第28話 奴隷商人と晩餐


 店を後にした東条たちは再び滞在するための宿を探し始めた。しかし王太子のいるシノン城に大勢の騎士が集まったことにより、宿屋がすべて埋まってしまっていた。


「最後の宿屋も駄目でしたね」

「これからどうするかな」


 東条が途方に暮れていると、見知った顔がこちらに向かってきているのが見えた。シノン城の城門前にいた奴隷商人の男だった。


「これはもしや、ドンレミ村の聖女様ではありませんか?」


 奴隷商人の男は突然ジャンヌへと話しかける。彼女の方は奴隷商人を毛嫌いしているため、冷たい表情を浮かべるだけで何も言葉を返しはしなかった。


「それにこちらはお金持ちの武器商人さんではありませんか?」

「なぜ俺が武器商人だと」

「情報源は教えられませんが、商人は情報こそが命だと答えておきます」


 奴隷商人の男は含みを持たせた笑みを浮かべる。何かを企んでいそうな癪に障る表情だった。


「まずは自己紹介から。私はエドガーと申します」

「知っているだろうが、俺が東条で、こっちがジャンヌだ」

「お二人に声をかけたのは、宿が見つからず困っているのではと思いまして」

「困っていると言えば、宿を紹介してくれるのか?」

「いえいえ、宿よりも良い場所です。私の邸宅が近くにあるのですが、良ければ泊まっていきませんか?」

「それは……」


 東条は断ろうとするが、それを阻むように、ジャンヌが東条の服の裾を引っ張った。彼女の表情を見ると、冷たい視線がエドガーへと向けられていた。何か考えがあるのだろうと、東条はエドガーの提案に了承する。


「それは素晴らしい。では早速参りましょう」


 東条たちは町外れにある屋敷へとエドガーに案内される。瀟洒な庭と邸宅は主人の趣味の良さを感じさせる佇まいだった。


「どうです、この屋敷は? 私の自慢なのです」

「確かに屋敷は素晴らしいな」


 東条たちは屋敷の中を案内され、石造りの広い部屋へと連れてこられる。中央には白いテーブルクロスが掛けられた長方形の食卓が置かれ、床には赤い絨毯が敷かれている。部屋の端には、何かを隠すような赤いカーテンがかけられていた。


「好きな椅子を使ってください」


 東条たちは椅子へと腰掛ける。東条の隣にジャンヌ、正面にエドガーが座っている。テーブルの上には小麦のパンや豚肉の塩付け、他にもスープやブドウ酒、麦酒まである。どれも美味そうな匂いを発していた。


「凄い料理だな」

「バスクの町の料理と比べてしまいますね」

「バスクは特別酷かった。次行く時は税金がなくなって、もっと美味しいものが食べられるようになっているさ」

「そうですね」


 正面のエドガーに視線をやる。テーブルの上に置かれた料理を次々と口の中に放り込んでいた。


「ささ、皆様も遠慮なさらず食べてください」

「ありがたく頂こう」


 東条は豚肉の塩漬けを舌の上に乗せて、痺れがないか確認する。毒は含まれていないようだと安心する。


 戦乱のフランスでは、信頼させておいて毒を仕込むのは、当然のように行われていた。そのため東条は誰かから食事をご馳走してもらう時は毒を疑うようにしていた。


「そろそろ本題に入らないか? ただ御馳走するために俺たちを招待したのではないのだろう」

「さすがは聖女と共に行動する武器商人。話が早くて助かります」


 エドガーは部屋の端にある赤いカーテンを開けて、中身を明らかにする。そこには三つの檻が並んで置かれていた。


「これは奴隷か……」


 東条はエドガーが屋敷へと招待した理由を理解した。


「東条さん、私はあなたに奴隷を買っていただきたいのです」

「貧乏人の俺にか……」

「隠されなくても、私はあなたが大金を所有していることを知っていますよ」

「役人か……」


 東条は入城料を支払った役人が、東条の革袋に詰まった金貨を見て、表情を変えていたことを思い出した。


「さて、ここからはビジネスの話です。こちらに並べた奴隷たちは皆私のオススメ商品です。強い者、賢い者、美しい者。私の店にはありとあらゆる奴隷を用意しております」

「…………」

「まずはこちらの奴隷を紹介します」


 エドガーが一つの檻を指さす。そこには無精ひげを生やした大柄の男が閉じ込められていた。


「この奴隷はクラフトと申しまして、元序列四位の傭兵として名の知れた男でした。酒とギャンブルと女に狂い、破産して奴隷の身に堕ちましたが、戦闘能力は最高クラスです。どうです? 購入してみませんか?」

