勇者の事情編

勇者の事情 召喚


天霧あまぎり北都ほくと君。君に話したいことがあります。放課後、誰もいない教室で待っています』


 まさか自分が、そんなラブレターみたいなものを貰うとは、思いもしなくて。


「何だ? 今時珍しいラブレターか?」


 そう友人たちにはからかわれもしたけど、どうにも相手は俺相手にそんなことをしてきそうな人物でもなくて。


不知火しらぬい真南まな


 この手紙の差出人であろう『彼女』を知らない人物など、少なくとも同学年にはいないのでは無かろうか。


「それじゃ、失礼します」


 少しばかり、『もしかして?』という期待が無い訳でもないが、それでもみんながいなくなるまで待っていれば、先生に捕まり、手伝わされることとなったので、すぐに不知火さんの元へ向かうことは出来なくなってしまった。

 手伝いが終わったら、早く行って、遅れたことを謝らなければならない。


 俺は、自分のことを普通の人間だと思ってる。

 それなりに勉強が出来て、運動が出来て、友人たちと何気ない、たわいもない会話をして、日々を過ごしていく。

 だから、不知火さんのような人が、俺に声を掛けてくるなんてことは思いもしなかったし、特に話すこともなく、学校を卒業するのかとも思っていた。


「――――」


 彼女を見掛けることは多々あった。

 最初に見たのは、いつだったか――そうだ、中学生の時だ。

 自分の知る範囲で、同じ学校内で彼女を見ることが無かったから、きっと別の学校の人なんだろう、とその時は思っていたし、雰囲気から先輩かな? とも思っていたけど、高校に入って、同学年だと知ったものの、廊下ですれ違う程度で、特に接点もなく過ごしていたのだが。

 それなのに、彼女から――不知火さんから、声を掛けてきた。


 ――一体、何を話すというのだろうか。


 彼女のことだから、こちらが思いもらないことなのだろう。

 あまり難しい内容でなければありがたい。もし、難しければ、俺が理解することが出来なくなってしまう。

 もし、俺が理解できなければ、きっと彼女から時折向けられ、感じていた冷たいような、冷めたような目を向けられることだろう。


 だから、彼女が話そうとしている内容に、どれだけの想いを抱き、覚悟しているのかを、俺は知らなかったし、知るよしも無かったのだ。


「……」


 部活中の運動部に吹奏楽部や合唱部の演奏などが聞こえてくる中、少しも時間を無駄にしないよう、待ち合わせの教室へと向かう。

 そんな時だった。


「っ、何だ……?」


 進んでいた廊下に、輝く魔法陣が現れたのは。

 だが、それをうっかり踏んだ俺も俺である。


「マジかよ……っ!」


 拒否は出来ないとばかりに、その魔法陣は俺を吸い込もうとしてくる。


「――不知火、さんっ……!」


 これで更に待ち合わせに遅れたら、彼女はどう思うのか。

 これ以上、遅れたくないから急いでいたというのに、何という凡ミスをしてるのだ俺は。

 けれど、魔法陣の吸い込みはどんどん強くなる。


「……ごめん。俺、行けそうにないや」


 抵抗するのにも限界が来た。

 そして訪れた、少しばかり憧れながらも、俺自身が知らず、彼女が話そうとしていた俺たちの関係が『事実』であることを肯定する、ある意味残酷な世界への召喚へと繋がってしまうのだ。


   ☆★☆   


 薄ぼんやりと目が覚めれば、周囲から「やったぞ!」「成功だ!」といった声が聞こえてくる。


 ――成功? 何が。


 と思ったが、きっと俺を喚び寄せる・・・・・ことに、だろう。

 一時期流行っていた異世界転移のようなものらしく、コスプレかと思わずにはいられない人々が、魔法陣の周りには居た。


「貴方が勇者様ですか?」


 その一言で、理解した。

 どうやら俺は、勇者召喚されたらしい。


「……勇者?」


 異世界転移・転生系の物語ものや勇者・魔王系の物語ものを見たり、読んだりしたことはあるが、いざ問われてみれば、自分が勇者かどうかなんて分からない。


「違うのですか……?」

「いや、何か証明できれば良いんだが、それが分からないから、俺は自分が勇者なのか分からない」

「そうでしたか……」


 目の前に居る彼女の様子から、困惑していることは伝わってきた。

 召喚されたのが俺じゃなくて、不知火さんみたいなタイプだったら、きっと目の前に居る彼女も困ることなんて無かったのだろうが、この場に居るのは俺だし……


「どうしたもんかな」


 何で、俺が勇者召喚なんてされたんだろう?

