第14話 元悪徳貴族、男の発言

 あいつらは確かに倒した。

 多くの隊員達の命と、俺の利き腕を犠牲にして。

 しかし、気になることもある。


「……ガイウス様、どうかなさいましたか?」


 父さんが心配そうに俺の顔を覗き込む。

 どうやら、長い間黙り込んでしまっていたらしい。


「私の仮説で不快に思われたのでしたら申し訳ございません」

「いや、そういう訳では無い。ただ……気になることを思い出してな」

「気になること……ですか?」


 俺は残党達との最後の戦いを掻い摘んで父さんに話した。


「ガイウス様はそれで右腕に怪我を……。しかし、傷口が深かったのもあるかもしれませんが、剣に何らかの細工がされていた可能性が高いですね」


 父さんが顎に手を当てて考え込む。

 確かに、傷口が塞がるまでにずいぶんと時間がかかった覚えがある。

 しかし、今はそれを考えるのは後回しにしてもらおう。


「その事も気になるかもしれないが、俺はそれより男の最期の言葉が気になるのだが」


 男が「また会おう」と言って茶色い球を砕くと、奴は炎に包まれた。

 呪術の類いだとは思うが、まさか炎を出すだけのものでは無いだろう。


「茶色い球というのは恐らく、呪術を閉じ込める呪具でしょう。儀式によって得られる効果をその中に閉じ込め、必要に応じて砕くことで効果を発現するというものです」

「やはりあれは呪術を発動していたのか。では、一体何の呪術を発動したんだ?」


 普通に考えれば、「また会おう」と言ったということは、奴は再び俺と相見えるつもりだったのだろう。

 しかし、奴は俺の目の前で焼け死んだはず。


「まさか、死者蘇生の呪術か?」


 死体を操る呪術があるというのは知っていたが、もしや死者を蘇らせる呪術も存在するのか?

 しかし、父さんは首を横に振った。


「いいえ。少なくとも、私の知る限りではそのような呪術はありません」

「そうか……」


 そうなると、ますます何の呪術だったのかわからなくなってしまったな。


「父さんは何の呪術かわかるか?」

「残念ながら、検討もつきません」


 父さんでもわからないとなると、今は考えても時間の無駄かもしれない。


「ですが、まだ記録されていない危険な呪術の可能性があります。調べてみる価値は充分にあるかと」

「あの男のオリジナルだったかもしれないのか。なら、調べてもらえるか?」

「もちろんです。もしかすると、私の仮説を裏付ける証拠になるかもしれませんから」


 仮に死者蘇生のようなことができる呪術であったのなら、あの男――「森の解放」の残党が生き残っている証拠になるだろう。

 ……不本意だが、その可能性は高いと考えるべきだ。

 やはり、あの時さっさと奴にトドメを刺しておけば良かった。


「……ガイウス様。実は、もう1つ気になることがあるのですが」

「なんだ?」

「ガイウス様はその男と知り合いではなかったのですよね?」


 父さんの質問の意図がわからず、一瞬、言葉に詰まってしまう。

 あんな奴と知り合いだったら、知り合った時点で切り殺してるぞ。


「知り合いなわけがないだろう」

「そうですか。では、やはりその男はガイウス様を恨んでいたというより、リーリエ家を恨んでいたのでしょう」


 ……ん? どうしてそうなるんだ?

 俺が困惑した目で見つめると、その視線に父さんが気づいた。


「説明不足で申し訳ございません。男の発言で気になったことがございまして」

「何か妙なことを言っていたか?」


 思い返してみても、最期の言葉以外は特に変なことは言っていなかったと思うが。


「ガイウス様は気になさっていないようですが、あの男はガイウス様のことを忌々しいと言ったのですよね?」

「ああ、言っていたな。だが、それは俺のことを噂で耳にしていて厄介な奴だと思ってたからじゃないのか?」


 王立騎士団は活躍が公表されるので、各部隊の隊長は全員が名前を一般人にも知れ渡っている。

 特に第一部隊はやたらと戦地に駆り出されるから、嫌でも耳に入ってきただろう。


「私には、どうもそれだけではないような気がします。わざわざガイウス様をフルネームで呼んでいたのも気になりますし」

「そう言われると、確かに何故フルネームで呼んだのだろうな」


 フルネーム呼びに何か意味があったのだろうか?


「フルネーム呼びはリーリエ家であることを強調したかったのではないでしょうか」

「強調……?」

「はい。ガイウス様がリーリエ家であることを、リーリエ家こそが忌々しい相手だと強調したかったのではないかと推測します」


 なるほど、そう考えられないこともない。

 だが、理由は何だ?


「エルフ族の女性が人族、それも貴族の男に嫁いだからか?」

「フェルディナンド様の存在もあったのかもしれませんね」


 もしそれが理由でリーリエ家を恨んでいたのなら、「森の解放」は思想教育が行き届いているみたいだな。


「まあ、理由が何にしろリーリエ家を恨んでいたというのなら、奴がフェルに呪いをかけた可能性もあるな」


 何らかの方法であの男が今も生きているとするなら、奴が呪いをかけた犯人とみて間違いないだろう。

 もっとも、奴が生きているという確証は無いが。


「ガイウス様、その呪いのことなのですが――」

「ふわぁあ……」


 急に、強烈な眠気が襲いかかった。

 でかい欠伸をしたせいで、父さんが何か話そうとしたのを遮ってしまった。


「……すまない」

「いえ、大丈夫ですよ。普段ならルカはとっくに寝ている時間ですから、眠くなるのも仕方のないことでしょう」


 話し込んでいたら、いつの間にやら子供は寝る時間だったようだ。

 俺の意識的にはまだ眠くなるような時間ではないのだが、身体はこの時間に寝るのが習慣づいているらしい。


「申し訳ないが、今日はもう休ませてもらう」


 眠い目を擦りながら言うと、父さんはにこやかに微笑んだ。


「はい。気になることがあれば、また明日にでも」

「明日は家にいるのか?」

「しばらくはこっちで研究を進めるつもりです。ガイウス様にまだ伺いたいこともありますし、情報収集はここにいてもできますから」


 情報収集は王都にいた方がしやすいと思うのだが、ここにいても情報を得られる伝手があるのだろうか。

 俺としても色々と聞いてみたいことがあるのだが、そろそろ眠気を我慢するのも限界が近い。


「1人で部屋に行けるかい?」

「ん……大丈夫、だ」


 その時、身体が宙に浮く感覚がした。


「え!?」

「無理は禁物だよ。ルカは私が部屋まで送ってあげよう」


 父さんの顔がやたらと近い。

 どうやら、俺は彼に抱きかかえられているらしい。

 呼び方も、「ガイウス様」から「ルカ」に戻っていた。


「お、下ろしてくれ!」

「ハッハッハ。ルカはしばらく見ない間に大きくなったなぁ!」


 さっきまでの真面目な顔はどこへやら。

 完全に息子にデレデレの顔をしている。

 父さんは親バカだったのか……。


「言っておくが、父さんはルカに会える時間が短いからこうやってスキンシップをとってるわけで、決して親バカじゃないぞ?」


 突然抱き上げられて若干引いてる息子に、頬ずりしてくる人が何言ってるんだよ。

 精神年齢28歳に、これは拷問じゃなかろうか。


「さあ、部屋で休もうね」


 下ろしてくれる気はさらさら無いらしく、俺は父さんに抱かれながら部屋へ連れていかれた。

 もはや眠気でどうでも良くなってきた俺は、結局それ以上抵抗することなく大人しく運ばれたのだった。

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