少女とロボットは見つける

「さぁ、今日も頑張るよ」

「朝から元気だね」

「うん」

 気持ちのいい朝は少女の高らかな第一声から始まった。

「行こう」

 少女が手を差し出すと、それをつたってロボットが肩へ飛びうつる。揺れて落ちないように、もみあげを一房掴む。

「あんまり強く引っ張らないでね」

「キミが慎重に歩いてくれればね」

 太陽は東の空で力強く輝いていた。その陽光に照らされて、昨晩の雪がきらきらと光を放つ。

「眩しいね」

「そうだね」

 少女はうっとりと、ロボットは少し寂しげに呟いた。

「西の方にはなにがあると思う?」

「さぁ、なにがあるだろうね?」

「私が訊いてるの」

「ボクだって知らないさ」

 少女とロボットはそうしてとりとめもない話をしながら、西に向けて歩く。その後ろにはたった一組の足跡だけが残った。

「この辺りでどう?」

 しばらく歩いたところで少女が尋ねた。

「この辺りはまだ見たことがないね」

「じゃあここにしよう。なにかないかなぁ」

 少女は微笑むと、辺りをきょろきょろと見渡した。そして、めぼしい建物を指差した。

「あれなんてどうかな?」

 指の先には半壊したビルがあった。元は高さがあったビルだろう。三階の半分程度までしか残っておらず、周囲には大量の瓦礫が山になっていた。

「うん、いいんじゃないかな。残ったビルにもなにかありそうだ」

「そうだね」

 ロボットの同意を得て、少女は元気よく足を踏み出した。ざくざくと瓦礫の破片と薄く積もった雪を踏み分けていく。

「滑らないように気を付けてね」

「落っこちちゃうから?」

「そう、ボクの安全のためにね」

「りょーかい」

 少女は足元に注意しながら、建物の入り口を覗き込んだ。

「暗いね」

「窓もないみたいだね」

 少女はごそごそとモッズコートのポケットを漁って、蝋燭を取り出した。

「はい」

 そして、芯を向けてロボットに差し出す。

「あいよ」

 ロボットが小さな手でその先端を握ると、ぽっと小さく火が灯った。

「ありがと。これで大丈夫だね」

 肩の少し上まで掲げて、足元を照らす。

「全然荒れてないね」

「思ったより、ね」

 少女の言う通り、埃こそ積もっているものの、足の踏み場もないほど壊れたなにがしかが散らばっているような状況ではなかった。今まで見てきたどの建物のなかでも、一番まともだ。

「窓がなかったことがよかったのかな。それで雨風がある程度防げたのかも」

「それならなにかお宝が眠ってるかもしれないね!」

 少女は声を弾ませて、室内の探索を始めた。室内を歩き回り、どこになにがあるのかを把握していく。

 まずは壁に沿って外周を歩いた。大雑把だが、部屋の大きさは少女の歩幅で約30歩といったところだ。やっぱり窓はなく、壁はロッカーで覆われている。

「オフィスみたいだね」

「そうだね。部屋の中央に行ってみよう。出口を見失わないようにね」

「うん」

 少女は元気よく頷くと、出口を背にして正面に歩き始めた。

「デスクがあるよ」

「大きいね」

「たくさんの紙と……パソコンだ!」

 少女が開きっぱなしになったノートパソコンに飛び付く。電子機器、とりわけパソコンのような精密機器は高値で取引される。レアメタルがふんだんに使われているし、基盤は切り貼りして再利用できる。そして、CPUを始めとした集積回路は今では作ることさえままならない。

