第14話ルイ編(4)

翌日には退院したけれど、あの騒動以来、一週間近く学校を休んでいる。


このままだと学期末に響くし、何より家族が心配しているのが痛いほど伝わってきて家に居るのも苦痛になってきた。


そして柏木先生が毎日、僕の家にやって来た。


僕を登校させる説得かと思いきや雑談をして、ちゃっかり夕飯を食べ帰っていく。

時折、雑談のなかに、今回の事件の経過を話してくれていたのは、柏木先生なりの配慮だったのかもしれない。


松川先生は体調不良を理由に休職して、根岸さんは退院しだい、すぐにアメリカに留学するのが決まったと聞かされた。

松川先生が逮捕されないなんて、誰もがおかしいと思う事件のはずなのに、現実は大きな力の前に人間は簡単に記憶を書き換えたふりがができるのだと知った。


でも、今夜の柏木先生はいつもとはちがう雰囲気だった。

「江崎、そろそろ学校に来ないと女子達が家まで押しかけて来るかもしれないぞ。」

「先生、まさか僕の家の住所を教えたんですか?」

「いやいや、さすがに俺だって守秘義務はわきまえているけどな。」

守秘義務?

柏木先生の口からそんな言葉が出るなんて予想もしなかった。

「おまえ、俺を信用してないな。」

「そんなことは、ないですけど・・・」

「顔が正直なんだよ。」

そう言うと母さんの手料理を美味しそうにパクパク食べて、お代わりを遠慮なくしている柏木先生は、すごいなと思った。

食事も終盤になった頃、柏木先生の表情が真顔に変わったのに気付いた僕は自然と箸を置いた。

「それで、今日は江崎にお願い事があって来たんだ。」


「学校は、登校します。僕だってさすがに進級がやばくなるぐらい分かっています。」


「いや、今日はその事ではなくて、別のことなんだ。」


なに、まさか松川先生に会いに行けとか言うのではないかと、一瞬頭をよぎった。


でも、それよりも衝撃な事だった。


「今夜、江崎、女になってくれ。」


はあ?

この人、頭おかしくなったのだと、僕の脳みそは判断した。

僕は、何も聞かなかったのだ。

そうだテスト勉強でもしようと思い席を立つと、それを制止するかのように柏木先生は深々と頭を下げた。


そして、くるりとキッチンに視線を移すと大声で言った。

「お母さん、そろそろお願いします。」


その言葉と共にさっきまで、料理をふるまっていた母さんは、

両手に紙袋をぶら下げて、登場したのだった。

「留斗、女になりなさい。母さんが許します。」

紙袋の中にウイッグらしきものが見えるではないかと、思わず後ずさりをしてしまった。


「えー!!」


僕の声が部屋中に響き渡ったのは言うまでもないことだった。




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