第二章 その男、神に近付き過ぎた者につき。

第二章・プロローグ 紆余曲折あって、こうなった


「……どういうこった」


 俺は現在進行形で起こっている事態を目の前にして、呆然と呟いた。


 空は雲一つない快晴。燦々さんさんと降り注ぐ太陽の光が、俺達をやんわりと包み込んでいる――のだが。


 俺が居る空間は、それを真っ向から全否定していた。



「――ぬぅおおおおおおおおんっ!!」


 前方。その背丈、優に3メートル近くあるであろう禿頭の大男が大地を踏みしめ、その巨躯に似つかわしくない小さな剣を猛然と振るっていた。


 男の剣は斬るという概念を捨て去っているのか、当たらずとも横に薙いだ風圧だけで地表の砂は巻き上がり、近くに居た普通サイズの大人が玩具おもちゃの様に宙を舞う。


 そんな暴力に、勇敢にも立ち塞がる戦士が一人。


「…………」


 しかし、その戦士の風貌は――お世辞にも引き締まっているとは言い難く。


 たるみ切った体は、余計に大男の精神を触発してしまう。


「ええぃ、邪魔よ!!」


 一挙手一投足が周囲に影響を及ぼす大男から、完全に刃をお飾りにしている剣が振り下ろされる。

 

 剛腕から放たれる鉄槌の如き一撃は、たるんだ戦士を易々とほふると思われた。



「――おっと」



 ガキィィィン!! という破砕音にも似た鉄同士の衝突が大男の暴力を制止させる。


 見れば、脚を少し沈ませながらもたるんだ男の剣は超威力の一撃を受け止めていた。


 自身の一撃が止められた大男は驚愕に目を見張る。


「……ほう、貴様は他の奴に比べれば骨がありそうだな」

「……まだ本気じゃないんでしょう?」

「……欲しがるか。気に入ったぞ、最近はどうも退屈していた……全力で手合わせ願おう」


 大男は怪しく微笑むと、途端に冷徹な殺気をまとった。


 たるんだ戦士はその圧力に一瞬怯む――すかさず、大男の丸太の様な脚から強烈な蹴りが叩き込まれる。


 大男にとってはただのロ―キックに過ぎないのだろうが、そのサイズは常人の体の大きさとほぼ一緒だ。なすすべなく、戦士は枯れ枝の様に体を折られて吹っ飛ばされる。


 その蹴りの威力たるや凄まじく、戦士は水切りの様に三度地面をバウンドし、壁へと爆砕音を立てて激突した。


 パラパラと頭に降りかかる壁の破片を払いもせず、すぐさま戦士はよろめきながら立ち上がる。


「の、ヤロ……っ」

「期待外れも良い所だな、わっぱ。これが実践というものよ、剣を使う事だけを闘技とは言わん。……そんな事も理解できないとは、そのステータスはただの飾りか?」

「くっ……」

「さあ、俺に本気を出させるんだろう?」


 大男は挑発的にちょいちょいと指を前後に振る。


 戦士はそれに呼応して、弾丸の如き速度で大男に突貫し、大男もまたそれを待ちわびたと言わんばかりに真っ向から受け止め、周囲に剣同士の衝突の余波が広がっていく。



 異次元の極み。


 人外の極み。



 第三者からはそうとしか捉えられなかった。


「やったれやー!!」「おい、他の奴らもっと頑張れよ、張り合いねーじゃねーかー」「テメェ負けるなコノヤロー!! 全部突っ込んでんだぞオラーーー!!!!」


 おまけに、観客ギャラリーが野次を送り、更にボルテージを高めていく始末。



「……帰りたい」



 ……もう、何だか付いていけそうにない。


 気付けば、頬に一滴の雫がつーっと伝っていた。



「……本当、どうしてこうなった」




 ――ここは目的地、カプア。


 海路、陸路と揃った、貿易の拠点とされている街。


 そんな街で、俺は絶対に握る事は無いと思われた、何の変哲もないを片手に。


 街の中央部であり、シンボルでもある巨大な円形闘技場コロッセオにて。


 屈強な男共に混ざり、剣闘士大会に参戦していた。

 

 


 

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