きつった笑顔を返す。


「やっぱり彼が一番うちで怖いんじゃないかと思うよ」


「少し、わかります」


 そんなやりとりを見ながら、店長と小木曽さんがなぜか困ったように頬を掻いていた。

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