第9話 盗賊との戦い


 一旦現代へと戻った東条は、祖父の残した武器倉庫で重火器を探していた。彼が欲する武器は素人でも使用できる小型の銃だ。


「これでいいか」


 木箱の中にぎっしりと詰まっていた拳銃の一つを手に取る。ずっしりとした重さを感じるが、持てないほど重くはない。


 武器を手に入れた東条は再び倉庫の扉から中世フランスへと飛ぶ。飛んだ先では東条の帰りをジャンヌが待っていた。


「お帰りなさい、東条さん」

「ただいま」


 炎で真っ赤に燃えるジャンヌの家を見ながら、悲しい面持ちになる。数日とは云え、楽しく過ごした場所がなくなることはただひたすらに辛い出来事だった。


「盗賊を倒しに行く。信じて付いてきてくれるか?」

「はい」


 東条はジャンヌを一人にしておくと危険だと考え、彼女を連れて、盗賊の姿を探す。


「東条さん、百ピエほど先を見てください」


 百ピエ(一ピエが王様の足のサイズで決定していたので、だいたい百歩先のこと)を見ると、そこには甲冑姿の人相の悪い男たちが、奪った金品の品定めをしていた。全員剣を腰に差して、傍に馬を置いている。この時代、馬に乗れるほとんどの人間が騎士や貴族などの上位階級のみである。つまり盗賊たちが幼少の頃から戦いの訓練を受けたプロであることを示唆していた。


「そこの二人組。止まって貰おうか」


 盗賊たちも東条たちに気づいたのか、盗賊の一人が胴間声で命じる。命令に従うのは癪だと思いつつも、話をするために東条たちは足を止めた。


「あなたたち何者なんですか? どうしてこんな酷いことをするんですか?」


 ジャンヌが泣きそうな声で訊ねる。


「俺たちが神父にでも見えるってか?」

「あんたのような汚い顔の神父がいるなら、百年の信仰も冷めるだろうな」


 東条が馬鹿にするような表情を浮かべると、盗賊たちはあからさまな挑発に眉を顰めた。


「まずはあり金を全部渡して貰おうか。そうすれば命だけは……」

「ちょっと待ってくださいよ、ボス」


 盗賊たちの中でも特段に背の小さな男が下卑た笑いを浮かべながら声をあげる。ネズミのような顔をした盗賊だった。


「どうした?」

「あの女見てください。かなりの上玉ですよ」


 ネズミ顔の盗賊がジャンヌを指差す。ジャンヌはモノのように評価されたことに、ムスッとした表情を浮かべた。


「戦利品にその女も追加だな。俺たちが楽しんだ後、売春窟にでも売り飛ばしてやる。これだけの上玉ならかなりの額になるぜ」

「売春窟など神が許すはずもありません……」

「神の許しも、おまえの意思も関係ないんだよ。フランスは戦乱の時代だ。弱い奴は強い奴に何をされても文句を言えない、弱肉強食がこの時代のルールなんだからな」

「確かにこの世は弱肉強食だな」


 東条は武器倉庫から持ってきた拳銃の銃口を盗賊のリーダーに向ける。現代で銃口を向けられれば、たいていの者なら手を上げて降参するのだが、盗賊たちは不思議そうな表情を浮かべるだけだった。この時代のフランスには拳銃どころかマスケット銃すら存在しないのだから当然の反応だった。


「死にたくなければ武器を捨てて降参しろ」

「そんなおもちゃで何ができるってんだ!」


 盗賊のボスが東条の脅しを無視してジャンヌに手を伸ばそうと近づいてくる。彼は警告を無視した盗賊のボスの両足目掛けて発砲する。男は足から血を流して倒れこんだ。


 東条は男が倒れこんだ姿を見て、内心安堵のため息を吐く。初めて使う拳銃でも近くまでくれば当てられることに気づいたからだ。


 さらにもう一つ、盗賊の身を守っていた鎧を拳銃で貫通することができるのかと心配していたが、杞憂に終わったことで胸をなでおろした。


 東条が苦悶の声を漏らす盗賊のボスへと近づき、銃口を彼の頭へと向ける。東条は十人の盗賊が同時に襲ってきた場合、勝利することはできないと気づいていた。そのため威嚇のためにも、盗賊のボスを殺しておく必要があった。東条は拳銃の引き金を引く。銃での殺人は、一度経験したこともあってか、剣で殺した時と比べて罪悪感が希薄だった。


