第7話 元悪徳貴族、戦う?

 小さな村だからか、集会場を出てすぐに母親とレッドベアーの姿を確認できた。

 俺は建物の陰に隠れ、様子をうかがう。


「はぁ!」


 母親がレイピアでレッドベアーを素早く突く。


 ――キンッ!


 レイピアはレッドベアーの腹部に当たったものの、簡単に弾かれてしまった。


「くっ!」


 母親が悔しそうに顔を歪める。


 レッドベアーの毛は硬く、鉄の剣程度では簡単に弾き返されてしまう。また、魔術に対する防御力も高く、中級魔術でようやくかすり傷が与えられるといったくらいには頑丈だ。

 それに加えて、普通の熊と同じように鋭い牙と爪を持ち、より発達した筋肉を使って繰り出される一撃は時に鎧をも破壊する。

 使ってくる火属性の攻撃魔術は初級のものだけだが、身体強化の魔術を使ってくる個体もおり、それによってただでさえ強力な物理攻撃がさらに強化される。

 攻守ともに最強クラスの魔獣であり、かなりの手練でなければ1人で戦って勝てる相手では無い。


「母親の動きも悪くないが……かなり押されているな」


 レッドベアーに有効なのは、毛に触れることなく攻撃が与えられる武器だとされている。

 母親が使うレイピアはこの条件に当てはまり、また母親自身かなり扱い慣れているようで、無駄の無い洗練された動きでレイピアを振るっている。

 しかし、レッドベアーの反応も早く、ギリギリで避けたり、当たりどころをずらしたりしているため、今のところダメージが与えられている様子はいない。


「はぁ、はぁ」


 母親が肩で息をし始める。

 対するレッドベアーは低い唸り声を上げ、隙をうかがっている。

 明らかに母親の方が疲弊していた。


「このままだと負けてしまうな。何か、アイツの気をそらせることができれば……」


 手近にある石でも投げつけて、こちらに注意を引きつけるか?

 いや、ダメだ。俺が逃げ切れない。

 それに怒ったレッドベアーに暴れ回られたら、あっという間に村は全滅する。


「……やっぱり、使うしかないよな」


 俺は意識を集中させ、右の掌に魔力を溜め始めた。


 自分が起こしたい現象を強くイメージし、身体の一点に魔力を集めて放出することで、その現象を引き起こす。

 これを『魔術』と呼ぶ。

 この世界において全ての生物は魔力を有しているが、魔術を使うのは人や魔獣のみと言われている。

 一見すると簡単そうに見えるが、魔術に用いる魔力量によって威力や効果の大きさが異なるため、うっかり大量の魔力を放出してしまうと魔術が暴走し、周囲に甚大な被害を及ぼすことがある。

 また、体内の魔力量は個人差があり、自分の魔力量を把握していないと魔術の発動に魔力を消費しすぎて魔力枯渇を引き起こす。

 魔力枯渇とは、自らの体内にある魔力が一度に著しく減少する、あるいは残りの魔力量が0に近づいた際に起きる身体の異変を指している。

 軽度でも激しい頭痛に襲われ、更に酷くなると気絶し、最悪の場合は死に至ることもある。

 魔術を使うなら必ず自らの魔力量を知り、魔力を使いすぎないように調整する感覚を身につけなければならない。


 俺は今の自分がどれだけ魔力を持っているのか知らない。

 生まれた時に魔力量を測られるためルカは知っていたと思うが、あいにく記憶が無い。

 体内に流れる魔力を感じ取ることで大まかに測定することもできるが、そんなことをしていたら母親が殺されてしまう。

 ぶっつけ本番で、やるしかない。


「せめて暴走しないでくれよ……!」


 俺は慎重に魔力を溜めた。

 母親がレイピアでレッドベアーに向かって突く。

 レッドベアーはそれをあっさりかわすと、鋭い爪で母親を引っ掻いた。

 母親はその攻撃をギリギリでかわしたが、体勢が崩れてしまった。

 レッドベアーがその隙を見逃すわけがなく、母親に向かって追撃を加えようと突進してくる。


「今だ!」


 俺は溜めていた魔力を放ち、魔術を使う。

 すると、レッドベアーの足に植物のツタが絡まった。


「グォォ!?」


 重心が前にいっていたレッドベアーは、足に絡まるツタによりバランスを崩し、そのまま地面に倒れ込む。

 母親は驚いた顔をしたが、それは一瞬だった。

 すぐさま体勢を立て直すと、彼女は倒れて無防備になったレッドベアーの腹にレイピアを突き刺す。

 そして、即座にレイピアを伝うようにして魔術で電撃を放った。


「グ、ガァァァ!」


 レッドベアーが悲痛な叫びをあげる。

 必死にもがこうと手足をばたつかせているが、痺れてそれ以上は動けないようだ。

 次第にレッドベアーの動きが小さくなっていき、電撃を流し始めて数十秒後、ようやく動かなくなった。

 母親はピクリともしないレッドベアーからレイピアを引き抜くと、トドメにその頭を貫いた。


「やったか?」


 影から覗くと、母親がレッドベアーの生死を確認していた。

 深いため息をついたところを見ると、恐らく死んでいるのだろう。

 俺も安堵のため息をつく。

 そして、冷静になって、今自分が不味いことをしたのに気づいた。

 勝手に集会場を抜け出たのがバレたら、俺が魔術を使ったこともバレる。

 母親は誰かが魔術でレッドベアーを転ばせたことに感づいているみたいだから、抜け出していた俺が魔術を使ったと思うはず。

 だが、恐らく……いや、確実にルカは魔術を習ったことが無い。

 そもそも5歳で魔術を習っているのは裕福な家庭で、かつ子供を魔術師にさせようとしている親を持つ子供くらいだ。

 普通の学校でも魔術は教えないし、自力で覚えようとしても初級魔術一つ身につけるのに3~5年はかかると言われている。

 そんな魔術を習っていないはずの子供が魔術を使ったなんて知れたら、どんな面倒事に巻き込まれることやら。


「バレる前に戻ろう」


 来た時同様、コソコソと建物の陰に隠れて俺は集会場へと戻った。




「……これは」


 隠れて移動していた俺は気づかなかったが、その時、母親はレッドベアーの遺体を調べていた。

 その遺体の巨大な足に絡みつく、植物のツタ。


「一体誰が、こんな魔術を……」


 魔術を使って狙い通りに植物のツタを敵に絡みつかせるのには非常に高い技術がいる。

 止まっている相手に対しても難しいのに、動き回る敵にこの魔術を当てられるのは実戦経験豊富な者だけだろう。

 ルカの母親――マーラですら、このように敵の動きを制限する魔術を上手く扱うことはできない。

 さらに、ルカは知らないことだが、この村にはまともに魔術を扱える人間がルカの両親くらいしかいないのだ。


「彼が帰ってきたら、相談した方が良さそうね」


 母親はレッドベアーの足からツタを取り、険しい顔でそう呟いた。

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