第43話 顔のない死体事件の真相(解決編)


 時は遡り、東条が爆弾の制作を依頼して完了を待つ二日間の出来事だ。暗闇に包まれたレオンの工房には、弟であるラオンの姿があった。


「おい、来てやったぞ。でてこい」


 ラオンが暗闇に語り掛ける。彼が夜にレオンの工房に忍び込んだのは、ある人物と会う約束をしていたからだった。


「来てくれて、ありがとうございます。ラオンさん」


 暗闇の奥からジャンヌが姿を現すと、ラオンはゴクリと息を呑んだ。暗闇で光源などないにも関わらず、ラオンには彼女が輝いているように見えた。


「ラオンさん、あなたに来て頂いたのは他でもない。とびっきりのビジネスチャンスを提供するためです」

「ビジネスチャンス?」

「はい。あなた大金が欲しくありませんか?」

「そりゃ欲しいさ。だから兄貴に金を要求しているだろ」

「あの程度の金で良いのですか?」

「あぁ? どういうことだ?」

「あなたは工房を売却した時の半値を要求していますよね。そうではなく、工房そのものを乗っ取れば良いのではないですか?」

「工房を……乗っ取る……そんなことできるはずが……」

「できますよ。工房の持ち主であるレオンさんが亡くなれば、その店を引き継ぐ権利はあなたに継承されます。ですよね?」

「……まだ兄貴には娘がいるだろ」


 ラオンは震える声でそう口にした。ジャンヌはその言葉に、乾いた笑いを漏らす。


「レオンさんの娘さんはまだ生きているんですか?」

「…………」

「あなたの性格を鑑みるに、てっきり亡くなっているとばかり思っていました」

「……ああ、あんたの言う通り。すでにこの世にはいない」

「やはりですか。ちなみに娘さんはどこに?」

「町はずれの裏路地だ。人が寄り付かない場所だから、まだ見つかっていないかもな」

「そうですか……では、私の方でコッソリ供養しておきます。場所を教えていただけますか?」

「場所は――」


 ジャンヌはレオンの娘の遺体がある場所を詳細に聞きだすと、脳に情報を刻み込んだ。


「さて、状況は確認できましたし話を戻しましょう。レオンさんが亡くなれば、遺産はすべてあなたのものになる。だったら邪魔者を排除しては如何でしょうか?」

「兄貴を殺せってか?」

「はい。あなたなら良心の呵責もないでしょう?」

「まぁな。だが兄貴を殺すにしても問題がある。俺の犯行だとばれると、遺産を相続できないかもしれない」


 中世フランスの相続は、基本的に血縁者に対して行われるが、必ずしも血縁者が相続できるとは限らない。なぜなら相続には領主の同意が必要であり、もし領主が相続を認めなければ、その財産は没収されることになる。


「つまりあなたがレオンさんを殺した犯人だと明るみになれば、領主様に反対され、遺産を相続できないということですね」

「そういうことだ」

「なら明るみにならなければ良いのです」

「……遺産を相続した俺は真っ先に疑われるぞ。それでも追及を逃れられるのか?」

「ええ。逃れられます。なぜならあなたも死ぬのですから」

「俺が死ぬ? どういうことだ?」

「正確には死んだふりです。あなたには死を偽装してもらいます」

「だが俺が死ねば遺産は相続されない」


 ラオンの指摘に対して、ジャンヌはうっすらと口元に笑みを浮かべたまま、答えを提示する。


「あなたには息子さんがいますよね。今は奥さんが一人で育てていますが……」

「……どうやって調べた? 兄貴ですら知らないんだぞ」

「秘密です。ただ蛇の道は蛇と答えておきます」


 ジャンヌは人工宝石を売却した時に作った人脈を使い、ラオンの人間関係をすべて洗い出していた。どんな友人がいて、どんな恋人がいて、どんな子供がいるのか、彼女はすべて把握していた。