「却下だ。信頼できん」


 東条はエドガーの提案を一蹴する。そもそも奴隷を購入するつもりがないのと、もし奴隷を買うにしても、酒とギャンブルと女に狂い、奴隷に墜ちた者では、私欲に駆られ、いつ裏切るか分かったものではないからだ。


「では知恵者なら如何でしょうか」


 エドガーは二つ目の檻に閉じ込められた奴隷を指さす。外套を被ったその老人は杖をついて、こちらを観察するように見つめている。


「この奴隷はルイーズと申しまして、一度読んだ学術書をすべて暗記できる天才です。高齢なので先は長くないですが、商売の相談役としては頼りになる存在かと」

「そんな天才がどうして奴隷に堕ちたんだ」

「この老人は犯罪奴隷なのです。罪もない人間を実験と称して焼き殺し、被害者遺族から多額の賠償金を請求されましたが、結局払えず、今では奴隷となっているのです」

「却下だ。信頼できん」

「では最後の一人をご紹介します」


 三つめの檻の中には腕と足を鎖で固定された少女がいた。服は襤褸衣一枚だけだ。全身に拷問でも受けたような傷跡が刻まれている。


「この娘は……」

「珍しいでしょう。我らフランス人と、異民族のペルシャ人の混血児です。名をイリスと申しまして、盗賊に誘拐されて奴隷に堕ちました」


 イリスは小麦色の肌と銀色の髪をしていた。だが肌と髪には艶がなく、顔から生気が感じられなかった。


「随分と衰弱しているようだが、何かしたのか?」

「はい。イリスには三日間水しか与えていませんので」

「なぜそんなことを?」


 奴隷は大切な商品だ。むやみやたらと傷つけて、奴隷商人に何ら得はない。


「従順な奴隷へと変えるためですよ。いや~、大変だったんですよ。この奴隷は一族の誇りだとか、貴様のようなゲスには屈しないだとか、反抗してくるんですよ。それが今では従順な奴隷に様変わりです」


 証拠を見せましょうと、エドガーは手をパンと叩く。するとイリスは頭を床に擦り付けて土下座する。


「だ、誰か、誰でもいいです、わ、私を、買ってください。私、一生をかけて、尽くします。もうこんな場所にいるのは嫌なんです」


 全身に刻まれた傷跡と涙を流しながらの嘆願があまりに無残で、とても見ていられない光景だった。エドガーはイリスを従順にさせるために酷い仕打ちをしたと話したが、それなら食事を抜くだけでも良かったはずだ。何も体を痛めつける必要はない。イリスのこれまでの地獄の日々を思うと、東条はエドガーを殴りつけてしまいそうだった。


「で、どうです? イリスを購入する気はありませんか?」

「奴隷は必要ないんだ」

「そうですか……」


 エドガーが懐から鍵を取り出し、檻の中に入ると、イリスは歯をガタガタと鳴らして怯え始めた。


「主人に畏怖し、主人の機嫌を取ろうと卑屈な笑みを浮かべる。どうです? これこそ完成された奴隷だと思いませんか?」


 エドガーが壁に吊されていたムチを手に取る。するとイリスは「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り始めた。


 怯えるイリスを見て、エドガーは嗜虐的な笑みを浮かべながら、ムチを振るうために手をあげた。


「やめておけ。不愉快だ」

「ですが東条さんは奴隷を購入しないのでしょう。なら痛めつけるも私の自由だ」

「少し考えたい……だから手を出さないでくれ」

「購入前に商品に傷がつくのは嫌でしょうし、その提案受けましょう。存分に考えてください」


 エドガーは鼻歌混じりにムチを元の場所に戻す。東条は殴ってやりたい衝動を何とか抑え込んだ。


「奴隷に辛く当たって恨まれるのが恐ろしくないのか?」

「まったく」

「奴隷は三人、あんたは一人なのにか?」

「ええ。もし奴隷が私を殺しても、権利が私の兄に継承されるだけです。そして兄は私を溺愛していますから、犯人である奴隷に対してどんな行いをするのか、想像に難くありません」


 現状でさえ地獄のような毎日なのだ。それがさらに辛いモノになると考えると、人は簡単に行動に移すことができなくなる。


「そういえば食後のデザートを用意してあるのです。すいませんが一人では手が足りないので、台所に取り行くのを付いてきてくれませんか?」

「ああ」


 東条はエドガーと共に部屋を後にした。残されたのは三人の奴隷と、ジャンヌ・ダルクだけ。


「ようやく状況が整いました」


 東条がいなくなったことを念入りに確認したジャンヌは口元に禍々しい笑みが浮かべながら、奴隷たちの前に立つ。天使のような聖女が囁く言葉は、悪魔のように甘い誘惑だった。

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