魔法使いと祭りの日

 森を作る計画は順調どころか当初の予定を早めている。この分だともう整いそうだ。

 森さえできれば水の精霊の復活祭をやり、水の問題を解決できる。そしてフォカレは豊かになるだろう。


 精霊の加護は森羅万象につながっている。一つが途切れれば土地は病むが、循環が正常に戻れば、元の大地の豊かさへ、戻るはずだ。


「そうすれば、やっとゆっくりできる」


 ディエルは怒濤の数ヶ月を思い出す。

 メティに逃げられそうになったときはどうなるかと思ったし、リマスが押しかけてきたときは、内心どきどきだった。あのまま引き抜きにでもなったら、と思ったが弟子入りでほっとした。


 いろいろ大変だったが、結果的には悪くない状況だ。リマスは素直だし、メティを馬鹿にしたりしなかった。このまま行けば学費も貯められるだろうと言っていたし、順調そうだ。


 それに、各国に移転門が繋がり、新しい流通経路ができた。

 フォカレを中継して物資の輸送が通常の半分になったので、国は賑やかになった。もちろん大々的な物ではないので、アルランド王国の流通経路には劣るが。


 フォカレには仕事も増えたし新しい情報も入ってくるようになった。その分悪いことも起きたが、魔除けの人形と新しく雇った魔法使い達ががんばってくれている。

 最近はインフラに力を入れる計画が立てられており、森が復活し、水の問題が解決すれば水道が引かれる予定だ。


「おーい、ディエル殿。準備ができたぞ」

「ああ、ありがとう」


 わざわざイレーヌ諸島からやってきたイダが鍬を担ぎながら近づいてくる。

 大きな畑は、フォカレの農地だ。今日は農家の手伝いにかり出されて、二人は朝から畑を耕していた。


「そうだ、先ほど親父殿がくれたぞ。畑を手伝った礼だそうだ」

「お! ジャガイモか。今晩はシチューにしようか。父上も喜ぶ」


 小さな国の王子は、自分たちが食べるものも自分たちで賄うのだった。今は特に、王女が魔法使いを雇いすぎたせいで国庫は火の車。財相が悲鳴を上げて儲け話がないか鼻を利かせている。ついでに法相のところも阿鼻叫喚の地獄絵図だ。


 魔法使い達があれやこれや好き勝手に城の中を改造するので、規制活動が大変そうである。この間、城の庭に大穴を開けた開発部が「だって法律には何も書いてなかったし」と言い訳していたのにキレて、こってり絞っていた。


 これはアルランド王国の厳しい魔法規制によって限りなく黒に近いグレーゾーンを行き、なんとか仕事を終わらせていた魔法使い達が、何をやっても良いんだと勘違いした結果だったりする。


 もちろん法務にも魔法使いが二人いて、彼らも一生懸命法律案をだしているが、そこは同じ魔法使い。自分たちに都合がいいように変えがちである。


 未だに法相がメティの所へ行って草案の意見を聞くのもこのためだ。彼女は今のうちにいろいろやっとこうと思っているが、公平なので危ないことはきっちり教えてくれる。アルランド王国の法律書も写本してくれたので、解説を受けた法相に、魔法使い達は指摘されてしょぼんとしていた。


「王子ー。おうじさまー!」


 たたた、と走りながらやってきたのはエルルだ。魔法使い達の中で若い部類に入る彼はにこにこと笑いながら、ディエルの目の前で止まった。


「木が二本から三本に変わって生い茂りましたので、ご報告です! まだまだ若いですが、森ができましたよ!」


 その言葉に、二人は鍬を投げ捨てて森のある方向へ向かった。


「信じられない、まだまだかかると思ってたのに!」

「やっぱり水がないと何も始まらないので、魔法使い総出で作業しました! 魔法ミミズも良い感じに増やすことができたので肥大な森になりますよー!」

「ディエル殿、魔法使いとはなんとすばらしいのか! 是非とも我が領地にもほしい! 半分くらいよこしてはくれまいか!?」

「絶対だめだ!」


 おやつ抜きの三食薄い豆のスープ三昧だった王族は、それでも身銭を切っても雇うことをやめられない。そんな気持ちにさせるほど、魔法使いの功績は大きかった。


「メティもおかしかったが、アルランドはアレが標準だったのか……?」

「ディエルさーん」

「メティ! どうしてここに」

「私とリマスも、ちょうど良いのでお手伝いに。リマス、結界の張り方はわかりましたね?」

「はい、お師匠様。ばっちりです」


 リマスの魔力は潤沢だったので、まるっと森を覆っても魔力切れにはならない。これがメティだといろいろと小さな魔法を駆使しなければならないので、リマスがちょっぴりうらやましい。


