第10話「……俺は今晩、オンナになれそうです。」


自分の天才的ひらめきに、思わず口元が緩んでしまう。

 ここまで多岐にわたり考えた結果、一番信ぴょう性が高いであろう答えにたどり着いた。おそらく答えはこれだ。

 

 噂にしか聞いたことがないが、おそらく百合ってやつなのかもしれない。

残業で疲れ果てて帰った夜に、テレビをつけるとそれっぽいアニメがやっていたことがある。

 あの夜、俺ははじめてみた百合とやらに思わず見入ってしまった。自分はそういった類のものに興味がないと思っていたが、女の子同士が指と指を絡める恋には、こうなんというか男女にはない崇高な耽美さが潜んでいた。


 雨の中でしっとり濡れた淡い花という表現が似合う影のある美しさだ。それが俺にとっての百合だった。


 「ハッ」

 

……俺のひらめきは、さらに続いた。人間考えが軌道に乗ると次々に天才的アイデアが浮かんでくるものだ。

 ここでのひらめきは次のようなものだ……もしかして、俺がここで「お姉さまぁ」とか言って甘えれば、足先から絡みあい、めくるめく百合展開に突入するのだろうか。という実践を兼ねた天才的アイデアだ。

 

 けれども、俺そういうの初体験だしどういう風にしたらわからない。っていやよく考えたら俺元男だし……意外といい感じにリードできたりするんじゃないか?

 

 ここは覚悟を決めて、呟いてみるか……。ダメで当然だけど、もしなにかあったらラッキーだし。据え膳食わぬは男の恥だという諺があるくらいだ。

 

 ああけど一応相手の年齢は確認しとかなきゃな、いまはほら「未成年だって知らなかった」って後で言っても許される世の中じゃないし……。なにか大事になっても貯金もないし。


 鼓動と共に荒くなる呼吸を必死に抑えようとすればするほど、近すぎる距離が気になった。すると、背中に指でちょんちょんとつつかれる感覚が走る。

 これは……あれか!! 俺の方が待ちの姿勢だったからそれに見かねたゆうゆ、いやゆうゆ改め、お姉さまからしかけてきたということなのか!?


「長束……」

「は、はい。なんでしょう」

「ねぇ、こっち向いて」

「え!?」


ついに時は満ちたーーー俺の予想は大方間違っていなかったようだ。これは、あきらかに誘ってきている。いままでのくだらない不安は一気に砕け散る。

 俺は、ゆっくりと息を吐き、呼吸の速さを悟られないようにゆっくり寝返りをうってゆうゆの側へ体を傾けた。


「長束……」


 振り返ると息の温もりが届くほどの近さに、ゆうゆの白い頬があった。ほのかに甘く、柑橘系タブレットを香りがゆうゆの口元から溢れる。

 朝一番の、まだ誰も足を踏み入れたいない一面新雪のようなすべらかで白い肌に、長い睫毛の影がおちていた。


ゆうゆは、横たわった姿勢のまま、俺の目をじっと見つめた。


「あっあのなんでしょう……」


大げさに動揺してみせたが、俺は「正直、これはイケるな」と確信しかしていなかった。

なんなら、あと一時間後には俺はゆうゆとかけ布団の中でお互い生まれたままの姿で膝を丸めて向き合い、指を絡めて「ふふふ」「もう、甘えん坊なんだから」と賢者タイム知らずで愛を語り合うシーンまでが明確に頭に浮かび上がった。


「長束、私が何してほしいか、わかるよね……」


ゆうゆは意味深に、ゆっくりとした口調で呟いた。心なしかさっきよりも瞳が潤んでいるようにも見える。


ーーー今だ。俺は準備していた言葉を呟くことにした。


「おっ、おっ、お姉……お姉さま!!!」


 窓の外では下弦の月がしっとり闇夜を照らしていた。田舎のお父さん、お母さん、大して親孝行も出来ていない俺ですが……俺は今晩、オンナになれそうです。

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