王女様とやってきてしまったお客様

 マルギリス・アーレイはかつての弟子からの手紙を読んでいた。

 自分のように魔力回路が人と違う場所にあるため、どう教えて良いかわからなかった。ふがいない師で申し訳ない。


 かつての学友に預けたが、リマスにとって良い師となっているようだ。

 お茶を飲みながらうっすらと笑うマルギリスを、弟子達は珍しそうに見た。


「マルギリス様、書状が届きました」

「急ぎか」


 手紙をたたんで引き出しにしまう。

 弟子の一人が持ってきた書類を受け取りマルギリスは捲った。


「竜族か?」


 面倒な予感がしながらも読み進め、もうそんな時期かと嘆息する。


「皆、竜族の嫁探しが始まった。該当の者は集まるように」


 竜族は成人すると自らの番を探しに旅へ出る。同じ竜族から見つかる場合もあるが、たいていは多種族が多い。魔法使いは占星術を扱える者が多いため、手伝いを頼まれることが多い。見返りに子供が生まれた後、卵の殻をもらう事ができる。これは薬の材料になるのでこちらとしても嬉しい。

 十年ぶりの招集にマルギリスは立ち上がった。



 人道に反するブラック企業くにに死を。

 王子の掲げたスローガンに国民たちは首をかしげたが、一部の人物にとって希望となった。


「つまり、俺たちの労働環境を何とかするってことだな?」

「ですよね王子。人員の募集はまだですか」

「予算がないからだめだ。今は耐えてくれ」


 がっくりと肩を落とした財相と法相は、すすけた顔で「だよね」と顔を見合わせる。


「税が入れば何とかなる。イレーヌ諸島からの紙の転売もちょっとずつ利益を上げている。あと、果物もこれから採れるようになるし、安定して供給できるようになれば名産品になる。移転門の通行税でもこれからかなりの額になるだろう」

「それはわかってますがね……家にはもう売れるもんはありませんよ」

「私もですね」

「……。二人ともすまない」


 ディエルは自腹を切ってくれた忠臣に頭を下げる。


「まぁ、メティさんが白紙の本を買ってくださるようになったので、しばらくは何とかなるでしょう」

「……だが、白紙の本は買い取りしてもらって、それをまたこっちが買い取るんだろ? 赤字だ。図書館も作ってるから、それにも金が」


 金が、金がぁああとうめく財相。

 インフラ整備が終わり、水道が通ったフォカレは、以前よりも安定しだした。治水工事も魔法使い達がさっさと終わらせてやらせることがない。ということで図書館を空いている土地に作ってもらってる最中だ。


 材料は現地調達できるものを推奨しているので、煉瓦か木、石のどれかだ。ほいほい材料を作り出す開発部は頼もしいが、ちょっと待って欲しいのが本音だった。予算案も法整備も何も間に合ってなさ過ぎる。最近は人の出入りが激しくなり、軍も人手不足で過労気味。魔法使いが働けば働くほど宮仕え達がブラックになっていく。何とかしなければ。


「そういえば、陛下の所はどうなんですか? あっちはよろしくやってんでしょう?」

「うっ」


 激しく目を泳がせたディエルは、自分のふがいなさを指摘されてうなる。


「ち、父上はさすがだ。見習おう……。あ、そうだ戦争の賠償金なんだが」

「話そらしましたね。まあ良いですが、勝利おめでとうございます」

「ああ。これで現金が入ってくる」


 持つべきものは短絡的な弱小兵を率いる周辺国家だ。ディエルは金欠と借金の無限ループから抜けだせそうで、ちょっと嬉しくなった。お小遣いはすでにマイナスである。


「でも、こんだけかつかつになるなら、どれか停止して予算が貯まってからでも良かったんじゃないですか。水は絶対に必要でしたがね」

「あっ」

「って何も考えてなかったんか馬鹿王子ー!!」

「み、見回りに行ってくる」

「逃げるなー!」


 しかし魔王の使いと呼ばれる身体能力を持った王子は、常人には消えたとしか思えない速度で走って行ってしまった。


「く、くそっ」

「まぁまぁ、落ち着いてください。これで死ぬような忙しさは軽減されるでしょう。なにより悪い事じゃなかったでしょう? 国は発展し、来年が楽しみじゃないですか。今年は誰も子供を売らずにすみました。これは、とてもすばらしいことです」

