いいないいな 田舎っていいな

 田舎に帰ろうと思い立った俺だが、流石にノーアポで帰るほど非常識ではない。

 実家に連絡をして、祖母の電話番号を聞き取り、早速連絡をすることにした。


「あ、祖母ちゃん。オレオレ。実はさ――」


 俺は事の経緯を話した。

 仕事を止めたこと、田舎で少し休みたいこと。

 昔から祖母ちゃんは俺に優しかったので『甘えるな』みたいな厳しいことを言われないだろう。恐らく『サブちゃん(俺のあだ名)が元気になるまで、いくらでも過ごしていきんさい』みたいな都合のいい展開になるはず。


 祖母ちゃんからの返答はこうだった。


『オッケー! カモン孫! カモンカモン!』


 想像した通り、都合のいい展開になった。

 なったのだが……俺の祖母ちゃん、こんなファンキーな感じだったか……?


 まあ、とにかく祖父母の了承はとれたので、早速簡単に荷物をまとめて出発することにした。


 車で高速を乗り継ぎ、2時間。そこからナビアプリに従って、ひたすら車を走らせる。


 次第に家や建物が少なくなり、逆に田んぼや山が多くなってくる。


 更に車を走らせる。


 どんどん建物が減っていく。最後に見たのは、聞いたことないコンビニだ。

 そこから1時間、家が点々とあるだけだ。


 更に1時間近く走らせると、その家すら見なくなった。

 

「マジで何もねえな……こんなところに住んでたっけ?」


 田舎で過ごした日々ははっきり覚えているが、道中の記憶が朧気だ。

 毎年、前日に楽しみ過ぎて眠れず、両親が運転する車で出発してからすぐに寝てしまっていたからだろう。

 ここまで田舎だとは思わなかった。

 吉幾三の歌より何もねぇ。だが嫌いじゃない。これこそ田舎って感じだ。


 最後に1軒家を見てから、30分何も見ていない。流石に心配になってきたが、ナビアプリちゃん(cv野沢〇子)はこの道であっていると教えて来る。


「これ狐か何かに化かされてるんじゃないだろうな……」


 なんてことを思っていると『目的地に辿り着きました』というナビちゃんの声。

 見渡すが何もない。マジで化かされたか?


「いや、待てよ……」


 薄っすら記憶が蘇ってきた。

 この脇道、見覚えがある。


 申し訳程度に舗装された脇道を走らせる。

 軽く盛り上がった地面や木の枝のせいで車体がガタガタ揺れる。

 時間にして3分ほどその道を走らせると……


「着いた……のか」


 狭い道を抜けると開けた空間に出た。そして佇む一軒家。

 祖父母の家だ。記憶と寸分変わらない。いや、少しボロくなったか。

 とにかく無事到着だ。


 車から降りて当然のように施錠されていない引き戸を開ける。


「祖母ちゃーん! 爺ちゃーん! 来たぞー!」


 大声で叫び暫く待つが、誰も現れない。

 呼び鈴を鳴らす。

 人が動く気配がない。つーか人の気配がない。よくよく床やら下野箱を見ると、薄っすら埃が積もっている。誰かが通った形跡がない。

 はてさて……どういう事だ?


 祖母ちゃんに連絡をとる。


「もしもし。俺だけど」


『ヘイ! あたしだよ! B-A-C-H-A-N――婆ちゃんだよ! 家には着いたかい?』


「いや、着いたけど……婆ちゃんどこいんの? 何か騒がしい音が聞こえるけど、パチンコでも行ってんの?」


 電話口からやたら五月蠅い音が聞こえる。何かジャラジャラする音とか大勢の人が話す声とか。


『あたしBA-CHAN! 今ベガスにいるのさ! ヒッヒッヒ!』


「あ? ベガ……ス? えっと……そういう名前のパチンコ屋?」


『何言ってんだいこの孫は! ベガスと言ったらラスベガスさ! ベガスのカジノでGO-YOU-CHUさ!』


「……リアリー?」


 よくよく話を聞いてみると、どうやら祖父母は1か月ほど前から世界1周旅行とやらに出発して、現在はラスベガスにいるらしい。


「……え、いや、俺行くって言ったじゃん。祖母ちゃんカモンって言ったよな?」


『イッヒッヒ! 言ったさ。カモン、カモンと言った……だが祖母ちゃんが家にいるとは言っていない……その事をどうか思い出してほしい……!』


「言ってなかったけどさぁ!」


『BA-CHAN with G-CHAN featuring NANCYは2週間後に帰るからね! それまで掃除頼むよ、イッヒッヒ! 会えるのを楽しみにしてるよ孫!』


