第二章 想いの強度

2-1 番狂わせの報告

「才能だの努力だの、そういう問題じゃない!」


 掌を叩きつけられた机が軋む。大きな音に、隣のリーフィが体を強張らせた。


「また随分な番狂わせがあったもんだと思いきや――なんだいそりゃあ!」


 書類仕事を行う為の執務室。棚と机しかない殺風景な部屋にいるのは四人だ。俺とリーフィ、団長、そして今朝方帰ってきたばかりの副団長。椅子に深く腰掛けた団長の隣に立ち、背筋を伸ばして並ぶ俺とリーフィに怒鳴り散らしている。


「ものの数秒で模型モデルを量産? ほんの一瞬で幻料ファテが戻る? 馬鹿馬鹿しい。もう一度言うけどね、あんたらの報告通りだとしたら、そいつは才能や努力の領域じゃない。ただ異常なだけだ!」


 筋肉隆々の体を怒らせながら、女としては低めの声で捲くし立てた。

 そう、こう見えても女なのだ。

 『霧雨の陣』副団長、ヴィオーチェ・リファエル。

 リーフィよりも頭ひとつ抜き出た高い身長。袖なしのシャツから覗く腕のたくましさは、正規の軍人もかくやといわんばかり。女らしさを残しているのは後ろでまとめている長い髪くらいのもの。鍛えすぎなきゃ凄い美人なのに――とはリーフィの談だが、性格も男前に過ぎるので、同意は出来かねる。


「落ち着け。ヴィオ」


 葉巻をふかしつつ団長が宥めた。


「とにかく、コジロウがリーフィに勝った過程は理解出来た。信じられたかと訊かれれば、また別の答えになるがな」

「本当です」


 リーフィが断言した。


「自分から申し込んだ決闘でコジロウに勝ちを譲るほど、誇りを捨てた覚えはありません」

「解っている」


 団長は鷹揚に笑った。

 さて、何故俺とリーフィが執務室で怒鳴られているのか? それは昨日、決闘なんて馬鹿をやらかしたせいだ。

 慣例とも文化ともつかない形で定着している創作家クリエイターの決闘。

 相対する二人の意思さえ確かなら、何人たりとて邪魔をすることは許されない。ただし決闘に及んだ場合は理由と結果を団長に報告する義務がある。ギルド内規の、比較的前の方に記載されている項目だ。ウチに限らず、どこのギルドの内規にも似た記述があると言う。当然だ。軽々しく決闘に及ばれては大事な戦力を失いかねない。創作家クリエイターは存在そのものが希少なのだ。

 二人で示し合わせて黙し通すことも考えたが、結局は素直に話すことにした。シュレン辺りから話が漏れるとも限らないし、もし隠し立てが発覚したら、それこそギルド追放の憂き目に遭う。


「メンバー同士の決闘は生死が及ばない内容にすること。これは守られたようだし、実際二人に怪我はない。特に問題はない――と言いたいところだが、ひとつだけ」


 団長が、こつこつと机を指で叩いた。


「コジロウ。貴様どうして、そのこと・・・・を俺に隠していた」

「それは」


 予想していた質問にも関わらず言葉に窮してしまう。


「まだ確証がなかったもので」

「書類の不備を指摘された、内務官のような言い訳だ」


 団長が呆れた。


「ギルドメンバーは、己の模型モデルに関する全てを団長に報告すべし。忘れていたわけではあるまい」


 表情から察するに、怒っているわけではないらしい。だが、内規違反を見過ごしては示しがつかない。


「察するに、貴様自身、自分の才能に――ヴィオが言うところの異常に気づいたのは最近か?」

「はい」


 直立不動の姿勢を崩さぬまま答える。


「己の持ち味に気づいたからといって、即座にそれを活かした模型モデルが作れるわけでもありません。ある程度形が出来るまではと」

「一応の筋は通っているね」


 副団長が鼻で笑った。


「本当のところはどうだか知らないけどさ」

「事実です」


 まるで信じていない口ぶりが、少し勘に障った。


「おいそれと信じられない話だからな。特にヴィオにとっては」


 団長が言った。どういう意味かと目だけで尋ねる。


「何だ、知らないのか? ヴィオはうちの副団長だが、同時に幻創協会の研究部にも籍を置いている。専攻は」

「流導条件。幻料ファテの状態観察に特化した研究と言えば解りやすいか」


 本人が頭を抑えながら言った。なるほど、つまり専門家というわけだ。


「お前を異常異質呼ばわりするのは、研究部員としての見解だ」


 俺をじろりと睨みつけながら、副団長。


「まさかこんなふざけた話が出てくるなんてね。定説が引っくり返るじゃあないか」

「ヴィオよ。多少の調査は認めるがな。愉快な事例だからと、コジロウを私物化するなよ?」

「こんな不貞腐れたガキ、くれると言われても願い下げです」


 るっせえコンチクショウ。俺だってお前みたいなデカ女に調べ回されてたまるかってんだ。


「報告は以上か? ならば戻っていいぞ。ただしコジロウよ。貴様は明後日までに自分の測定項目を書き直し、模型モデルの運用についての見解を再提出しろ。いいな」

「はい」


 天井の角を見ながら返事をした。


「そう堅くなるな」


 見た目どおりの豪快な笑い声。


「貴様が新たに発掘した能力、中々、使い勝手がよさそうだ」

「……そうでしょうか?」

「広い範囲に効果を及ぼせる模型モデルは珍しいからな。使い方次第では化けるかもしれんぞ。評判が姫の膝元に届くほどにな。はっは、これは思わぬ拾い物をしたかもしれん。精進しろ若人よ」

「ありがとうございます」


 任務に対する姿勢ではなく、模型モデルそのものを褒められたことに若干の達成感を抱きながら、頭を下げた。俺だって創作家クリエイターなのだ。


「それでは失礼します。……行くか、リーフィ」


 頷いた幼馴染と一緒に踵を返し、入り口へと向かう。


「コジロウ」


 呼び止められた。副団長だ。


「あんた、その異常な体質については誰にも話すんじゃないよ。これは命令だ」


 はい、と素直に頷く。願ったり叶ったりだ。もし他のギルドメンバーにも公表すると言われたら、床に頭を擦り付けてでも止めてくれと頼むところだった。

 あの力は俺の切り札だ。鋭き刃は鞘の中のみにて衆目には触れぬもの――との格言に従うわけじゃないが、公にする前にもっともっと研いでおきたかった。いつか俺を馬鹿にした奴らを見返してやる時の為に。

 小さい奴だ。自分を嘲る声が聞こえたが、だからどうしたと鼻で笑い飛ばす。俺が目指すのは創作家クリエイターであって人格者じゃない。

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