第37話「この少女漫画のワンシーンみたいな展開なに!?」

 ゆうゆが着替えているのを折りたたんだ布団に座って待っている間、俺のスマホが震えだす。


《おは!ホシはいまどんな感じ?》


 美子からのメッセージであった。刑事ドラマでみるような隠喩を使ってきているあたり、朝から尾行することにテンションが上がっているようだ。


《おはよう。ゆうゆは今着替えてるよ。もう少ししたら出て行くかも》

《オケ。じゃあ見失わないようにこっちも近場で待機してる! とりあえず近くのカフェにいるからゆうゆが出かけたら連絡よろ》

《え? 近くにもういるの?》

《うん、だって長束ひとりだと見失いそうで不安だし!》


 メッセージと共に、美子から画像が送られてくる。

 そこには黒いマスクをしてキャップをかぶった黒髪の男の子が頬杖をついてる自撮り写真であった。……え? いきなり誰? 売り出し中のKPOPアイドル?


《え? これ誰?》

《かっこよくない!?》

《まぁ、かっこいいけど……誰?》

《私!! ほら、尾行っていったら変装でしょ!》


 えっまじか。俺は画像を二度見した。うーん、わからん。確かに美子と言われれば美子だけど、肌が真っ白に飛んでいることもあり、別人に見える。髪の毛はどうしたんだ? 切ったのか?


《えっけど髪型とか髪の色とか全然ちがうじゃん》

《これはウィッグ! で、さらしで胸をつぶしてるの! まじイケメンじゃない?》

《いや、イケメンだけども》


 尾行することもだが、尾行するにあたってのコスプレを全力で楽しんでいる美子のバイタリティーの底深さに、俺は若さというものを感じた。

 若いうちは時に不謹慎とも取れる楽観的な考えや、あっけらかんとした態度で物事に臨みがちである。そのバイタリティが歳をとるにつれて枯渇してしまうのは、周りを見渡すことができる「社会性」という視力がアップしたおかげで、自分の程度を知ってしまい尻込みしてしまうからではないだろうか。


「じゃあ、長束わたし行ってくるから」


 そうこうしているうちに着替え終わり、フローラルな香りを漂わせたゆうゆが玄関を開けて出て行ってしまった。俺は急いで美子に連絡をとる。


《いま、ホシが外出しました!》

《りょ》


 美子は、俺が出遅れたり見失ったりしてしまったら不安だ、と言ったが俺も俺で美子のことが不安である。

 好奇心が爆発し、ゆうゆにバレバレの尾行をしてしまうんじゃないか、という種の不安だ。俺も急いでゆうゆを追おうとしたのだが、玄関を出る時に家の鍵をどこに置いたか忘れてしまった。玄関の靴箱をみても見当たらない。バッグの中か? 昨日着ていたコートのポケットか? 俺は思い当たる場所を手当たり次第乱雑に探し、五分遅れで家を出ることになった。ふぅ、結局美子の予想は当たってしまった、ということだな。


《長束遅いよ! どこ?》

《ごめん、鍵無くしちゃっていま家出た》

《おけ、ゆうゆは駅近のコンビニにいる。いま出口で待機中》


 急いでコンビニのそばまで向かうと、さっき画像で見たKPOP風の美少年がビルの陰からひょこっと出てきた。美少年は黒いマスクをとって俺に話しかける。


「やほ」

「あぁ、おはよ」


 視覚、とは恐ろしものだ。声も美子だし、骨格も男にしたら華奢すぎるのだが、長身だからかそれなり……それなりなのだ。目からは「美少年」だという情報が入ってくるので、俺は頭の中で「これは美子、これは美子」と繰り返し、脳に意識付けながら話していた。


「ゆうゆとりあえずコンビニ寄ってるから、こっから尾行すんの慎重にしよ」

「あ、うん」


 美子は俺をまじまじと見る。


「はぁー、長束も尾行すんならもっとあったでしょ。それただ地味な格好なだけじゃん。私くらいのクオリティーで来てよ」

「いや、まさかそんなコスプレしてくると思わなかったよ!」

「気付かれないようにするんだから当然じゃん。まぁいいや、じゃあいこ。はい」


 そう言うと美子は俺に左手を差し出した。


「え?」

「いや、手。ほらカップルのふりしてればいいじゃん。だから手繋ぐか、腕組んで」


……え。えええええええ! 

 いや、待て待て。一旦冷静になれ。なっ!これは女同士なんだから恥ずかしくない……うん、わかってる。脳ではちゃんとわかっているのだが、俺のこの胸の高鳴りは一体なんなんだ? これは美子が女で俺が男だから恥ずかしいのか? それとも、美子が美少年で俺がいま美少女だから恥ずかしい……とでもいうのか!? ……俺があいつであいつが俺で!? 

 ぐぎゃあああああ! 頭の中で法則性が入り乱れ、ゲシュタルト崩壊してしまいそうである。正体不明の恥ずかしさの原因は、深くは内省しないようにしよう、ただなんだ。この心がスカっとするような清々しいドキドキ感は……。

 俺は、右手の指先を美子の手のひらの上にちょこんと乗せてみた。すると美子がグッと手を引っ張るように俺の手を握った。

あかんあかんあかん、何!? この少女漫画のワンシーンみたいな展開。読んだことそんなにないけど、何!? えっ俺この謎の汗なに!?


「あ、やばゆうゆが出てきた。よし、いこう」


美子はゆうゆがコンビニを出て、地下鉄へと降りていくのをみて、俺の腕を引っ張った。俺はそのまま美子の後ろをついていくのだが、美子はスニーカーで、俺は少しヒールのあるブーツだったので思わず「歩くの早いよ」と言ってしまいそうだったが、おっさんが吐くセリフとしてはキモすぎると思ったので、言葉を飲み込んでついていくことにした。

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