第31話 別視点:エレーナ・オスマンサス①

「全く、面白い子だったねぇ」


 ハルシャの家から帰る途中、馬車の中で私は昨日出会ったばかりの幼い少年のことを思い出す。

 ハルシャと知り合ってからまだ数日だというのに、もうアレの作った魔術を習得しているというのも興味深いが、それ以上にあの剣さばきが私の目を引いた。

 マーラが教えたにしては型が違うし、独学にしては不自然さがなかった。

 村からほとんど出たことがないであろう5歳の子供が、一体どうやって習得したのか。

 それに、身体が耐えきれないほどの技術力を持っているなんて普通はありえない。

 あの子――ルカ・スターチスは何者なのか。


「あの剣術……隊長に似ていたけど、どこで学んだんだか」


 隊長に剣術を教えていた人物はとうの昔に亡くなっている。

 その人は気難しいらしく、隊長以外に弟子を取ったことはないと聞いた。

 私もその剣術について知らないし、もちろんマーラもカインも知らないだろう。

 だから、ルカがその剣術を知っているはずがない。

 それなのに、ルカに打ち込みをさせた時、あの子の動きは隊長によく似ていた。

 威力やスピードは劣っていたが、本気が出せるようになれば隊長と同じレベルになりそうだった。


「……ふふっ」


 不意に、笑いが零れた。

 ルカはきっと、私以上に強くなる。

 今はまだ全然弱っちいが、数年もすれば彼と良い勝負ができるだろう。

 ……もっとも、それまで私が生きていればの話だが。


「――ゴホッゴホッ!」


 最近、身体の調子が良くない。

 他人からは若々しいと言われるが、流石の私も寄る年波には勝てないようだ。

 今のところ大病は患っていない。しかし、それも時間の問題だろう。


「年はとりたくないもんだ」


 ふと、自分の顔が窓に映っていることに気づく。

 顔のシワが増え、元から銀色の髪にも真っ白な毛が混ざるようになった。

 とうの昔に、隊長の年齢を追い越してしまった。

 隊長が生きていた頃は早く強くなりたい、成長したいと思っていたものだが、今となっては時間が止まって欲しいとすら思ってしまう。


「……ああ、やだねぇ。ババアになると卑屈な考えばかり浮かんでくるよ」


 小さなため息をつき、私は現実から逃れるように目を閉じた。




 ――私はオスマンサス男爵という男の娘として生まれた。

 しかし、私はその男を父親だとは思っていない。

 私の母は、男の妾だった。

 平民だった母はたまたまその地に訪れていた男に気に入られ、一夜限りの関係を持った。

 しかし、一夜限りであったはずのそれは、母が私を妊娠したことで一変する。

 母はまだ若く、他に関係を持った相手もいなかったため、妊娠した子が男爵の血を引くとすぐに分かった。

 母は1人で私を産み育てようとしたが、男爵家に見つかり、男爵家の敷地内にある離れに住まわされた。

 離れには、母の他にも男の妾となった女性達がいた。

 男は女関係が派手で、妻がいるのに至る所で女と肉体関係を持っていたらしい。

 この男がまだマシなのは、妊娠させた女を引き取り、女と子供の生活費や養育費、住む場所などを与えているところだろう。

 奥様も寛容な方で、同じ敷地内にいると会う機会があったがキツく当たられることはなく、むしろ優しかった。

 しかし、それでも私は男のことを好きにはなれなかった。

 母は心から男を愛していたわけではない。

 平民だったから、貴族に逆らえなかっただけだ。

 母の人生は男によって奪われたのだ。

 だが、母は一瞬たりとも不満を顕にすることは無かった。

 それどころか「男爵様と出会えたから、貴女という宝物を手に入れられたのよ」と、嬉しそうに笑っていた。

 私は母が無理して笑っているのだと思った。だから、私は母を守れる強さを欲した。

 始めは女性も多い魔術師を目指そうとしたが、初歩的な魔術すら発動させられず、早々に諦めた。

 しかし、幸運なことに異母兄弟には男が多く、私は彼等に混ざって剣術を学ぶことができた。

 そして、私にはレイピアの扱いにおいて天賦の才能があった。

 私よりも年上で先に稽古を受けていた異母兄達を、私はレイピアを使って1ヶ月ほどで打ちのめした。

 男爵も私の才能に気づき、より高レベルなレイピアに特化した指導者を付けてくれた。大嫌いな男だが、そこだけは感謝している。

 母にはとても心配されたが、母を守るためだ。私は反対を押し切るように剣の腕を磨き、将来は騎士を目指そうとした。

 しかし、「女だから」という理由で、騎士を育成する学校への入学を拒まれてしまった。

 当時、騎士といえば男がなるものだというイメージが強く、女は珍しかった。

 女が男に勝てるわけがないという偏見が強かったのだ。

 私は諦めきれず傭兵団にでも入ろうかと考えていた時、王立騎士団からお触れがでた。

 それは「第一部隊入隊希望者募集! 強ければ老若男女問いません!」という、今の私には天啓にも思えるものだった。

 募集要項を詳しく見れば、トーナメント形式の試合を行い、勝ち上がった上位十数人が第一部隊に入れるという。

 さらに、参加希望者は性別や年齢はおろか国籍や犯罪歴も問わないという、国を代表する騎士団が募集しているとは思えないような内容だった。

 怪しさ満点だったけど、騎士として働けるのならばと私は入隊希望を出した。

 そして、私はそこで運命的な出会いをしたのだった。

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