第12話 アシストの神、巻きこみ悪魔
「三笠さん! 本当にごめん!」
デート未遂事件の翌日。いつも通り昼食をとろうとしていた佳乃は伊達に呼び出された。そして教室の廊下で伊達は深々と頭を下げ、デートに行けなかったことを謝っていた。
「伊達くんになにかあったのかなって心配だったけど、無事でよかったよ。だから謝らないで」
「ごめんね……すぐ三笠さんに連絡とろうと思ったんだけど、それもできなくて」
「いいよいいよ! わかってるから大丈夫!」
昼休みの廊下ということもあり、生徒たちがよく通る。学校のプリンスが頭をさげている光景は特に注目を浴びやすい。佳乃がなだめてようやく伊達は顔をあげた。
「……理由、聞かなくていいの?」
「うん。だって伊達くんは約束をすっぽかしたりする人じゃないってわかってるもん。本当に大変なことが起きたりしたのかなって……だから今日、こうして伊達くんと話すことができてよかったと思ってる」
不安げな顔をしていた伊達は、佳乃の言葉に励まされたらしく、表情を緩めた。それから一歩佳乃に歩み寄る。
「ありがとう、三笠さん」
ぽんぽん、と頭に二回。伊達が優しく佳乃の頭を撫でた。
「……っ! だ、伊達くん!?」
ただ頭に触れただけだというのに。その一瞬で佳乃の脈拍は上昇する。その速さは置いてけぼりにされそうなほど、ばくばくと急いてうるさい。
きっと顔だって赤くなっている。伊達に気づかれてしまうかもしれないのにそれでも興奮して高まる熱が止められない。
慌てる佳乃とは逆に伊達は落ち着いていた。佳乃を見下ろす視線は穏やかで、慈しみも含まれている。そして微笑みながらゆっくりと呟く。
「……いまは生徒会が忙しいから難しいけど、いつか埋め合わせさせて。次は三笠さんの行きたいところに行こう」
その言葉を鼓膜が拾い上げて、頭が反芻し――その間、過去最高にまで上昇した心拍数が佳乃の頭を溶かしていく。体と頭の動きがバラバラで、返答したいのに唇の動きと声が追い付かない。ぱくぱくと口を動かしながら、なんとか頷いて気持ちを示す。すると伊達は笑った。
「三笠さんって面白いよね」
「お、おもしろ……っ!?」
「そう。見ていて飽きないんだ。それからわかりやすい。正直な女の子ってかわいいと思うよ」
ああ、もうだめだ。血管とか血液といった熱いものが脈打ち、頭のてっぺんから爆発してしまうのではないか。火山噴火。死因は片思いの王子様による甘い言葉。
伊達が放つイケメンオーラに酔いしれたまま解散、となればよかったのだが。人生山あり谷あり。伊達との会話が幸せな山だとしたら、不幸な谷が待っている。
「あれれー? 佳乃ちゃんと伊達くんじゃーん」
廊下の向こうから聞こえてきた声は、幻なのだと思いたかった。最悪な人物すぎて頭が覚えているのだ。この声を持つ男はだめだ、近づいてはいけないと警鐘が鳴っている。
佳乃は咄嗟に、その人物に背を向けた。三笠佳乃なんて人はここにいない、と逃げだそうとしたのだが、背を向けたところで遅く。その人物は既に近寄ってこようとしていた。
「お久しぶりです、浮島先輩」
佳乃の気も知らず伊達が話しかける。
すると最悪な人物こと浮島紫音がニタニタとあくどい笑みを貼り付けて、手をあげた。
「どーも。二人はなに話してんの? なんか楽しそうなこと?」
「……浮島先輩が思っているような楽しい話ではないと思うので、自分の教室に戻ってください」
「やだなぁ、そっけない。もっと先輩を敬おうよ……ねぇ、佳乃ちゃん?」
微笑んでいるはずなのに細められた瞳は獰猛に光っている。佳乃と伊達から面白いものを搾りとってやろうと狙っているのだ。
浮島よ早く教室に帰れ。それを本人に言えたらどんなにいいことか。言いだせない悔しさに唇を噛んでいると、伊達が口を開いた。
「生徒会の話をしていたんです。今月末の一年生合宿についてですね」
すると浮島は、さも初めて聞いたかのように「へえー」とわざとらしく返した。知っている癖に、と恨みがましくにらみつけるが浮島は表情を崩さない。
「あれでしょ。カワイイぴちぴちの一年生ちゃんが学校に泊まり込んで、それを生徒会のみんなが出し物をして盛り上げるやつ」
「そうです。今年も生徒会メンバーによる歓迎演劇をやるんですよ」
「うんうん。あったねそんなの。なっつかしーい」
真面目に答える伊達と違い、浮島の口調は弾んでいる。獲物を見つけてしまったのだ。嫌な予感しかしない。というよりも嫌な展開になるのだろう、佳乃は諦め気味に俯いた。
