第2話 まつ子、むさぼる

 ※前回までのあらすじ。まつ子歌って踊る。


 ルージュは口を閉ざし、回転するのをやめ、能面のような顔で答えます。


「御機嫌ようですわ。見知らぬお方」


 そう言ってルージュはお辞儀をします。


「急に歌うもやめるだけじゃなくて、笑顔もやめるんだね」

「おじさんとデュエットなんて、お駄賃を頂いても嫌です」

「優しい言葉遣いなのに辛辣だね。酷くないかい?」


 おじさんの荷馬車は今までルージュが見たことないくらい、大きな荷馬車でした。


「そんなことより、なんて大きな荷馬車なんでしょう」

「速やかに聞き流すんだね。おじさんは商人さ。色んな街で色んな商売をしているからね」

「そうなんですの。私はリンゴを買うためだけに、この長い道のりを歩いていますわ」


 ルージュは肩をすくめてやれやれ、という仕草をしました。


「え?楽しそうに歌っていたようだけど?」


 そう言ったあと、おじさんはピンときてルージュに尋ねます。


「もしかして・・・リンゴを買いに行くのは隣町の入り口近くの銀さんの店かい?」

「ええ、シルバニアストアに」

「シルバニ・・・ああやっぱり、銀次郎商会さんか」


 そしておじさんはまた人差し指を立てて提案します。


「どうだろう。ちょうど私もひとり旅。隣町は道の途中で寄るところ「まあ、そんなの悪いです」」

「ん?まだ何も言ってないよ」

「あら?そうですの?」


 そう言ってルージュはまた隣町に向かって歩き始めました。


「え?お嬢さん?お嬢さん?!」


 おじさんは慌ててルージュを止めました。


「・・・なんですの?」

「乗らないのかい?隣町まではまだまだ距離があるし、きっと話の流れも・・・わかってたよね?!」


 おじさんは不思議がります。


「おじさんは、どうして通りすがりの私にそんなに親切なのかしら?」

「うーん、どうしてかな」

「もしかして私に惚れ「それは違うよ」・・・あら、不思議ね」


 ルージュは首を傾げます。

 世の男性が今のルージュに惚れない理由がわかりません。


「簡単にイエスと言わない女。自分に素直で正直。ウイットに富んだ会話。恋の駆け引きと女の魅力も十分なのに、まだ何が足りないというのかしら?」

「そういう問題ではないんだがね。で、乗るの?乗らないの?」

「そんな安い女だと思って?」

「んー、じゃもう行くね」


 おじさんは急に面倒になってきました。

 ルージュがあわてます。このままいくとあと3時間30分は歩くことになります。


「えっ、そう言わず乗せてください」

「・・・どこが駆け引き上手な女なのかな?じゃ、まあ早く乗って」


 ルージュはあわてて荷馬車に乗りました。

 これであまり疲れずに隣町まで行けます。


「それではお願いします。商人のおじさん」

「礼儀を知らないわけじゃないところが少し残念だね。それじゃ行くよ。ハイッ」

 

 おじさんが馬にムチを入れると、荷馬車がガタン、ゴトンと音を立てて進み始めました。

 大きな幌馬車は少し揺れますが、これで思ったより早く着きそうです。

 しかし、荷馬車に乗っては見たものの、2人のテンションは普通に戻ってしまい、無言が続いてしまいました。


 そうです、2人は意外と、そしてかなり人見知りな性格なのでした。


 世の中には結構気さくに話す人だと思われているのに、いざ話しこもうとすると無口になるような人が意外といるものです。そして、そんな感じを絵に描いたように、とても面倒で不器用な2人でした。


