第28話「数本サンプル動画見るくらい、バレないんじゃないか?」

《長束:そのさ、もうちょっと回復したら会ってくれるか?》

《端野:もちろん! 景気付けにガールズバーいこうぜ!》

《長束:いや、ガールズバーじゃなくて出来たら、ファミレスとか健全な店で頼む……》


 端野、お前のこと内心「弱い恐竜みたいな顔だなー」とか若干見下している時もあったが、お前はマジでいいやつだよ。いままでごめんな……。

 願わくばお前に身に起こっていること全てを打ち明けて、どうすればいいのか相談に乗ってほしいくらいだ。けれど、いますぐは俺自身も混乱しているから、もう少し心の準備ができたらな。

 心の準備ができたら……って言い回しがもうすでに美少女っぽいな。今後もこのフレーズ積極的に使っていこう。


 端野がさきほど言っていたアイドルに多い3タイプだが、まとめると「アイドルで成り上がりたい野心家タイプ、モラトリアムなお嬢様タイプ、可愛かったからなんとなくアイドルになったタイプ」に分かれるということか。

 なんとなくであるが、ゆうゆはこの最後の「可愛かったからなんとなくアイドルになったタイプ」に属しそうだ。

 野心家……というには無気力な気がするし、お嬢様っぽい品性も特別感じない。となるとやっぱり……。と思ったが、言っても端野一人の偏見だしなぁ。もうちょっと他の意見も聞いてみて総合的に判断したいものである。


 こんな時ネットというのは本当に便利だ。自分が知りたいワードを打ち込むだけで、知識がないようなことでもサッと大勢の知識アクセス出来る。

 まぁけれども調べたことが、そのまま知識になるわけでない。


 何かのビジネス書で読んだのだけれどもジョン・サールという哲学者の思考実験で「中国語の部屋」というものがあるらしい。


 この中国語の部屋というのは、中国語を話せない人が、中国語のメモがある部屋に入ってその中国語を読解できるか? というような思考実験なのだが、中国語を読めない人からすると、中国語が書かれたメモはただ意味不明な記号が羅列したメモとしか読めず、内容を理解することは出来ない。


 しかし、その部屋の中に「中国語翻訳辞典」があれば、がんばって読解できる。だが、その場で読解できたとしても、部屋の外にでた時にその人が中国語を知識として身につけたか? といえば答えはNOである。

 中国語辞典があったから切り抜けられただけで、実際にその人の知識にはなっていないからだ。


 ネットはまさにこの中国語辞典のようなもので、知識がなかったとしてもその場しのぎの知識を得ることができるのだ。つまり人間は誰でも瞬間的にではあるが博学めいた人間になれる時代に突入した、というわけである。


 俺は早速「アイドル 風俗 勤務」というキーワードを検索にかける。俺と同じような境遇の人は、おそらくいないだろうが……もしかするとなに手がかりとなるヒントがあるかもしれない。


 しかし、検索で上位にヒットしたのは有益な情報ではなく、「この先は成人向けコンテンツになります。あなたは18歳以上ですか?」と年齢確認を念押しするページであった。


「これは……」


 左側に出た《はい、私は18歳以上です》ボタンをクリックすると、そこには「アイドル級美少女が風俗店で働く」というジャンルのそういう、うん、そういった感じの動画が人気順でずらりと並んでいた。


 俺はいつもの癖でつい、興味をそそるパッケージの横のサンプル動画ボタンを押してしまう。可憐な少女の自己紹介パートが始まった時に、俺はハッと我にかえる。

 やばい。いつもの癖でついサンプル動画確認をしてしまったが、そもそもここ、いっつもの俺の家じゃないし! ゆうゆに聞こえたらどうするねん! 

 俺は匠の速さでスマホをマナーモードに切り替え、スピーカー音を消音にし、再び動画に目をやった。

うーん、やっぱり消音だと味気ない。音出して聞きたい。うん、きっとゆうゆもすぐには上がってこないだろう。数本サンプル動画見るくらい、バレないんじゃないか?


 そう思った俺はバッグの中からイヤホンを取り出し、スマホに装着する。

 うん、さっきまでは「アイドル 風俗 勤務」という言葉に嫌悪感を覚え「ゆうゆはそんなことしていないはずだ! 辞めさせる!」とか正義感振りかざしていたが、実際動画にしてみると……そんな悪いものではない。いや、むしろあとでどれか本編を買ってみてもいいくらい、いい。


 俺はうつ伏せに寝転び、足をパタパタさせるという乙女感あふれるポーズをとりながら、片手で動画を楽しんだ。

 美少女と一緒に暮らしている部屋で。俺は、今スカートを履いていて。美少女は入浴中とで。というフェチ企画ものでもそうそう無いであろうニッチな状況に背徳感というか……正直ただならぬ恍惚を感じていたのだが、自己陶酔というものは危険なものである、なぜなら陶酔している間は、周りが見えなくなってしまうからであるーーー。


 しっかりと耳の穴にはめたはずの右耳のイヤホンがいきなり取れてしまった、と思い振り向いたらそこにはタオルを頭にかぶり、髪がまだ半乾きのゆうゆの顔があった。

 しゃがみこんで動画を覗き込むゆうゆからは湯上がりということもあって髪からはシャンプーの香りがほんのり香り、肌はしっとり潤んでいる。

ゆうゆは勝ち誇ったようないじわるな笑みを口元に浮かべる。


「へぇ、長束ってそんなの見るんだ」


 俺のツメが甘かった、サンプル動画だからといって、短いから数本いけるでしょ、と思っていたとこまで神様、時を戻してくださいーー。

















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