 俺以外に勇者に相応しい人が居たはずなのに。


「あ、すみません。ずっと座らせっぱなしで。場所を移動しましょうか」


 彼女の促しもあって、場所を移動することとなる。

 俺を召喚したであろう彼女の名前はアイリスと言い、あの場に居たのは、召喚に関わる魔導師の一人として、だとか。


「貴方には、魔王を倒してもらわなくてはなりません」


 それを聞いて、「あ、やっぱりそのパターンなんだ」と思ってしまった。


「魔王、ですか」


 でも、勇者(仮)な俺に倒せるのか? 召喚されたとはいえ、戦いの経験が無いのに? 物語のように、あれこれ上手く行くはずがない。知識も文化も何もかも違うのに、普通に生活することもきっと難しいことだろう。


「ええ、心配しなくても、知識などはこちらで教えることになっていますので」

「だったら良いんですが……」


 全然、良くないのだが、彼女に文句を言ったところで、何も変わらないのだろう。

 その後、王様への謁見もあると教えられたので、元の世界に帰る方法とかも聞いてみなくてはならない。気になることは、きっと王様に聞いた方が早い。


「謁見する際に、何か気を付けた方がいいことってありますか?」


 王様への謁見とか初めてなので、と付け加えれば、納得したかのように注意事項を教えられる。


「基本的に、陛下の許可が出るまで、頭は下げたままでいてください」

「それは……入るときも?」

「はい。陛下がいなかった場合は、来るまでずっと」


 ずっと……ずっとか。いくらスマホとかで下を向くことに慣れているとはいえ、これはつらくなりそうだ。


「……」

「まあ、陛下がいらっしゃってすぐに許可が出れば、頭を上げられますから、それまでの辛抱ですよ」


 辛抱って言っちゃったよ、この子。

 謁見の間に着けば、取り次いだアイリスから、扉前に居た兵士の人により、「勇者様と魔導師・アイリスがご到着なされました」と告げられる。

 こんなことを目の前で言われてしまうと、何だか緊張してきてしまう。

 その後、許可が出たので、玉座の前まで行くと、アイリスの忠告通りに頭を下げる。


おもてを上げよ」


 その言葉に頭を上げれば、壮年の男性が居た。

 きっと、この人が王様なのだろう。


 それからのやり取りは、アイリスも言っていた魔王討伐の件と今後のことについて話した。

 その際、帰れるかどうかの質問もしたのだが――……


「もちろん、魔王を倒せば、帰ることは出来るだろう。だが、逆に言えば、それまでは帰れないということだ。済まぬな」

「あ、いえ、俺は大丈夫なんてすけど……」


 正直、本当に俺が勇者だとしても、魔王を倒せるかどうかはまた別だ。

 きっと、召喚を行ったのは、この世界の人たちより、少しだけ能力値が高いからと思っているからだろう。そうすれば、脅威となっている魔王をどうにか出来るはずだと、信じている。

 こちらからすれば、別に断ってもいいのだが、戻れないとなれば、これもまた話は別である。


「とりあえず、知識と実技を身に付けることを最優先とすることにしよう。勇者殿の教師役はこちらで決めてあるので、彼らから教えてもらうといい」


 その後、謁見の間を出た俺は、アイリスの案内で自室となる部屋に向かう。

 だが、さすがは城内の中にある部屋と言うべきか、広い。とにかく広い。落ち着かない。


「……」

「それでは、何かあればお呼びください」


 アイリスだけではなく、メイドさんたちまで出ていってしまったので、部屋には一人きり。


「……不知火さん、どうしているかな」


 ふかふかなベッドに乗り、その事を考える。

 俺がこちらに召喚されてしまった以上、不知火さんを待たせているのは事実だろうし、帰ってこない俺を家族も心配していることだろう。

 だからこそ、一刻も早く帰りたいわけなのだが、帰ったら帰ったで、心配させてしまった家族や友人たち、約束を破ってしまった不知火さんに謝らなくてはならない。


「……」


 そのまま、そっと目を閉じれば、故郷である元の世界が浮かんでくる。


「……帰れるといいなぁ」


 そう呟くと、俺の意識は少しずつ沈んでいくのだった。

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