1-3 無限の地平 -No border-



 薄雲が掛かった冬空が、綺麗だった。


 天辺に雪が掛かった高い山々の麓、谷間となっている荒涼たる枯草の草原に俺は立っている。


 吹き付ける冷たい風が俺の髪を掻き上げて、何処かへ消えていく。


 背後には通ってきた扉があったが、もう跡形もなく消えている。


 あの扉は恐らく異次元への通用口で、ここと幽世の森を一時的に繋ぐものなのだろう。


 どういった仕組みなのかは村の魔術師たちに聞かなければ理解出来ないだろうが、生憎あいにくと俺は剣士だから講義を受ける暇が無かった。


 里の方へ歩き出す。


 目当ては勿論玉だが、ここではそれ程集まるとは思えない。


 一時凌ぎで肉を集めてもいいだろう。


 肉とはつまり魔物の肉の事だ。


 ここいらではボールキャットがよく出るが、あれはあまり味がよろしくない。


 狙うならビッグボアか――あのでかい猪は食べがいがあるうえに味も良い。


 腹を空かせた子供たちも満足する事だろう。


 この時間帯は活動していない事が多いが。


 ブヒッ……フゴフゴ。


 活動していたのであった。


 目の前の廃墟の影からどでかい尻だけを出して、何かを漁っているのか巨体を小刻みに揺らしている。


 ここで背後から一発かますのが上策だが、少々身体が硬い。


 肩慣らしも悪くないだろう。


 俺はビッグボアの尻に石を投げた。


「ボアッ!?」


 甲高い悲鳴を上げて、ビッグボアが急発進した。


 何事かと泡を食ったといった所か。


 ターンしてこちらを目視したそれの口元には、成る程確かに泡が立っていた。


「ブヒィィィッ!」


 明らかに怒っている。


 いいぞ! 全力で来い! 


 俺はレゼルの魔剣をすらりと抜いて、調子合わせにくるりと一回転させた。


 ビッグボアが突進してくる。


 最大で時速四十キロに達する重さ一トンの巨体だ。


 当たればトラックにねられたのと同じく大怪我では済まないだろう。


 だが、それがいい。


 生と死のぎりぎりの所でしか己の真価を問えない。師の言葉だ。


 すれ違う直前に横に転がり、水平にした刃でさくりと足を斬った。


 青白い電光が輝いて散る様が一瞬見えたが、まあ、被ダメージゼロではこんなものだ。


 派手な衝突音とビッグボアの断末魔の悲鳴が後方から聞こえ、俺はのそりと立ち上がった。


 足元から液体が蒸発する音が聞こえる。


 斬った時に刀身に付いた血と油が焦げているんだ。


 レゼルの魔剣は常に雷光を纏っているから、電熱の効果で付着物の残留の心配が無い。


 切れ味が落ちない剣なのだ。


「ピン……ピン、と」


 俺は前にガブリエルから貰っておいたピンをジャケットの内ポケットから出した。


 それをビッグボアの尻に刺して、先端のボタンを押した。


 ピンが赤く点滅し始める。


 これは騎士団所属の優秀な魔術師が作ったマーカーで、腕時計との連動が可能となっている。


 このマーカーの座標を腕時計で設定しておけば、塔へ侵入した際にこのパターンのフィールドに辿り着ける。


 恐らく騎士団の新米が数人押っ取り刀で駆けつけるだろうが――一応書き置きを残しておいてやろう。


 えーと……『ガブリエルには玉を集めろと言われたが、子供たちは腹を空かせている。持ち帰って、これを手柄にでもしてくれ』。


 こんな所か。


 メモ帳は持ち歩くものだとここに来て痛感させられた。


 騎士団員同士の腕時計ホットラインへの加入を許されていない余所者にはこれしか連絡手段が無いからだ。


 俺はぼちぼち歩き出した。


 ビッグボアを狩れた事で精神的な余裕が出来た。と、早速一つあった。


 岩場の上、光が一番射しているような所に輝く青い玉がある。


 青いなら武器強化用の玉だが、生憎と団長命令でこれを失敬して私的流用する事はまかり成らん。


 腰のベルトに手を添える。


 ここには何時も布袋を巻き付けてある。


 それを取って、涼風に晒しながら広げた。


 少々埃っぽいが、まだまだ使える。


 師匠のお古で『フゼ』と刺繍の入った一点物だ。


 青い玉を布袋に入れて、俺はふと後ろを振り返った。


「あ、何漁ってたんだろ?」


 あのビッグボアの事だ。


 廃墟の影に何があるのか気になった。


 回り込みながら俺は廃墟をくまなく見渡す。


 ほとんど崩れかかっているが、かつて伝道所か何かだったのだろう。


 ホーリーシンボルらしき物の欠片と祭壇の台座がまだ残っている。


 それは地球でよく見る宗教のそれとは違う気がする。


 やはりここも地球ではないと強く印象付けられ、俺は誘拐犯が異星人である可能性をより強く感じた。


「……」


 顎に指を添えながら祭壇の台座を見下ろし、誘拐犯の犯人像をイメージしている。


 地球の最先端よりも遥かに進んだテクノロジーの持ち主。


 このゲームの支配者。


 人間に不死を与える程の魔法の使い手。


 恐らく異教の神レベルの――幽世の子供たちは皆不死なのだ。


 死ぬと最初にいたポイント(多くが森の何処かだが)に移動させられ、身体が全快状態になる。


 この仕組みはずっと昔から変わっていないと先生から聞いた事がある。


 という事はシステムがずっと継続されているという事だ。


 誘拐を行っているのもシステムの一部なのかは謎だが、誰かがこれを作ったのは確かだろう。


 こんな手の込んだもの普通は知性の高い者しか作らない。


 それを突き止められるか?


 ――まあ、話が逸れたが、ともあれまずはビッグボアの漁っていたものだ。


 一体何を漁っていたんだ?

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