2-11 名刀を持つは名人のみ
速攻!
リーフィの時と同じく、即座に
「そら!」
リヒトが何かを【星】へと向けて投げつけた。石だ。
途端――【星】が弾け散った。
「ちっ!」
勝負を挑んでくるからには対策は練ってあるだろうと思っていたが、あっさりと弱点を!
「速さに関しちゃ褒めてやるよ。だが生憎と、俺は同じギルドメンバーだ。身内の
故に攻略は簡単。適当にモノを投げつけて、己に届く前に弾けさせてやればいい。これなら【盾】を作る必要も無い。
もっとも、流れ来る【星】に石を投げ当てるなんて離れ業をやってのけられるのはこいつ位のモンだけどな!
「どうしたよ」
挑発が来た。
「
その通り。やる事は決まっている。これはあくまで戦いによる決闘。何も
猛然と駆け出す。
「そうだ、来いよ!」
リヒトも構えた。俺を迎え撃つ為に。
「ジャアッ!」
踏み込みと同時、体重を乗せた掌底を放った。当たらない。身を仰け反らせて躱しやがった。
拳が飛んできた。先日俺の腹に叩き込まれた拳が再び鳩尾を狙う。だが。
「――へっ、馬鹿みてえに鍛えやがって!」
腹筋で跳ね返す。最初から臨戦態勢ならそうそう効くものかよ!
腰を沈めながら体を反転。回し蹴り。踵で軽薄な横面を狙う!
「おっと!」
上手く腕で逸らされた。だがもう一発!
続けざまに拳を放とうとしたところで、眼前に靴裏。リヒトの前蹴り。咄嗟に腕を交差させて受け止める。勢いに押され、後ろに数歩よろめいた。
「ちっ」
再び、舌打ちが零れた。
リーフィの時とは違い、間合いはすぐに詰めた。だが肉弾戦に持ち込んだところで俺が有利になるわけじゃない。ウチのギルドの荒事担当はシュレン――次いで俺とリヒトだ。一筋縄で行く相手じゃない!
「どうしたよ。早くケリをつけねえと完成しちまうぜ? 俺の
回答代わりに横蹴りを放つ。それをリヒトは独特の動作で受け流した。
――クソっ、相変わらず読み辛い動きだ!
こいつは真っ当な武術を学んだ経験がない。いわゆる素人の喧嘩殺法。だが強い! 勘の鋭さは一級品だ!
「ほら急げ! 相手が
んなこた解ってんだよ! 奴の意識を乱せなければ、
踏み込んだ。当然リヒトは応戦。ここだ!
【盾】を作る。攻撃は
「っぶね!」
見透かされていた。リヒトの拳に腰は入っていなかった。あっさりと拳を引き戻すと、すぐさま距離を稼ぐ。
……マズい。そろそろだ。
「サービスタイム、しゅーりょう!」
喜々とした宣言。
「完成しちまったからな。俺の自慢の
黒光りする刃物――【刀】が、リヒトの手に握られていた。
出やがったか。奴の
由来は知っている。俺の出身という島国を題材にした芝居。政宗という名の剣士が正宗と呼ばれる名刀をふるい、好敵手たちとの戦いを繰り広げる物語。発現させた能力からして、リヒトは殺陣と呼ばれる刀捌きに惚れ込んだのだろうが――。
面倒なことになった!
「さあ、行くぜ!」
戦闘再開。今度は向こうから踏み込んできた。先程までとは違う、洗練された動作!
「おらよ!」
上段からの斬り下ろしを、間一髪で躱す――筈が、無理なく無駄なく、すぐに刃が跳ね上がる。
「ほれ、ほれ、ほれ、よぉっ!」
流れるような動作で刀が舞う。まさしくそれ自体が演じられているかのように。近づけない。
――剣戟を魅せる為の剣技。それが
「クソッ!」
防戦一方。いつまでも逃げ切れない。どこかで心を決める必要がある。引くか進むか。もちろん――進む! 意を決して奴の手元へと踏み込んだ。
「へっ」
リヒトが笑った。まただ。見破られていた。いつの間にか刀から離されていた奴の左手が、殺陣ではない奴自身の動きで、頭の横から、
がん、とゆれた。すべてがゆれた。まわる。せかいがまわる。だったら!