「次は誰が死にたい。ネズミ顔の男、あんたか?」


 東条は銃口をネズミ顔の盗賊に向ける。彼は何が起こったのか分からないが、自分の身に危機が迫っていることだけは直感で理解し、剣を地面に放り投げた。


「よし。他の奴らも剣を捨てろ。そうすれば命までは取らない。だが少しでも怪しい動きを見せれば、容赦せずに殺す」


 ネズミ顔の盗賊に習うように残り八人の盗賊たちも剣を捨てた。悔しそうな表情を浮かべているが、命が助かるなら仕方ないといった心境が見て取れた。


「次は両手を頭の上に乗せて膝をつけ」

「ぐっ……」


 渋々、命令通りの姿勢を取る盗賊たち。彼らはプライドの高い騎士階級の生まれである。無様な格好をさせられて誇りが傷ついたからか、彼らは鋭い視線を東条へと向けた。


「……てめえ異教徒だな」

「どういう思考でそんな考えに至る? 意味がわからん」

「しらばっくれるんじゃねえやい! うちのボスを殺した技、あれはなんだ? 異教徒の呪いか何かだろ。その変な格好が証明してるぜ」


 東条の服装はチノパンにシャツと、この時代の一般的な服装とかけ離れているため、変な格好だというのはもっともな指摘である。この時代の常識はキリスト教が決定していたと言っても過言ではないため、変な服装に拳銃を使う東条を異教徒だと結論付けるのも自然な考えであった。


「俺のことはあんたたちには関係ない。それよりも覚悟はできているのだろうな?」

「俺たちを殺すのか?」

「どうするかな」


 東条は悩ましげに首を傾げる。盗賊たちは彼の決定を待ちながら、唾をゴクリと飲み込んだ。


「いくつかアイデアがあるが、最も効果的なのは、あんたたちを奴隷商にでも売って、村の修復の足しにする案だな」

「待ってくれ。金ならあるんだ」

「どこにあるんだ?」

「ボスの懐の中だ」


 東条は盗賊のボスの死体を漁る。硬貨が詰まった皮袋が出てきた。中を覗いて見ると、百枚以上の硬貨が詰まっていた。


「これほどの金があれば、わざわざドンレミ村から奪う必要はないだろ」

「そんなはした金じゃ、豪遊すりゃあ三日でなくなるぜ」

「はした金なら俺たちが貰っても文句はないな」


 東条はジャンヌに革袋を渡し、革袋の中身を数えてもらう。


「東条さん、フラン金貨が百二十枚もあります。これだけあれば馬が十頭は買えますよ」


 この時代のフランスで利用されている硬貨は、大きく分けて四種類あった。


 フラン金貨。捕虜になっていた当時のフランス国王が開放された時に製造された記念硬貨。現代の価値に換算すると、約六万円相当だと言われている。


 リーブル銀貨。フラン金貨と同価値の銀貨。銀貨と言えば、この通貨を指すことが多い。


 ソル銅貨。二十ソル銅貨で、一フラン金貨、一リーブル銀貨と同価値。小さな買い物をする時に使用されることが多い。現代の価値に換算すると、約三千円相当の価値。


 ドゥニエ銅貨。十二ドゥニエ銅貨で、一ソル銅貨と同価値。この時代の通貨の最小単位である。約二百五十円相当。


 ちなみに物価と比較するとこうなる。


 パンやリンゴが一ドゥニエ銅貨で、卵が二ドゥニエ銅貨。肉や魚が一ソル銅貨。塩はこの時代高級品だったため一リーブル銀貨、一フラン金貨相当だと言われている。


 そう考えると馬が如何に高級品であったかが分かる。現代の価値で七十二万円もする馬を一般的な平民が持てるはずもなく、上流市民や貴族たちだけが所有していた。


「こいつらの馬も貰おう」

「それだけは勘弁してくれ。足がねえと、俺たちはここから移動できねぇんだが……」

「歩けば良い。平民は皆そうする」

「そりゃそうだが……」

「よし。決まりだ。文句があるのなら構わないが、ボスと同じ道を辿りたくはあるまい」


 東条が拳銃の銃口を盗賊たちに向けると、俯きながら「……文句はない」と納得する。

危機は去ったが、ドンレミ村を燃やす炎はまだ消えてはいなかった。

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