オモチャ工場

 喋るオモチャ達の運用テストは、上々の結果だった。

 渡瀬川わたせがわは調理場で、新たに実装する料理機能の試験として、自動調理器でシチューを作っているオモチャ(人工脳の試作品を久条ひさじょうに見せた時のボディだ。あれから新型開発のテストベッドになっている)の様子を見ながら、報告書に目を通し、運用現場で見たものを思い返している。

 オモチャ達は想像以上に、社会に馴染む。

 他人が何をしているのかなど、そうそう真剣に考えるものではない。ましてや、道路の清掃など、何かしら作業をしているところに、ちょっかいを出す者は少ない。せいぜい挨拶ぐらいだ。


 道路清掃に活用するというのは、久条のアイディアだった。

 不審物や落とし物の監視網として機能することを狙ってのものだったが、その過程で副次的に集まってきた、車や通行人の大きさ、色、時間の情報が、窃盗犯の逮捕に貢献したことは、思わぬ拾い物だった。

 軽作業もこなす情報インフラとして自治体に売り込んでやれば、オモチャ達の維持費を引き出す材料になるだろう。

 そうできれば、脳摘出再生プログラムとしては上出来だ。


 シチューがそろそろ仕上がるという頃になって、調理場に久条が入ってきた。


「おお、いたいた。良い匂いじゃねぇか。何作ってんだ?」


「葉野菜とベーコンのシチューです」


 久条は「ほぉ」と言って、首を捻った。

「なんかオシャレなもん作ってんな。俺はてっきり、肉じゃがとか、カレーとか、そういう、有名どころから始めると思ってたぜ」


 会話の間に調理が終わり、オモチャが配膳を始める。


「チームもそう考えていたんですが、火や刃物、生肉の扱いをさせると危ないということになりまして、素手と調理器だけ、作業後に手を洗わなくても、せいぜい油汚れ程度で済む、この形になりました」


「ははぁ、なるほど」


 オモチャが配膳を終えて、優しく「どうぞ」と言った。


 久条が「こりゃどうも」と手を合わせ、スプーンを取って、シチューを一口含む。

「うん、悪くねぇな。最近の機械は、よくできてら」


「料理機能の試験は電子レンジやオーブントースターを活用したものも予定しています。よろしければ、これぐらいの時間にやりますので、また試食に付き合ってください」


「おう」

 シチューをもう一口。


「それで、今日のご用件は?」


 久条はスプーンを置き、手を打ち鳴らした。

「おう、それそれ。オモチャの運用テストの話が聞きたくてよ。報告書はもらったが、どうも字が小さくて斜め読みでな。とりあえず、問題なく使えるって話と、空き巣をとっ捕まえたってことしか掴めてねぇ」


「その理解で、概ね問題ないと思いますが」


 久条の口が曲がった。

「そう言うなよ。なんかあったろ? 想定外の一つや二つ。大量の豆を見ると数えるのが追いつかなくなってフリーズしたとか、SF映画みてぇに人工脳にプログラムしてねぇ人格が芽生えたとか、なんかそういうの」


 渡瀬川は笑った。フリーズは高負荷テストの際に何度も発生したが、運用テスト上では、事故に巻き込まれるような重度の物理的損傷以外では発生していない。

 SF映画みたいな事象も無い。

 だが、久条が喜びそうな事例は、確かにあった。

「想定外と言えば、求婚された事例があったのは、確かに想定外でしたね」


 久条は一瞬キョトンとしてから、腹を抱えて笑い始めた。

「おいおいおい! ボッコちゃんかよ!」


「なんです? それ」


 久条がソファに手をついて笑いの発作を鎮め、呼吸を整えながら涙を拭うまでには、シチューがぐいっと飲めるまで冷めるほどの時間が必要だった。

「ボッコちゃんってのは、星新一の小説だよ」

 何がそこまでおかしいのか、そこでまた笑う。

「喋るオモチャに恋をした男と、それを利用してた連中の悲劇だ。名前ぐらい知ってるかと思ったが、そろそろ一世紀だしな。さすがに古いか」


 渡瀬川は顎に手をやった。

「悲劇となると、求婚されることがあり得るような環境に置くとマズいでしょうか?」


「小説ごときにビビるなよ。名作ったって結局は作り話だ。事実を明かして貸してやったらどうだ? 一人暮らしのまま使い捨てじゃあ、まだ完成とは言えねぇだろう。家庭内運用に、繁殖実験、得るものは多いと思うがな」

