開けるなの箱

 世の中がまだ正月ムードで落ち着いている中から明けても暮れても犬のように働いて、疲れきって帰る男の足取りは重かった。男は全ての書類をどこかに仕舞い込んで無かったことにしたい、年なんて明けなければ良かったなどと考えている。


 正月か……俺にとっては超過痛だけどな。赤ん坊か、何も気にしない子供の頃に戻ってお年玉でも貰いたい――男は人気のない暗い通りを慢性の腰痛を気にしながら歩いていた。


「ハッピーニューイヤー!」


 男が声のした方を向くと、煌々とした赤い行燈が見えた。――占い屋? 男は吸い寄せられるように声の主の方へと近づいて行った。


 行燈の置かれた簡素なテーブルの向こうには、セーラー服を着た若い女の子がうさみみバンドを付けて赤い羽扇子をひらひらさせて座っていた――女子高生か?


「あ、このコスチューム気に入っちゃいました? ちなみに占い屋じゃないですよ!」

 女の子は活発な声で男に言った。

「まあ、座って座って! お座り!」

 男は促され、置いてあったパイプ椅子に座った。


「占いじゃなくてぇ……しまい屋とか? でも今日は何屋でもないか……? まぁなんでもいいや! お客さん、書類なんて仕舞い込んでもう全部無かったことにしたい! 年なんて明けるな! 明けても明けなくてもおんなじやおんなじや! フゥワッハーン! 命掛けで! ウハファーン! 仕事して! ウワーン! この世の中を! フワァーン! 無かったことにしたい一心で! ウィヒャッハーン! なんて思ってたでしょ?」


 男は、世の中を無くしたいなどと危険な思想は持ち合わせていないし、そんなハイテンションで号泣するような感じになったらもう本当におしまいだろうと思ったが、書類を仕舞い込んでや年なんて明けなくいいなど自分の考えていたことが分かったのは不思議に感じた――


「そ・こ・で! じゃーん! お年玉あげます! 親切でしょ? あ、親切だから今日は親切屋かぁ」


 男はいつの間にかテーブルの上に現れた赤い箱を見た――何か書いてるな……春? 宵? 湯?


「ちょっと、この箱開けてみくださいよ。大丈夫、開けた瞬間に竹が爆発して飛び出てきたりしませんから。今まであなたは痛みに耐えて良く頑張った! だからお年玉あげるのです。痛みに負けルナ!」


 行燈に映し出された女の子は爽やかな笑顔で、脇を締めて両拳を顔の下に置くポーズをしながら言った。女の子の薄っすらと赤くなっている頬を見て、男は夜風の気持ち良さを感じた。


「さあ! 開けてみくださ……いや、待って! まだ開けないで! まだですよ! 良いって言うまで!」


 男は開けようとしたところを制されて、すぐに箱を開けたくて堪らなくなっている。


「待てよ! 待て待て! まだ開けちゃダメですよ! 開けるなよ! 絶対まだよ!」


 男は待てと言われるほど箱を開けたくて堪らなくなる。


「これ以上お預けくらって堪るか!」


 男が勢いよく箱を開けると、小さな獅子舞が何頭も現れて男の頭に噛みついた。そして、一斉に空を見上げた獅子舞の口から花火が打ち上がり、辺りは白い煙に包まれた。


「もぉ~、おっさん瞬殺かよ~。もうおしまい?

しょうがないワンコくんね~」


 女の子は箱の中を見る。そこに並んだ大小さまざまな紅白団子にうっとりした。


「う~ん、この玉のような子たち……今の人はすぐだったからちょっと小さいけど、茹でたらモチモチで美味しいんだろうなぁ……よし! これだけ貯まったからもう帰ろっと!」


 女の子の元気な声が満月の夜へと響き渡っていった。


◆◇◆◇ ◆◇◆◇ ◆◇◆◇


中国の春節(旧正月)の時期には、湯円タンエユェンとか元宵ユェンシャオと呼ばれる団子料理が食べられるそうです。

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