「いや、おい祖母ちゃん……! マジか!? つーかナンシーって誰だよ!」


 結局ナンシーが誰かも分からず、そのまま通話を切られてしまった。

 どうやらこの家には現在、誰もおらず、そして祖父母が帰ってくるのは2週間後らしい。


「はぁ……いや、いいけどさぁ」


 靴を脱いで家に上がる。

 俺が歩いた後にはくっきり足跡が残っていた。

 とりあえず軽く掃除でもするか……。



■■■



 祖父母の家はかなり広い。具体的に言うと、となりの〇トロに出て来る家くらいありそうだ。

 とても全てを掃除出来ないので、取り合えず最低限移動する範囲のみ掃除することにした。


 無駄に最新型の掃除機をかけて、拭き掃除をする。

 あっという間に日が暮れてしまった。


「まあ、今日はこれくらいにしとくか。時間ならいくらでもあるしな」


 久々にいい汗をかいた。仕事してる時は、冷や汗とか脂汗しかかなかったからな。

 運動をすれば腹が減る。

 台所に行って食糧を探すことにした。


 台所は俺が来ない内に、最新型のシステムキッチンになっていた。

 別にいいんだけどさ……この田舎の家で最新家電は、正直ギャップが凄い。使う分には楽でいいんだけど。


「さて冷蔵庫の中身は……と」


 開けてみる。何もない。

 そうか、旅行に出かけるんだから、そりゃ中身は残さないよな。

 戸棚やら床下収納やらを探してみる。


 保存食の1つも見つからなかった。


「……」


 何だか嫌な予感がする。

 台所を出て各部屋を回る。寝室、客間、来客部屋、浴室、そしてトイレ……食料はどこにも無かった。

 

「マジか……マジでか……」


 外を見る。かなり日が暮れ始めていた。

 仕方ない。最寄りのコンビニまで車で行くか。

 家を出て車に近づく。様子がおかしい。


「マ、マジか……マジですか……」


 パンクしていた。どうやら悪路のせいでパンクしてしまったらしい。

 替えのタイヤもない。クラシアン(でいいんだっけ?)を呼ぶ……いや、どんだけ時間かかんだよ。

 車もつかえない現在、この家は完全に陸の孤島だ。

 とりあえず車の修理を依頼して、待つしかない。それかデリバリーピザでも……いや、来るか?


 空腹で疼き始めた腹を押さえていると、祖母ちゃんから電話がかかってきた。


『ヘイ孫!』


「どうでもいいけど孫って呼ぶの止めて。ピッ〇ロさんかよ」


『何か困ったことはないかい? 爺ちゃんがやらかしてポリスメンに連れていかれてね、暇だから聞いてやんよ!』


 爺ちゃんなにしてんだよ……。

 まあ、とにかく外国の爺ちゃんより我が身を優先しよう。

 俺は空腹で今にも倒れそうな旨を伝えた。


『ああ、そういや全部食料は処分したねぇ。お、そうだ』


「何かあんの?」


『その辺の土は栄養が豊富でねぇ』


「わざわざ訪ねてきた孫に土を食えと? 正気かババア?」


『イッヒッヒー! ナンシーだったら何杯でもイケるってさ! それに比べてサブはもやしっ子だねぇ』


 だからナンシー誰なんだよ。土食うようなわけの分からんやつがこの家に来んのかよ。もう帰りたくなってきたわ。


『そうだそうだ。物置があったろ? 確かそこに大根の漬物を漬けてたような……』


「お、マジで?」


『いや、大根じゃなくて、あたしの事をしつこく狙ってた隣村の源五郎を漬けたんだっけか……』


「ありえないほど前者であってほしい」


 漬物樽を開けたら知らんジジイが入ってるとかマジで勘弁してほしい。

 とりあえず空腹も限界なので、前者であることを祈りつつ、物置に向かった。


■■■


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