 久条は渡瀬川の懸念を追い払うように手を振り、皿を持ってシチューをぐい飲みする。


「それはそうですが、一世紀以上、時の試練に耐えた作り話を侮ってはいけないと思うんです」


 久条が皿を置き、小さく頷く。

「確かにな。だがこっちは神様じゃねぇ。こっちの責任は、生きるのに向いてねぇ脳みその代わりを作ってやることまでだ。

 夫婦生活は、こっちの出る幕じゃねぇ。そっちは『あなたと一緒に暮らしたいんです』って言ったヤツが責任を取るべきだ。違うか?」


「少し、考えさせてください」

 考える間に、渡瀬川もシチューの味を見てみることにした。

 野菜とベーコンをすくい上げて口に運ぶ。

 少々味が足りない気もするが、オモチャに微調整など望めるものではない。

 オモチャ自身は味など気にしないし、手を加えられて気分を害すこともない。出された側が、塩でもなんでも好きに足して調整すれば良い。

 オモチャと人間の生活は、大体がそんな感じだろう。オモチャを中心に置き、人間が不足を埋める。それで長続きするだろうか。


「なぁ不死身の、俺の予想だと、人間がオモチャの世話をし続けられるかどうかを考えてるんだろうと思うんだが」


「心を読まないでください」


 久条は無視して続ける。

「黙って家の仕事をする、不愉快な口答えもしねぇ、いつもほにゃっと笑ってる。これと生活して不満だって奴は、何と一緒になってもダメだろうぜ。そういう人間の問題までは、どうにもならねぇよ」


 久条の言う通りだ。人間の方には、こちらでは何も関与していないし、何かしたところで、当人が変わろうとしなければ何にもならないことは、既に何度も何度も重ねて言われている。

「それでも、人工脳で喋るオモチャになるという選択をした人達は、今よりもマシな人生をと願って選択したんです。それで地獄に突き落としてしまったら、合わせる顔がありません。久条さん――」

 一呼吸入れる。

「人間は、どこまでも残忍になれます。いらなくなったオモチャを、そいつらはどう処分すると思いますか? オモチャ達は、ろくに抵抗もしないでしょう。返しに来るぐらいならかわいいものです。山の中に置き去りにしたり、犯罪組織に売り渡したり、少し考えただけで、いくつもの悲惨な結末が想像できます」


 久条が、ため息をついた。

「そっちの責任があったか……でもよ、オモチャはGPSとビーコンで管理してあるはずだろう? 何かあれば、わかるんじゃねぇのか」


 渡瀬川は首を振った。

「それは、私と久条さんと、この組織が、現状のまま存在し続ける場合だけの解決策です」


 久条が天を仰いだ。

「はぁー、次から次へとまったく……」

 しかしバネじかけのように姿勢を戻した。

「オモチャサミットってのはどうだ? 毎日近所のオモチャ同士でランダムな時間に集まって顔を合わせる。それでオモチャ同士、仲良くババ抜きでもして、近況を交換する。顔を出さないヤツがいたら、様子を見に行く。ヤバいことになってたら、警察なり役所なりに通報する」


「それは名案、いや待ってください。生活は予期せぬことの連続です。全員集合できるでしょうか?」


「なら集合時間に来ねぇ奴には電話だ。何度も欠席したら怪しいポイントをプレゼント。電話が繋がらなかったり、当人以外が出たりしたら、怪しいポイントをプレゼント。これで三点溜まったら家庭訪問」

 どうだと久条は手を広げてみせる。

「それから、スマホがオモチャから離れて勝手に遠くへ動き出したら非常事態扱いにするってことでどうだ」


「オモチャ同士の連携運用ですか。確かにそれなら、国が潰れない限りは、使えそうですね。早速チームに連絡しておきます」


 渡瀬川がメールを書き始めると、不意に久条が吹き出した。


「どうしました?」


「いや、オモチャが生活するようになって、次は協力することを覚えるわけだろ。このまま多機能化していったら、国が潰れる頃には、オモチャサミットが国に取って代わってるかもしれねぇなって思ったら、なんだかおかしくてよ」


「そこまでの多機能化はしませんよ。思い悩むようになったら、何のために脳を入れ替えたんだか、わからないじゃありませんか」


「さてどうかな。歯車仕掛けは、ただ回転するだけの部品の塊だが、それでもあんなに複雑だ。多機能化するために、思い悩む機能は必ずしも必要じゃねぇ。オモチャの単純な機能を組み合わせるだけで良いんだ。

 オモチャ自体は何も考えねぇ。だが、オモチャの王国は何かを考える」


「王国が自殺しないように気を付けないといけませんね」


 久条は腹を抱えて笑い始めた。

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