4-7 告げるは絶望ではなく

「随分と手こずらせてくれた」


 巨人が姿を表すと同時、そんな呟きが聞こえた。


「まさか奥の手を隠し持っていたとはな。どいつもこいつも内規を無視してくれたものだ」


 団長だ。黒い猟犬に先導されている。当然、その背後から続くのは【番人】。

 クライセンの姿はない。どこかに待機させているのだろうか。


「シュレンめ。熱意の足らぬ男と思っていたが中々どうして。心の中では火種を燻らせていたというわけか」


 闇の中、瓦礫の群れを押し退け団長が迫る。その目に映っているのは、本来の体に戻った副団長。そして手を繋いだ俺とリーフィなのだろう。


「ふむ」


 団長が苦笑を漏らした。


「若人二人が手を取り合っている。絵になる光景だな。その仲を裂くのに、いささかためらいを覚えないでもない」

「今からでも、考え直す気はありませんか」副団長が言った。「例え『護紋の輩』に戻れたとしても、過程を知ったら姫は悲しみますよ」

「叱責を受けられるのも、姫の側に戻れればこそだ」

「……まったく」


 周りを省みない一途さは、これだから厄介だ。そんなぼやきが聞こえた。


「それで、貴様等はどうするのだ?」

「どうする、とは?」


 答えたのは俺。


「ヴィオが【神の造型マッスルボディ】を解いている。お前たちの目は死んでいない。何かを企んでいるのは明白だ」

「はい。そうです」


 臆することなく答えた。


「俺たちは、貴方に勝つつもりですよ」

「そうか」


 団長は嬉しそうに笑った。


「ならば見せてみろ若人よ。貴様らの意地が、俺の忠誠に勝るというならば」

「はい」


 目を閉じたまま、リーフィが頷いた。


「示します」


 ――幾羽もの鳥が舞い上がった。

 崩れた壁の奥から、水面を漂っていた鳥の群れが一気に飛び立つように。


 その全てがリーフィの作り上げた【伝書鳩】だ。数にして六羽。見通しの悪い瓦礫の山へと逃げ込んでいたのは量産した【巨鳥】を隠す為。

 俺たちの意地を目にした団長は、目を見開き――、 


「はっはっはっは!」


 弾けんばかりの笑い声を上げた。


「なるほど、合作・・。そう来たか、実に素晴らしい」


 その笑顔に険はない。心の底から面白がっている様に見えた。そして。


「これは流石に、耐え切れんな」


 あまりにもあっさりと――敗北を認めた。

 シュレンの見立て通りだったか。いかな【滅私奉姫の番人フェイスレス】と言えど、圧倒的な幻料ファテで作られた【伝書鳩メッセージバード】の群れには耐えられない。

 いやそれにしたって。焦がれた目的を挫かれれば、落胆なり激怒するのが相場だろう。なのにこの穏やかさは何だ。俺たちの成長を心底喜んでいるような、この笑顔は。

 解らない人だ。本当に、掴みどころのない。


「これから俺は」


 懐から葉巻を取り出して横銜えにした。火が灯される。


「その群れに、絶望を告げられるわけか」


 煙と共に、そう吐き出した。


「いいえ」


 だが俺は首を振った。そしてリーフィの横顔を盗み見る。幼馴染は、模型モデルの維持と操作に集中している。


「他人は、関係ない」


 だから俺が代弁する。心をひとつにした今、きっとリーフィも同じ気持ちでいてくれる筈。


「立ち止まらないために。障害を飛び越え、先へと進むために造ったんです。この模型モデルは」



「次なる舞台への――渡り鳥です」



 俺の宣言と共に。

 渡り鳥の群れが空に舞った。


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