「……ああ、そうだな」


 と、ふとドアを見た財相は思わず半目になった。


「なにしてんですか姫さん」

「そ、そそそそその」

「何したんですか姫っ!!」

「ちょ、いきなりキれないでくださいよ」


 法相もびびる剣幕で怒鳴った財相は、むんずとドア付近にいたエイリーを掴んだ。


「うううううごべんなざいいい。お手紙で断ったんですけど、マレー子爵の、あの人、来てしまったって連絡がぁぁあああ」


 なんでぇ、来ちゃだめって言ったのに、と泣き出したエイリーに二人は肩を落とす。

 良いことはたくさんあったが、いろいろありすぎだ。


「とりあえず出迎えに行こうか」

「私は陛下にご連絡してきますね……」


 今日も帰れないブラック社員は仕方なくディエルの執務室から出た。



「お師匠様ー、晩ご飯ですよー」

「はーい。今行きますー」


 メティはとっても平和だった。



 エイリーは精神的に追い詰められていた。

 横でにこにこ笑ってる少年のせいである。


「お会いできて光栄だ。やっぱりお姫様だったんだな」

「とっても田舎ですが……」


 自分とそれほど年が変わらなさそうな少年は、スリッド王国マレー子爵の次男ヘスティ・マレー君である。褐色の肌に黒い髪、鳶色の瞳をしたエキゾチックな少年だった。エイリーより頭一個分高く、にこにこしている顔は麗しいが、いたずらが好きそうでもある。


 異国のくるぶしが膨らんだズボンに靴、長袖の固い素材でできた青色の上着を着ている。

 エスコートで腕を組んでいるが、エイリーの冷や汗が布越しに染みないか不安だ。


「疲れた? 緊張してる?」


 がくがくと壊れた人形のように首を振ると、マレーは近くの木の幹にエイリーを連れて行った。ハンカチを敷いて、その上に座らせられたエイリーは、もう頭の中が真っ白だ。


 どうしてそんなことになったかというと、父である王に「くれぐれも失礼の無いように。変な事を口走らないように」と厳命されているからである。ついでにメティの余計な言葉もあって緊張していた。


「改めて敬語を使うのもな……いつも通り話しても?」

「は、はははひ」


 けっきょく城で客人をもてなさなくては成らず、てんやわんやの大騒ぎになってしまった。不幸中の幸いだったのは、ヘスティが滞在費を出してくれるという話をしてくれたことである。しかし国のメンツのために半分は出すことになってしまった。陛下の頬骨がひくついていたのをエイリーは見なかったことにした。


「実は、この国に来たのは君に会ってみたいと思ったのもあるんだが、友達の嫁を探してるのが本当なんだ」

「よよ嫁って、あれ? あ、そ、そうなんですか……お友達の」


 そうだよ、と言われて肩すかしを食らったエイリーは「メティさんめ」と恨めしく思う。


「てことで、誰か良い魔法使いを知らないか? 番を占って探して欲しいんだ」


 できれば一番腕の良い魔法使いがいいと言われエイリーは悩む。


「いるにはいるんですが……。具合を悪くしてるので、別の人に横流ししても大丈夫ですか?」

「ブフッ! い、いや一番腕のいい人に頼みたいが、治るまで別の魔法使いに、よ、横流ししてもらってもいいか? もちろん料金は払うよ」

「お金!!! わかりました。じゃあ、一番暇そうな開発部へ行きましょう!」

「ブファッ」


 ヘスティはとても楽しそうに吹き出した。

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