第11話 ルイ編(1)

「おーい 江崎、聞いてるか?俺は同じことを二度と言わんぞ。」

柏木先生の声で僕はようやく我にかえり、聞いていますよと言わんばかりの笑顔を向けた。


江崎留斗 21歳 母校の氷見高校にて教育実習中

担当科目は数学


三年ぶりに足を踏み入れた母校は、懐かしさの中にも、もう自分の居場所ではないことをはっきりと感じる。

どう考えても僕には、体質的に教師は向かない。

ある意味、この教育実習は、教師の道を諦める絶好の機会だったと思う。


「それにしても、江崎が教育実習に来てからというもの、女子生徒の視線がすごいな。昼休みなんか、お前といると、休めたもんじゃないな。」

「はあ・・・。」

柏木浩二先生は元担任という縁もあって、僕の教育実習の指導を担当してくれている。

「やっぱり 江崎、お前は教師には不向きだな。俺が保証するぞ。」

「僕だって分かっていますよ。」

「江崎のあれ、なんだったかな?なんとかスマイル、そうそう、王子様スマイル あいかわらず健在だな。」

「やめてくださいよ。王子様スマイルとかマジで気持ち悪いです。」

「まあ、高校時代は、お前のそのスマイルと容姿で女子生徒達がイチコロされて、最初は、クラスが盛り上がるのに後半は、なんかバチバチしたものが渦巻いてクラスの雰囲気なんて最悪だったもんな。担任の俺がどんだけ苦労したのか分かっているか。」

「だから、あの時、僕にどうしろていうんですか?」

昔のことをほじくり返されると、さすがに冷静ではいられなくなった。

なんで僕、教育実習なんか来たんだろう。

そう、この場所は二度と来るべきではなかったのに。



4年前のあの事故を僕は忘れてしまうほど、大学生活にうかれていたんだろうか。

当時、17歳の僕は美術教師の松川美奈先生に異様な程、好かれていた。

お気に入り生徒の領域を超えていたと思う。

それは、どんどんエスカレートして、怖さを感じるほどだった。


自分に挨拶しない日があったのが許せない。

他の女子生徒に王子様スマイルするな。

差し入れを受け取るな。

進路先を相談してくれなかった。

帰る時間を報告しろ。

思い出せば次々と出てくる。

松川先生の態度が変わったのは、高校2年生の夏休みごろだったと思う。

美術部の顧問をしていた松川先生に、部員たちの夏休み課題の絵のモデルを頼まれたのだ。

美術部員の女子が結束して、松川先生を巻き込んで、僕を絵のモデルにかつぎあげたのは明白だった。

こうして僕は、夏休みの6日間、絵のモデルをした。

いざ、約束の日、美術室に行くと、そこは、まさに女子部員しかいないハーレム状態だった。

なぜか、美術部員ではない子までもが紛れ込んでいるようだった。

さすがに、それに気づいた松川先生が、その生徒達に退室するように促している。

すると、どこからともなくその声は聞こえてきた。

「ケチ色目ババァお前が出ていけつーの。」

おしゃべり声が広がっている中でもその声は、はっきりと松川先生の耳にも届いた。

「誰ですか?今の言葉を言ったのは!!」

普段聞いたことのない松川先生の怒りの声が伝わってきた。

またたく間に美術室は静まり返ってしまった。

気まずい時間だけが過ぎていき、誰も名乗り出ようとはしなかった。

さすがに、この空気にいたたまれなくなった僕は、思わず口走ってしまったのが、いけなかったのだ。

「松川先生の言うことを聞かない子達の絵のモデルを僕はしないよ。

松川先生が頼むから、せっかく引き受けたのに、先生悲しませたら僕、もう帰るからね。」

そして、松川先生に向けてとびっきりの王子様スマイルをしてしまったのだ。

ただ、この時はその場をうまくやり過ごせればと、いつもの営業スマイルが、28歳 独身 美術教師 松川美奈を狂わせてしまったのは、僕の高校時代の黒歴史に間違いないと思う。








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