「でも今年はちょっと準備が遅れているんです。衣装と小道具を担当している子が風邪で休んでいて……」
それを聞いた瞬間、浮島は唇を舐めた。それは肉食獣が獲物に牙を向ける合図。
「それ。手伝うよ」
またしても浮島の暴走がはじまったのか。と呆れた佳乃だったが、浮島の言葉を深く飲み込んで気づく。
その作業を手伝えば生徒会と関わる。つまり、伊達との接点を作れるのだ。
佳乃がはっとして顔をあげると、ちょうど伊達が答えるところだった。
「助かります。人手が足りなくて困っていたので、ぜひお願いしたいですね」
「うんうん任せて。佳乃ちゃんもどう?」
もう浮島のことを最悪な人なんて呼ばない。心の中で天使の羽を生やした浮島に土下座しながら佳乃は大きく頷いた。
「やります! 任せてください!」
「わあ。助かるよ。二人ともありがとう」
佳乃のチャンスタイムはまだ終わっていなかった。埋め合わせデートを待つよりも新しい接点、である。
「あともう一人お手伝いに誘えそうなんだよねぇ。その子も呼んでいい?」
「それは助かりますが……でもいいんですか?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。その子はぶっきらぼうなヤツだけど、内心では生徒会のために働きたい心やっさしーい真面目な男の子だから! オレが声かけたら大喜びでくるはずだよ」
浮島が言うその人物の顔が頭に浮かぶ。たぶん、いや、確実に剣淵のことだ。あいつはまた巻き込まれてしまうのかと同情してしまう。
「人手が多い方が助かるのでぜひお願いします」
「まっかせてー。いやあ楽しみだねぇ」
手伝うなら佳乃だけでよかったのだ。浮島たちは来なくてもいいのに。
上機嫌な浮島とは逆に佳乃は乾いた笑みを浮かべ、今頃剣淵はくしゃみを連発しているのではないかと考えていた。
***
生徒会による演劇の衣装、小物制作のために集まったのは四人。
三笠佳乃と浮島紫音。それから佳乃が声をかけた北郷菜乃花と、残念ながら巻き込まれてしまった不憫系男子の剣淵奏斗である。
菜乃花はともかく、剣淵は不機嫌そうに頬杖をついてそっぽを向いていた。その姿から浮島に脅され渋々ここへきたのだとわかる。
「――それで、皆さんにお願いしたいのは桃太郎の衣装と小道具のきびだんご、鬼用の刀です」
どうやら今年は桃太郎を演じるらしい。衣装と小道具のリストや完成予定図を見た佳乃だったが疑問が浮かんでいた。
「鬼の武器って刀でいいの? 金棒じゃなくて?」
図に書いてあるのは日本刀のようなものだった。金棒の太さとは程遠い。佳乃が聞くと伊達が照れくさそうにしながら答える。
「実は……鬼役は僕なんだ」
「伊達くんが!?」
赤の全身タイツに虎柄パンツを履く伊達は想像しがたい。王子様のような甘いルックスをうまく生かしてくれ、いますぐ配役を変えろと叱りたい気分である。
「だけど、スーツを着てドラキュラみたいなマントをつけた鬼なんだ。それで日本刀を振り回す……ってなんだかおかしな劇だよね、これ」
「ドラキュラに日本刀……」
「そう。それでこうやって――」
伊達は姿勢を正すと、練習してきたのだろう台詞を口にした。
「『この宝物は私のものだ、誰がお前に渡すものか。欲しいのなら力づくで奪ってみせよ』……って改めて言うと恥ずかしい台詞だな」
もはや鬼や吸血鬼というよりは魔王に近いが、しかし伊達によく似合っている。この素晴らしい劇設定を考えた生徒会を胴上げしたい気持ちである。こんな劇を見てしまったら鼻血が止まらなくなってしまいそうだ。
こういう時にこそ浮島の盗撮力が生かされるべきだと思うのだが、どうやら食指は動いてないらしく、大人しく椅子に腰かけていた。一切の変化なく真顔のままなことから興味はこれっぽっちもないのだと伝わってくる。
菜乃花は拍手をしているもののそこまで喜んでいないようで、とどめに剣淵は見てすらいない。不機嫌にそっぽを向いている。大喜びで興奮しているのは佳乃だけだった。
「似合うよ! 伊達くんにぴったりの役だと思う」
「そうかな。でもそう言われるとうれしいな、ありがとう」
「伊達くんの鬼役見てみたかったなぁ……その日だけ一年生になりたいよ」
佳乃が言うと、伊達が笑った。
「じゃあ見にくる?」
「いいの!?」