「やったね」

「うん! これでまたしばらくご飯が食べられるよ!」

 少女は嬉しそうにノートパソコンを抱き締める。

「もう少し回ってみよう」

 小躍りしていた少女はノートパソコンをデスクに戻して、再び探索を開始する。すると、すべてのデスクにノート型やデスクトップ型のパソコンが残されていた。

「すごいよ! こんなにたくさんあるなんて!」

「まだ誰にも見つかっていなかったみたいだね」

「すごくラッキーだね!」

「本当だ。ボクのおかげかな?」

「そこは日頃の行いにしといてよ」

 少女とロボットはそうして部屋中を歩き回った。一番の収穫はパソコンだ。ゆうに30台はある。加えて紙も貴重な資材だ。樹木はあるものの、紙作りに必要な施設や水がない。今はありものを使い回している。

 しばらく探索したあと、次のフロアへ行くことにした。出口のちょうど反対側に扉があったのだ。

「次もたくさんあるかな」

「どうだろう。この調子なら期待できるかもね」

 言いながら扉を押し開くと、そこには下り階段があった。

「地下かな」

「だろうね。足元に気を付けてね」

「うん」

 蝋燭の灯りで足元を照らしながら、一段一段下っていく。約一階分の階段を降りきったところで、鉄製の扉を見つけた。

「なにがあるのかな」

「なにもないのかな」

「そんなこと言わないで」

 少女はロボットを突いた。

「開けるよ?」

「うん」

 ロボットが頷くと、少女はそっとドアノブを捻った。隙間から蝋燭を差し入れて、室内を照らす。うっすらと照らされた室内には大きな鉄の棚がいくつも並んでいた。その棚からは色とりどりのケーブルが滝のように繋がれている。

「なんだろう、これ」

「きっと、サーバールームだね」

「サーバー?」

「みんなで使える高性能なパソコンみたいなものさ」

「これ、全部?」

 なるべく遠くまで照らすように、少女は蝋燭を掲げる。それでも、向かいの壁は見えない。

「すごいよ! こんなにたくさんのパソコン見たことない!」

 少女は興奮気味に室内を歩き回る。

「ちょっと、足元に気を付けてよ? たくさんのコードが這ってるよ」

「うわっ」

 言ったそばから少女がつまづいた。蝋燭だけは落とさずにしっかりと掴む。

「いて」

 しかし、ロボットはあえなく転落した。ころころと壁まで転がっていく。

「あ、ごめんごめん」

 少女は慌てて転がったロボットを拾いに向かう。

「だから気を付けてって言ったじゃないか」

 ロボットは転がった先で配線の束に埋まっていた。様々な色のケーブルがベッドのようにロボットを受け止めている。

「寝心地は?」

「よくないよ……ん?」

 立ち上がろうとしたロボットは右手に一本のケーブルを握っていることに気が付いた。どうやら、転がった拍子に掴んでいたみたいだ。

「なに、それ?」

「わからない。たぶんサーバのLANケーブルだと思うけど」

「LANケーブル?」

「パソコンをネットワークに繋ぐためのケーブルさ。後に無線技術が誕生するけど、初期の頃はみんなこれを繋いていたんだ」

「へぇ〜……」

「試しに繋いでみようか」

「そんなことできるの?」

「電源さえあればね。幸い、ボクのバッテリーが使えそうだ」

「そんなに容量あったっけ?」

「キミが大きなバッテリーを積んでくれたおかげでね」

 言うなり、ロボットは腹のパネルを開いてソケットをむき出しにする。そこに手にしたLANケーブルを差し込んだ。

「そこのコンセント取って」

 手近に転がっていたコンセントを少女に拾ってもらう。なんだか主従が逆のようだが、今は気にしても仕方がない。

「ん、ありがとう」

 少女からコンセントを受け取ったロボットはLANケーブルと同様に、自身の胸にコンセントを差し込んだ。

 電力が流れる音がして、それから周囲の機器にランプがついた。続けてビープ音が鳴る。

「なんとか足りそうだよ」

 言いながら、ロボットは目をくるくると回し始めた。

「なにしてるの?」

「中を探ってるのさ。なにか記録が残ってないかなと……あった」

 ロボットの目が焦点を結ぶ。

「動画ファイルみたいだ」

「再生できる?」

「やってみよう」

 ロボットはぱちぱちと瞬きをすると、くすんだ壁面へ目を向けた。

「流すよ」

 言うのと同時、壁に映像が映しだされた。ロボットの目から映像が投影され、口から音声が流れる。

 まず初めに映しだされたのは、空だった。蒼く澄んだ空。でも、視界の隅は高層ビルに切り取られている。ビルの合間から見える、晴天だ。

 周囲からは様々な音が聞こえた。人の話す声。笑う声。怒鳴る声。車が走り、クラクションが鳴らされる音。電車が走り、規則正しく枕木を叩く音。信号機の音と人の足音。なにかの電子音。

「ここは……どこだろう?」

 やがて、映像は視線を下げ、人の目線ほどの高さで周囲を見回し始めた。

 聞こえてきた音の通り、周囲は人で溢れていた。大きな交差点を行き交う大勢の人の波。その中心に立って、撮影者は周囲を撮しているようだ。

「トウキョウ……?」

 それはかつてあった都市の名だ。今はもう残っていない名前。

 知識として知っている都市の姿を、映された光景ははるかに上回っていた。こんなにも多くの人が、こんなにも大きな建造物が、こんなにも多様な色や音が溢れてるなんて。想像すらできなかった。雑踏、というのだろう。聞いたことはあった。昔はたくさんの人がいて、溢れるほどに物があった、と。老人たちは昔を惜しみつつ、そう語る。昔はよかった、と。でも、少女はその昔を知らなかった。だから、惜しむことさえできなかった。

 でも、今、目の前に映し出された映像に、語られる昔があった。少女に昔を語った老人が闊歩した世界が、この映像の中に残されていた。

「これが……昔の世界……?」

「そんなに昔でもないよ。たかだか二十年さ」

 映像を流す合間で、ロボットが答える。

「そう、なんだ……」

 それきり、少女は黙って映像を眺め続けた。

 映像は都心から公園に舞台を移していた。そこでは犬を連れたご婦人や小さい子の手を引くお母さんが、めいめいにくつろいでいた。撮影者はそこでも黙ってカメラを構え、周囲をゆっくりと撮影していた。お弁当を食べる若いカップル、アスレチックで遊ぶ男の子たち、園内の小川ではしゃぐ子供たち。降り注ぐ陽の光は暖かく、誰もが穏やかな笑みを浮かべている。

 また映像が切り替わる。

 今度は駅のホームだ。冬の早朝なのだろう。空はまだ青白く、電車を待つ人々の息は白い。皆一様に線路に目を向けて、電車の到着を待っている。やがてアナウンスが流れ、電車がホームに滑り込んでくる。完全に停車し扉が開くと、雪崩のように電車から人が吐き出されていく。サラリーマンや学生がほとんどだ。まれに旅行中の外国人も紛れている。そして、入れ違いにホームで待っていた人々が乗り込んでいく。車内は暖かいのだろう。乗り込んだ人々はほっと安堵したような表情を浮かべていた。

 電車から降りた人々は撮影者に向かって歩いてきた。どうやら、撮影者の背後が改札への降り口になっているようだ。

 すれ違う人々の表情はまちまちだった。疲れた顔、眠そうな顔、覇気のある顔、楽しそうな顔、物珍しそうな顔。朝靄に霞むそれぞれの表情を、撮影者はひとつひとつおさめていく。

 それからも撮影者はいろいろなものを映していった。ビルの屋上から見下ろし人波。集団で下校する小学生。飲食店でお喋りに興じる高校生。大きな時計の下で待ち合わるカップル。それはどれもがかつてあったであろう日常だった。

「もういいよ。止めて?」

 少女は目を伏せて、静かに言った。それを聞き届けて、ロボットもそっと目を閉じる。映像が消えて、室内は再び闇に包まれる。いつの間にか蝋燭の火も消えていた。

「帰ろう」

 どちらともなく呟いて、一人と一体は立ち上がった。なんとなく腰が重たく感じた。

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