第5話 開幕

「お前がオニ役か、フハハハハ……」


 オニ役の坂本佳乃をジロリと見やり赤鬼は高笑いをした。

 佳乃の足はがくがく震え、恐怖で目を合わすことができない。

 吉岡は佳乃の隣に歩み寄り、赤鬼の顔を見上げる。


「制限時間内にこのオニ役を捕まえたら、本当に俺たち全員が助かるんだよな!」

「フフフフ……」


 赤鬼は不敵な笑みこぼす。

 それを見た吉岡は思う――


(こいつは……俺に似ている?)


 豊田庸平を最弱と呼び、いじめている時の自分の姿が、目の前にいる5メートルを超える巨体の赤鬼のそれと重なって見えた。


(こいつは今、遊んでいやがる。俺たちとの約束など、犬の糞ほどにも感じていないだろう……)


 吉岡にはそれが分かる。 

 それが分かっていながらも従わなければならない。

 恐怖による絶対的な支配力――


 吉岡は、佳乃の背中に手を当てる。

 佳乃の背中が震えている。

 一瞬、彼は罪悪感に襲われるが、赤鬼に対する恐怖には逆らえなかった。

 吉岡は佳乃の背中を強く押し出した。


 佳乃は前のめりになり、赤鬼に接近する。

 赤鬼は佳乃の身体を片手で鷲掴みにして持ち上げる。


「きゃあぁぁぁ――――ッ!!」


 佳乃の悲鳴がのどかな山林の中学校の校庭に響き渡る。

 校庭の欅の大木に止まっていたカラスが一斉に飛び立ち、旋回を始めた。

 生徒たちは目を見開き、為す術なくただただ呆然と立ちつくしている。


「ふうむ……」


 赤鬼は佳乃の身体を興味深そうに眺めている。

 

「ううっ……く――ッ!」


 佳乃は顔を逸らし、苦しそうな表情になる。

 赤鬼の身体から漂う異臭と口臭で気を失いそうになる。


「小さいな……それに、すぐに壊れそうだわい……」


 赤鬼はそう呟き、佳乃を持ち上げたもう一方の手で彼女の足首をつかむ。


「ふうむ……」

「いっ、いや……やめて……」


 佳乃は頭を振りつつ懇願する。

 目から涙があふれ出て、それが左右に飛び散る。

 赤鬼は僅かに足首を持つ手を下に引いた。


「やめてー、いやだいやだいやだぁぁぁ――痛い痛い痛い――!!」


 佳乃の悲鳴が再び校庭に響く。

 それを見た他の女生徒の悲鳴も上がり、パニック状態に陥っていく。


「やめてあげて!」


 一人の生徒から声が上がった。

 それは2年生の眼鏡を掛けた女生徒だった。


「ん? どうした?」


 赤鬼はその女子生徒をジロリと睨み付ける。

 女子生徒は赤鬼から目を逸らしながらも、


「その子が壊れちゃったら……オニ役が……いなくなるから……」


 震える声でそう言った。


「フハハハハ、そうか、そうだな! 壊れたらオニ役がいなくなるか。人間は弱い弱い、弱いぞ――! フハハハハハハハ」


 赤鬼は高笑いをした。


「さて……」


 赤鬼は佳乃のブラウスとスカートの隙間に人差し指を入れる。


「――ッ!? な、なにを……」


 佳乃が赤鬼の顔を見る。赤鬼は無表情で『ビリッ』とブラウスを破った。


「きゃあぁぁぁ、やめてやめてやめてぇぇぇ――――!」


 佳乃は叫ぶが、すでにへそ周りの白肌が露わになり、校庭にいる者すべてに見られている。

 恥ずかしさと屈辱感で、佳乃は今すぐ消えてしまいたいと願った。


「ううっ……見ない……で……、お、おね……が……い……」


 目から出た涙が頬を伝わり、あごから空中に落下し、校庭の土へとしみこんでいく。顔は紅潮し、もう生きていることがただただ辛いと思った。


 『見ないで欲しい』

 その願いは届くことはなかった。

 校庭にいる生徒たちの視線は釘付けになっていた。

 それは怖いもの見たさという心理。

 目の前の自分たちの『仲間』の行く末を見届けなければ不安だけが残る。

 本能的に彼らの視線は坂本佳乃の体に釘付けになっているのだ。

  

 赤鬼は呪文のような言葉をつぶやき始める。

 そして、佳乃のヘソの位置に空いている方の掌を向ける。

 すると、真っ赤な炎が掌から発せられ、佳乃の腹部を目掛けて飛んでいく――


 その炎は佳乃の腹部で『ボワッ』と広がり留まった。


「熱い熱い熱いぃぃぃ――! やめてぇぇぇ――!!」


 佳乃は泣き叫ぶ。

 すぐに炎は消えたが、佳乃の白い腹には真っ赤な火傷のあとがついていた。

 

 それはヘソを中心とした直径15センチほどの真円形。

 その周辺に文字の様な九つのマークが見られた。


「み……見ないで……ください……」


 その場にいる者たちから向けられる好奇の視線に、佳乃の心は限界を迎えようとしていた。その寸前に、彼女は解放されることになる。


「さあ、ゲームを始めようか!」


 赤鬼は佳乃を放り投げるように解放した。

 落下の衝撃で佳乃は顎を地面に擦りつけてしまう。しかし彼女は顎へのダメージを痛がるよりも先に破かれて乱れたブラウスを整え、肌の露出を防ぐことを優先した。そして顎を押さえて痛みを堪えていた。


 背後から地響きのような轟音が鳴り響く。

 佳乃が振り向くと、赤鬼のそばに木製の箱のような大きな物体があった。


 2メートル四方の立方体の箱。

 そこには円形の文字盤のようなものがある。

 それは、明らかに人が作ったものではない時計盤。


『ガチャリ…… ガチャリ……』


 秒を刻む不気味な音が、静まりかえった校庭に響き渡る。


「さあ、今から1時間……逃げ切れば女、お前の勝ちだ。お前だけは助かるぞ。逃げられなければお前は他の奴らに殺される。さあ、ゲームの幕開けだ!」


 赤鬼は高らかに宣言した。

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