「シャアッ!」
さらに前に踏み出した。肘を突き出す。手応えを確認しすぐさま跳び退いた。
「……っ」
こめかみを押さえる。頭の横を打たれたせいでバランス感覚を崩した。少し待てば戻るだろうが――。
「てぇな、ちきしょう」
苦し紛れの肘鉄がどこに当たったのか、リヒトが腹を押さえているのを見て理解した。ざまみろ。いつぞやの仕返しは成ったな。
だが、攻略の糸口は見えない。
こうして実際に相対してみると、殺陣の動きは思った以上に厄介だ。しかも時折、本来の喧嘩殺法が混じる。異なる二人を同時に相手取っている感覚。やりにくいことこの上ない。
「ちっ……まあいい」
刀が掲げられた。
「まぐれ当たりはこれっきりだ。俺の演舞から逃げられると思うなよ?」
それは、あの刀を手にしている間は殺陣の動きが身に着くというものだ。早い話、どんなド素人だろうとリヒトの
まさしく、【名刀を持つは名人のみ】ということか。
「大人しく斬られちまえよ。刃はつけてねえから、死にゃあしねえぜ!? 打ち所が悪ければご愁傷様だけどな」
「ふん」
鼻で笑い飛ばし、足場を確かめるようにつま先で地面を捻った。
勝つならば、やることは単純だ。
「……だけど、そいつは嫌だな」
小さく呟いた。アレは最後まで取っておく。団長たちに能力は隠せと忠告されたから? 勿論それもある。でもそれ以上に――。
「さっさと身の程を知れよ!
思い知らせてやる。奴が侮り嘲けった
「お?」
宙に浮かんだ、赤く揺らめく俺の
だが、すぐには撃たない。おそらく奴は、空いた手に何かを握り込んでいる。足元には手頃な大きさの石がゴマンと転がっているのだ。ここから撃っても初撃と同じく、届く前に弾けさせられるのがオチだ。
――なら、迎撃が間に合わない距離で撃つしかない!
「シャアッ!」
【星】を宙に浮かべたまま、間合いを詰める。対してリヒトは、
「そら、よっ!」
走り寄る俺へと向けて、何かを投げつけた。
躱さない。腕を十字に組んで頭を庇い、それでも前に進む!
鈍い衝撃。腕が痺れる。だがこれでいい。十分に間合いは詰めた。向こうも踏み込んでくる。
刀が届くか届かないかという距離――ここだ!
手を下ろす。リヒトを指し示す。【星】が、流れ出す!
「焦ったな」
俺にブチ当てたければ、もう少し我慢するべきだったな。そう代弁する勝ち誇った笑み。
横薙ぎに刀が振るわれる。
迫る【星】を斬り落とさんと、刃が舞う。
「――――な」
リヒトの目が見開かれた。眼前の現実が信じれらないと言わんばかりに。
光と共に俺の【星】が消えていく。砕け散ったのだ。
だが同時に、リヒトの【刀】も、根元から折れていた。
「ばっ」
息を呑む気配。驚きの声など上げさせない。躊躇なく奴へと飛び掛る。蹴りと見せかけて、そのまま足だけで奴の首に絡みつく。軽業はチビの特権だ!
「ぐっ」
両足で首を蟹バサミのごとく挟まれて、リヒトが呻く。引き剥がそうと手を伸ばしてくるが、遅い!
勢いそのままに腰をひねる。リヒトの首を挟みこんだまま、足も同時に回転する。地中から根野菜を引っこ抜く要領で、奴の体を宙に浮かせ、投げ飛ばした。
「――ぐあっ!」
即座に馬乗り。マウントボジション。攻める側が絶対的に有利な体勢。これで勝負は決まり。
「……馬鹿な」
リヒトは未だ立ち直れていない。
「俺の【刀】が折れた、だと」
「信じられないか?」
拳を握りしめ、後は振り下ろすだけという格好のまま、俺は言った。
「不思議がることはないだろ。お前の【刀】は
「それだけで覆されるワケねーだろ!」
敗北を目の当たりにしながら、しかし頑なに認めない。
「お前だぞ!? 『小さな器』が作る
無理もない。こいつの
型の違いはあるにしろ、注ぎ込んだ材料にこれだけの差がありながら、痛み分けに終わったのだ。どう考えても釣り合わない話だった。
「現実を見ろよ、リヒト」
「見下すな!」
押さえつけられたまま猛り狂う。
「お前ごときに講釈される覚えは!」
拳を振り下ろした。鈍い音と共に、浅黒い顔が歪む。
「一番好きな女が日ごとに代わる」
「っ……んだと」
「一番好きな演目が月ごとに代わる」
侮蔑を浴びせると、鼻を押さえたまま目を剥いた。
「それが悪いとは言わない。だがもう少し考えるべきだったな。一時の想い入れで形を決めるべきじゃなかったんだ」
「お前、何を」
「俺の
どれほど
「…………くそが」
リヒトの目が泳いだ。
「ちきしょう。お前みたいな出来損ないに、この俺が!」
「仕方ねえだろ。不用意に手を出せば噛まれて当然だ。お前は怒らせたんだよ」
番犬を、怒らせたんだ。
「ちきしょおおおおおおおおおおっ!」
敗北を示す屈辱の咆哮が、響き渡った。
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