 息を切らせたディエルは目を潤ませた。

 目の前には大きく育った木々。幹は両手を回しても届かないほど太く、木陰が心地よい。そして何より、木々の下にある土は乾いてなかった。空気もしっとりしている。


「これで水が溜まる……本当にありがとう」

「さぁお祭りの準備をして、水の精霊を祭りましょう。ここからはディエルさんじゃなきゃできませんから」

「ああ」


 メティもリマスも、エルルだってにこにこしながらディエルを見る。

 それを見ながらイダは「やっぱり求人だそう」と心に決めた。

 奥で作業をしていた魔法使い達も木陰で休みながらディエルを見ている。その視線はどれも優しかった。


 魔法使い達はアルランドとは全てが劣っているような、ど田舎フォカレ王国が好きになっていた。

 ここの王子はホワイトだし、残業三時間以内で帰してくれるし、なにより優しい。それ以外はゆっくりと、自分たちで揃えていけばいいのだ。なにしろフォカレは、自分たちを使い捨てにしようとしないから。




 アルランド王国宮廷魔法使いの頂点に立つ一級魔法使いリンビは、報告書を読んでこめかみに青筋を浮かべた。


「なぜ、黙ってた。二十五人もの魔法使いが一気に引き抜かれたなど、国防に関わる」

「申し訳ありません。辞める日は違ったので、一気にいなくなるとは……」


 と向かいで言い訳するのは人事担当者。彼は数ヶ月前のことを思い出していた。

 宮廷魔法使いは名前こそ華々しいが、下っ端だとその生活は激務で、体を壊して辞める者は意外と多い。今月は申請が多いと思ったが、一月で中隊規模の人数がいなくなると思っていなかったのだ。


 そもそも辞めるにしたって告げてから、いきなり辞められるわけがない。業務の引き継ぎに上司との交渉が先決だ。上司は基本的に部下を辞めさせないために、あらゆる手を打つものである。そして国外に行くなどもってのほかだ。


 なのに彼らは逃げ出した。いったいどんな手を使ったのかといえば単純。上司の弱みを握ったのだ。口をつぐむ替わりににさっさと逃げられたのである。知っている者が国外にでて二度と戻らないとなれば、引き留める手も緩むというものだ。


「二十五名の直属の上司を査問委員会にかけろ。今すぐだ。そして逃げ出した魔法使いを追え!」

「は、はい! しかし彼らの行き先はわかっています」

「どこだ。いったい何をしている」


 まぁ、魔法使いの使い道なんて一つしかないが、と思ったがリンビは聞いた。


「フォカレです。そこで、その……動物園を作っていました」

「は?」



 王宮から見える景色は、いつもと違った。


「祭りだ祭りだー!」

「ソース味の焼き飯はいかかですかー!」

「ぐおおお!」

「ジャガイモー。蒸したジャガイモはいかがですかー。今なら塩をふってありますよー」


 いつもあくせく働き、いつ子供を売らなければならなくなるかと考えていた頃は見る影もなく、フォカレの民は飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎ。

 今日のために考えた催し物も気合が入り、空には魔法がかかった花火が上がる。

 夜をはねのけるような魔法の明かりが、灯台のように均一に道を照らし、辺りは大変賑わっていた。


「文献では昼夜問わず最低三日間騒ぐ。初日は神輿をもって精霊様を呼び、中日に森へ、最終日は帰るとあった。最長三年祭りが続くこともあり、神輿は国中を回っていた、と。…すごいですね。なくなってしまったのが不思議です」


 不思議そうなメティは貸してもらった文献をしげしげと眺める。それは、宝物庫から引っ張り出してきた、かつてのフォカレの歴史書だ。

 その横でディエルは苦笑した。


「戦争が続いたからだな。フォカレにある鉱山が枯れるまで、それはひどい戦乱だったらしい。枯れたあとは財政難で、他国は見向きもしなくなった。おかげで戦争は終わったが、文化のほとんどはなくなってしまった」

