いま

 さて。これはおおよそ150年ほど前の、昔の話。

 では、明都151年の国斎商社はどうなってるのかというと……。


 実に迷惑なことに、ふたりは150年の時を経てなお、健在だった。


 祖父の運国斎は今年で数え213歳を迎え、孫の執国斎は今年で数え157歳となる。

 足腰が弱ってきたと言えば両足を切り落として軽銀アルミニウムの義肢に変え、手先が鈍ってきたと思えばその指を薄い皮脂に似た膜で覆った特殊神経組織をつなげ……。

 そんなことをしているウチに、やがて体中を特殊神経組織で覆う技術を身につけて、自らの身体で実験してしまった。

 そのおかげでふたりとも100歳以上は若返り、祖父の運国斎は70歳前後の老紳士に、孫の執国斎は40歳前後の壮年の紳士となった。


 ……見た目だけは。


 どんなに外見を変えても、変えられないのは「脳」である。

 いや、正確に言うと、「脳」という臓器そのものは、運国斎の技術力を持ってすれば取り替えることは可能である。

 特殊神経組織で完璧な脳のクローンを作り上げ、移植してしまえば良い。

 だが、で、完璧に作り上げたかに思えるクローンでも、生体に移植した際、記憶の一部に欠損が見られることがわかった。どの記憶が欠損するのかは個体差が出るようで、移植手術を行ってみないとわからない。

 だから、史上最強の科学者である山中運国斎といえど、脳の完全移植だけはどうしても、踏みとどまらざるを得なかった。


 なにせ150年以上も使った脳なので、ふたりはちょいちょい、老人らしさを発揮する。

「おい、昭夫や」

「なんです、おじいさんがた」

「わし、晩飯は食べたかの」

「何言ってるんです。晩飯なら、一昨日食べたばかりじゃないですか」

「おお! そうじゃった、そうじゃった!」

 執国斎の玄孫やしゃごである警視庁捜査一課の警部補、剣持昭夫にそんなふうにからかわれても、ふたりはまったく気づかない。

「……そういえば昭夫や。わしら、昼飯を喰っとらん気がするんだが……」

「ああ、昼飯ならふたりの分まで俺が食べておきました」

「おお、そうかそうか、それはでかした」

 うっかりまる2日半、なにも食べていない老人達を尻目に、剣持がべえっと舌を出す。

 そもそも、老人達の胃は30年ほど前に全摘出しており、いまは特殊神経細胞で作った袋が身体のまん中にぶら下がっているだけ。脳のために、特殊なタンパク質と脂質を混ぜたブドウ糖溶液を一日8回摂取する必要性はあるものの、脳以外は特殊神経細胞のみで形成されているふたりの身体に、食事など必要ないのだ。

 ……にもかかわらず、使用人達は元は美食家でならしていたふたりの老主人のため、せっせと豪勢な食事を用意してくれる。

 それを知っている剣持は、時折この国斎商社の本社社屋に現れては、こっそりふたりのご先祖の晩ご飯や昼ご飯を食べていくといういたずらをする。

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