「いい天気だね」

「そうですわね」

「・・・」

「・・・」


 それだけの会話をして、また沈黙が続きます。


「いやあ、ほ、ほんとにいい天気だね」


 おじさんが、ぎこちなく話します。

 ルージュに声をかけた時の流暢な会話はなんだったのでしょうか。

 そしてその声は先程からさらに、なんだか不自然でした。


「そうですわね・・・いい天気ですわね・・・でも、先程も同じ話をしましたわ」


 そしてまたしばらくすると、今度はもっとおどおどした調子でおじさんが話しかけてきました。


 商人のおじさんは人見知りなくせに、今悪の道に染まろうとしていました。

 すでにおじさんの商店は借金だらけで火の車。そんな時に普段なら付き合わない悪商人から、"人さらい"の提案があったのです。


『一回だけでいいんだよ、オジサン。小さい子供1人、簡単なもんさ』

『一回だけって・・・それに私の名前は"オジサン"なんだね』


 昨晩、その男から渡されたものがあったのです。


「あ、そ、そうだ。し、商売の余り物の、お、美味しいリンゴがあるんだけど、た、たた、食べるかい?」


 おじさんはそう言って、後ろの荷物じゃない、毒々しいドクロマークが描かれた紫の袋からリンゴを取り出して渡そうとします。

 その手は不自然なほど震え、力強く握り締められています。普通ならばこんなリンゴは見た目も悪くて誰も食べません。


「まあ、なんて禍々しい輝きのリンゴでしょう。品種はなんですの?」


 ルージュは少し疑いながら聞きます。


「ひ、品種かい?!質問そこかい?!」


 おじさんは意外な質問に素っ頓狂な声をあげました。


「ええ、その感じですと、なんでしょう?リリマリア?ううん・・・さきがけ?・・・いえ、なにか薬品に漬けたような」


 流石リンゴが好きなルージュの質問は的確です。


「く、詳しいんだね、これは・・・そう、これは、その、スリーピングビューティーという品種さ」

「スリーピングビューティー?知りませんわね」

「そ、そうかい?これはひとかじりするとすぐ眠くなっ・・・じゃなくて、そう、肌がビューティーになるリンゴなんだ」


 ルージュはそのリンゴをまじまじと見ました。たしかに艶はありますが、なんだか少し黒ずんだ怪しい赤です。


「なんか怪しいですわね・・・」

「そ、そ、そんなことない。お嬢ちゃんが可愛いから特別にねっ・・・って!!」


 おじさんがそう言い終わるか終わらないうちに、ルージュはリンゴをほうばっていました。

 指摘は的確でしたが、ルージュには


 "リンゴ"

 "肌がビューティ"

 "可愛い"


 この3つの言葉の前には毒リンゴなんて意味がありませんでした。


「べ、別に・・・モゴモゴ・・・肌を気にして・・・シャクシャク・・・いるわけじゃないのよ。ング、そういうつもりじゃないのよ!!」


 そう言いながら、ルージュはどんどんそのリンゴを食べてしまいます。


「あ、食べちゃったね・・・・疑ってたんじゃないの?」


 おじさんが話し終わるか終わらないうちに、ルージュはそのリンゴを食べきってしまいました。

 そして満面の笑みをたたえて、お礼を言いました。


「とてもエグ味があって美味しかったです。ウエ・・・。おじさんありがとうございます。ぜひ今度、お師匠様にも食べさせたいですわ」

「それは良かった・・・ね。あと美味しくなかったんだね・・・そうなんだ」


 その間も荷馬車はゆっくりと隣町に向かって進んでいます。

 ご機嫌だったルージュはその揺れとぽかぽかとした日差しが気持ちい良いのか、それとも連日の疲れが出てしまったのか、ついウトウトとしてしまいました。


「ね、寝ていいんだよ・・・おじさんが隣町についたら、お、お、起こしてあげるから」

「ふ・・あ・・・いえ、もう少しですので」


 ますます言葉の雰囲気がおかしくなるおじさんの声を耳にしながらも、ルージュはとうとう寝てしまいました。

 おじさんはその姿を見て、大きく安堵のため息をつきました。


 そしてしばらくして。


「お嬢さん、さあ、お嬢さん起きてほしいんだけどな」

「んむ・・・ありがとうございます」


 ルージュが目を開けて見回すと、着いてみた街は昨日来た街とは全然違いました。


「こ、ここはどこですの?」


 おじさんはニヤリと笑って答えます。


「ここは港町、ナウマンダーンザザッポロートレイさ。さあ、お金を払ってもらおうか」

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