「フォカレって思ったよりも長く続いてるんですね」

「小国なりにたくましくやってるさ」


 そういう二人の格好は、ディエルは王族の正式な正装。メティは自分が持っているなかで一番いい服を着ていた。

 ディエルの正装は、受け継がれてきた民族衣装らしい。襟の立ったシャツに、黒い長衣。王家の紋章が刺繍され、勲章がついていた。そして腰には愛用の剣を佩いている。


 外はまるで国中の民が集まったかのように賑やかだ。

 とうとう水の精霊を呼ぶとお触れを出したときの喜びようを思い出した二人は顔を見合わせて微笑む。

 かと思えば、


「喧嘩だ!」

「だれか治安維持隊呼んでこい!」

「魔法部隊はどこだ?」


 なんて聞こえてくる。


「いやぁ……大変ですねぇ」

「だな。そういえばリマスはどうした? 一緒じゃないんだな」

「ええ。今日はエルル君と一緒に行くそうです」

「年も近いから気が合うんだな。魔法の方はどうなんだ?」

「素直なせいかするすると覚えていきますよ。このまま行けば、学年を飛び級できそうです。他の魔法使いさん達もおもしろがっていろいろ仕込んでるみたいで」

「それは凄いな」

「本当に。要の魔法使いになれれば良いですね」


 ふと、ディエルは聞いた。


「メティは、何になりたかったんだ? 鳥人オルニス族なのに草原じゃなくて人の国にいるし」


 うーん、と考える。


「私を育てた人が魔法使いだったんですよ。高齢のおじいちゃんで、小さいときに引き取られたんです。だから故郷のことはよく覚えていません」


 ほとんどアルランド王国で暮らしていたし、その期間の方が長い。


「おかげで、翼で飛ぶこともできますが、魔法で飛ぶのも同じくらい上手になりました」

「そうだったんだな。お爺さんはどうしてるんだ?」

「……。それが、私を学校に入れるのと同時に若い頃やりたかったことをすると言って失踪したんです。それきり連絡が来なくて……。きっと元気にやってると思います」

「メティが立派になったのを見て、安心したんだな」


 目を丸くしたメティに「だってそうだろ?」とディエルは続ける。


「そうじゃなきゃ置いていけないさ。事実それまでは一緒にいたんだろ?」

「そうですね……。私も一人前になりました」

「で? なになりたかったんだ?」


 もごもごと口をすぼめてメティは、ちょっと恥ずかしそうに言った。


「忘れました!」

「なんだよ、教えてくれたって良いだろうに」

「兄上ー!」

「エイリー。廊下は走るなよ」

「そんなことより! 財相が! 酷いんです! 魔法使いを雇った私の功績を棚上げしてお小遣いくれないんですよー! 焼きトウモロコシ買えないです」


 半泣きになったエイリーも、今日のために正装をしている。こちらは白を基調としたワンピースタイプで、背中に大きな国の紋章が刺繍されていた。


「しかたないな。今回だけだぞ」

「やったー!」


 妹に甘い兄は、なけなしの小遣いを渡す。まるで庶民のような少額のやりとりだが、この二人、王族である。これならメティの社畜時代の方が自由になるお金を持っていたかもしれない。なにしろ使いどころがなくて貯まる一方だった。


「トウモロコシ食ったらすぐ帰ってくるんだぞ。もう少しで神輿が動くから」

「はぁい!」


 たたっといなくなったエイリーはトウモロコシを買ったらすぐ帰ってくるだろう。

 二人はが大人しく待っていると、国王陛下が現れる。


「お前もエイリーにたかられたか?」


 そう言いながら笑っている顔は、父親然としている。育ち盛りの娘を心配して、自分の小遣いから少しだけ分けている。


「さて、間に合わなかったら小遣いを減らそうかの」

「ただいま戻りました! もぐもぐ」


 王は一瞬半目になったが子供達を両脇に控えさせてテラスへ出た。

 メティはそっと影に隠れる。


「皆の衆! よく集まってくれた!」


 轟くような声に、祭りに来ていた人々は一斉に陛下を見た。


「今宵は記念すべき日だ。存分に楽しみ、雨を待とう。再びこの地が潤うことを願う! 助力した者達、この日を待ち望んだ全ての民達に、感謝を! さあ、城門を開けよ」


 門が開き、神輿が現れる。

 水の精霊をかたどった像が乗る小さな台は兵士達に担がれて道を進み出す。

 大きな歓声が上がった。

 これから、水の祭りの始まりだった。


「魔法部隊は二隊とも鉱山で待機中じゃな。メティ、すまんが神輿と共に行ってはくれぬか。報酬は後で払うのでな」

「わかりました。ではディエルさん、後で落ち合いましょう」

「気をつけるんだぞ」


 メティは羽を広げ、久しぶりに空を飛ぶ。

 その手には杖が握られていた。

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