「うん。でもその日は行事協力生徒として参加してもらう形になるから、一年生合宿の手伝いとか雑用をしてもらうことになるけど……それでもよかったら」
行事協力生徒になれば、生徒会や一年生と共に学校に泊まることになるのだ。土日がつぶれてしまうのだが、佳乃にとっては土日なんてどうでもいいことだった。
「行きます! 手伝います! 任せてください!」
これまた伊達との接点が増えるのである。それに伊達が演じる姿を見ることができるのだ、行事協力生徒とは素晴らしい立場だ。
佳乃が勢いよく立候補すると、その後に浮島が手をあげた。
「オレもー! 演劇大好きだからさ、伊達くんの劇が見たいよ。暇人だから手伝いや雑用も任せて」
あれだけ興味なさそうに真顔で大人しくしていた癖に面白そうだと思えばあっさりと手のひらを返す。問題児にこれ以上関わってほしくないと苛立つ佳乃を横目に、浮島は剣淵に話しかけた。
「ね? 剣淵くんも暇だから、もちろんくるよねぇ?」
この場において浮島は絶対的な権力を持っている。その鋭い視線が向けられれば、佳乃や剣淵は屈するしかない。
小さな声で「クソッ」と吐き捨てた後、諦めたように剣淵は頷いた。
「……俺も行く、行けばいいんだろ」
「剣淵くんも手伝ってくれるんだね! 助かるよ。北郷さんはどうかな?」
「ごめんなさい。土日は習い事があって泊まり込みの行事は難しいんです」
「そっか。じゃあ三笠さんと剣淵くんと浮島先輩が当日のお手伝いをしてくれるってことでいいかな」
「もっちろーん! オレたちに任せてー」
「はい! よろしくお願いします。では僕は劇の練習に行きますね。衣装制作よろしくお願いします」
佳乃は教室から出ていく伊達を目で追う。できることならば衣装制作もせずに演劇の練習を見に行きたいところだが、伊達の信頼に応えるために衣装、小道具をきっちりと仕上げなければ。
その後、伊達は劇の練習があるからと教室を出て行ってしまった。残された四人はさっそく衣装制作をはじめる。
裁縫の得意な菜乃花が衣装制作をし、残る三人が小道具の制作をすることになった。
「いやぁ。菜乃花ちゃんが来てくれてよかったねぇ」
きびだんご制作を名乗りでて、カプセルトイで使われる丸いカプセルに黄土色の紙を貼りつけながら浮島が言った。
ちなみにこの作業が最も楽である。ただ紙を貼り付けるだけだと知り、浮島は自らこの作業を志願した。
「オレ、裁縫苦手だからさぁ。こういう時オンナノコがいると助かるぅ」
「……先輩。私に対するいやがらせ発言ですか」
最初は衣装制作を手伝おうとした佳乃だったが、縫おうとしたところで指に刺し、菜乃花に止められてしまったのだった。
裁縫が苦手で悪かったな、と浮島を睨みつけると、菜乃花がフォローを入れた。
「人には得意不得意があるから。気にしないで」
「菜乃花、やさしい……」
にっこりと微笑んで励ます菜乃花が女神に見える。この教室にいるのが問題児悪魔の浮島と巻きこまれ不憫乱暴者の剣淵なのもあり、菜乃花だけが癒しだった。
「私が担当している衣装はもうすぐで終わりそうだけど、佳乃ちゃんと剣淵くんはどうかしら?」
菜乃花が手掛けている衣装はというと、渡された時には仕上がる直前だった。細かな飾りをつけるだけの状態である。
そして浮島はというと、紙を貼るだけの簡単作業のため数分で終わりそうだが、集中力を切らしていたらしくスマートフォンで遊びながら作業しているため、もう少しかかるだろう。
「まだしばらくかかりそう……」
「……めんどくせーなぁ」
問題は刀の制作である。引き継いだ時からたいして進んでいなかった作業であり、担当しているのが、一発目から指に針を刺すい不器用人間の佳乃とやる気のゼロの剣淵だ。
その進み具合を確認した菜乃花は、引きつった笑みを浮かべた。
「……衣装作りが終わったら、手伝うね」
「うん……よろしくお願いします」
菜乃花が参加すれば作業はさらに進むだろうが、負担は減らしたいところである。そもそもこの衣装、小道具制作だって佳乃が声をかけたのだ。あまり迷惑はかけたくない。
だが肝心の相方である剣淵はしゃべることなく、たまに口を開いたかと思えばため息かいつもの「めんどくせー」ばかりで、協力することは難しそうだった。
一人で頑張るしかない。佳乃は気合を入れなおして、カッターを握りしめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます