ジャンヌダルクと武器商人 ~百年戦争の謎~

上下左右

第零章:死の商人はジャンヌダルクと出会う

第1話 雑貨商人はジャンヌ・ダルクと邂逅する


 東条が雑貨商人を始めたのは大学に入学してすぐのことだ。祖父が心臓の病で他界し、跡取りが誰もいなくなった商店を、半ば無理矢理な形で継いだのだ。


 雑貨商店は鎌倉の小町通りにポツンと建てられていた。ボロボロの建物の中に、誰が買うのか分からない陶器や土産物。女性モノの服まで置かれ、雑貨という言葉が相応しい店だった。


 東条は自分が店を継ぐのは、あくまで延命措置であり、すぐに客足が途絶えて倒産するだろうと思っていた。そんな彼の予想は裏切られ、店はいつだって繁盛していた。こんな店のどこに惹かれて客が来るのか。彼にはとうてい理解できなかった。


 東条が店を継いで、一年が過ぎた頃。父親が彼に一通の手紙を手渡した。どうやら祖父から預かっていた遺言書のようで、一年間、店を切り盛りできたなら渡すようにと伝えられていたらしい。


 手紙の中には一通の手紙とカギが入っていた。手紙にはただ一言。人生を変える扉が眠る場所と書かれていた。その手紙の内容でカギの正体はすぐに分かった。雑貨商店の傍に、小汚い倉庫が建てられており、その倉庫には厳重なカギがかけられていた。彼はカギを壊そうと思ったこともあったが、祖父の遺品を壊すのがためらわれたため、今日まで中身を確認してこなかった。


 東条はきっと倉庫の中には高価なものでも入っているに違いないと予想していた。人生を変えるとまで記されているのだ。きっと数億円相当の価値があるものが眠っているに違いない。彼はそう確信し、倉庫の扉を開いた。


 扉を開いた先には、金銀財宝などなく、ただ果てしない草原が広がっていた。緑色のカーペットは、とても倉庫の中とは思えない。嫌な予感がした東条は倉庫の外に出ようと振り返るが、扉は跡形もなく消え去っていた。


 途方に暮れた東条が周囲を見渡すと、草原に立つ少女の姿が見えた。絹のように光沢のある金色の髪、慈愛で溢れた蒼い瞳、白磁のような白い肌。まるで絵画から飛び出してきたかのような少女が、こちらの様子を伺っていた。


「あなたは……誰ですか?」


 少女の声は鈴のような音色だった。心地よい響きである。と同時に、少女の言葉がフランス語、それも現代とは違う、中世フランス語であることに気づいた。


 東条の大学の専攻は語学であった。特にフランスの言語学においては、教授から研究室に来ないかと誘いを受けるほどの成績を収めていた。おかげで少女の言葉を理解し、会話することも容易だった。


「俺は東条。ここはどこなんだ?」

「知らずに来たんですか?」

「ああ」


 少女は苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべると、言葉を続けた。


「ここはドンレミ村。百年戦争の被害を受けて、壊滅寸前にまで追い込まれた哀れな村です」

「ドンレミ村……」


 フランス史を専攻したものなら誰でも一度は聞いたことがある村の名前と、百年戦争という単語が、東条の背中に冷たい汗を流した。


「どうやら俺は夢を見ているようだな……」

「夢? あなたは眠ってはいませんよ」

「それはそうだが……」


 東条は試しに頬を抓ってみると、鋭い痛みが奔る。


「まさか夢じゃないのか?」

「当たり前です。世界がどれだけ悲惨でも、ここはきちんと現実ですよ」

「タイムスリップでもしたっていうのか……まぁいい。君の名前を教えてくれないか?」

「私ですか……私はダルクの娘、ジャンヌ。ジャンヌ・ダルクと申します」


 少女は口元に笑みを浮かべて、そう名乗る。現実離れした状況に東条の頭に痛みが奔るのだった。

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