「レオンさんを殺し、ラオンさんは死んだふりをする。そうすれば唯一の血のつながりを持つ、あなたの息子さんに遺産がすべて流れます。その遺産をあなたが回収すれば、大金があなたの懐に飛び込んできます」

「なるほど。確かに俺が死んだことになっていれば、領主から追求されることもないか……だが代わりの死体はどうするんだ?」

「戦場の死体を使います。顔を焼き、服を着替えさせてください。そうすれば死体はあなただと皆が誤認するはずです」

「誤認させるなら、死体を発見される前に、誰かに話しかけといた方がいいかもな」

「ですね。あとは死体の近くに『神の裁き』を思わせる文言を残しておいてください。そうしておけば、悪行を積み重ねてきたあなたの死体なのだと、説得力を増すことができます」

「天罰が下って死ぬか。俺なら起こり得ても不思議じゃねぇな」


 ラオンは計画に穴がないかを確認するため、頭の中で反芻する。考え事をする仕草は兄のレオンにそっくりだった。


「最後に一つだけ質問良いか?」

「はい。なんでもどうぞ」

「あんたはどうして兄貴を殺したいんだ。何かメリットでもあるのか?」

「ビジネスの都合ですよ。言葉の意味はあなたの想像にお任せします」

「兄貴は腕の良い鍛冶屋だからな。商売敵の依頼ってとこか」

「どうなんでしょうね……私には答えることができませんから」

「こんな危険な仕事だからな。答えられないのも無理ないぜ。よし、俺も計画に乗ってやるよ」


 ラオンは狂気の笑みを浮かべて、ジャンヌの犯行計画に同意する。彼は聖女であるジャンヌのバックに強大な権力を持つ者がいると誤解していた。武器商人と行動を共にしていることも判断を誤らせる材料の一つになっていた。


「俺は準備があるから先に帰る。あんたも見つからないように気をつけろよ」

「ええ。ご心配ありがとうございます」


 工房を後にするラオンの背中をジャンヌは冷めた目で見つめる。さらにジャンヌ以外にも、もう一人、ラオンに冷酷な視線を向ける者がいた。


「もう出てきてもいいですよ」


 工房の奥から人影が姿を現す。人影の正体は、この工房の主であるレオンだった。彼の表情は怒りと殺意で口元が歪み、瞳に殺意の意志が籠っていた。


「私の娘は殺されてしまったのですね……」

「ええ。そしてこのままではあなたも殺されますよ」


 ジャンヌは善人であるレオンを殺すつもりは毛頭なかった。本当の標的は悪人である弟のラオンである。彼女は言葉を続ける。


「ラオンさんを殺すべきです」

「しかし弟だ……」

「レオンさんの家族は皆、その弟に殺されたんですよ」

「分かっている! 分かっているとも!」


 レオンは弟に復讐すべきかどうかを葛藤する。だが悩めば悩むほどに殺すべきだという発想に近づいていく。


「……弟を殺したら私は鍛冶屋を続けられなくなる」

「それは大丈夫ですよ。なぜならあなたにはアリバイがあるのですから」

「アリバイ?」

「はい。ラオンさんの死体が発見されるのは明日の朝です。私は明日の朝にあなたと会いますから、お互いのアリバイは保証されます」


 もちろん発見される死体はラオンが作った偽物の死体だ。ラオンは自分を殺した犯人の無実を証明するために、自分で偽の死体を用意することになるのだから、何とも皮肉な話である。


「アリバイ作りが完了した後に、私がラオンさんを呼び出します。そこであなたがラオンさんを殺せば――」

「アリバイを作りながら、弟を殺せる」

「その通りです。死体は顔を焼いて、戦場にでも捨てれば良い。そうすれば、路地で亡くなっていた死体こそがラオンさんだと誤解するはずです」


 ジャンヌの語るトリックはレオンを魅了していく。自分が犯人だと露呈するリスクなしで、憎い弟を始末できるチャンスに心が傾いた。


「分かりました。弟は私が殺します」


 これが顔のない死体事件の真相であり、悲しい兄弟喧嘩の結末であった。

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