第4話 固有スキル・『童貞』


 ――広い空間に、互いに打ち付け合う様な剣戟の音色が断続的に響く。


「フ……ッ!」

「やあああっ!!」


 古代ローマの闘技場コロッセオを踏襲した様な円形状のリングの中央には、若いが少々太り気味な男女が二人。


 女の手には、優に2メートルを超す――確かツーハンデッドソードと言ったか――大剣が。


 男の手にはその半分――全長1メートルほどのRPGで良く見るノーマルな長剣が握られていた。


 二人ともそこまで体格が大柄な訳では無い。にも拘(かか)わらず、巨大な剣を事も無げに振り回す姿とそれを1/2の剣で難なく受け流さずにといった攻防は、傍目からは異質の一言に尽きた。


 なおも剣戟は二秒と間隔を空けずに続く。


 剣の大きさと重量をかんがみればどう考えても異常――だが、その違和感に気付く者はこの場には居ない。


 ――たった一人、その輪から離れた場所で観戦している第三者じぶん以外は。


「はぁ……」


 重苦しい溜め息をく俺――おおかみ紘希こうきは、チート持ち連中らの模擬戦を何をするでもなく、壁際に座ってぼんやりと眺めていた。




 さて、早いもので召喚されてから一週間が経過しようとしている。


 俺達は召喚されてから、ここ――ギルドが冒険者達に解放している離れの訓練場で、こうやって職業クラスごとの戦闘スタイルを染み込ませる事に没頭していた。


 因みにあそこで戦っている二人の職は、ちょっと太り気味の女の方が『剣士』で、今時ラノベにも居ない典型的オタク容姿の男の方がそれの裏職である『勇者』だ。『剣士』は刀剣類なら基本的に全て扱えるらしいので、大剣だろうがナイフだろうが何でもござれ。そういう意味では最も自由度が高いと言える職だ。


 そして、そいつが今回の『当たりくじ』を引いた奴だ。俺も見せてもらったが、ステータス値オール平均7倍越え・スキル充実・固有スキル多めと驚異的なチート補正がかかっていた。俺のチートは全部あのデブに持っていかれたんじゃないか? と疑う程に。


 

 対する俺の職業クラスは――前回のステータスを参照してくれ――ありきたりな『魔導士』だ。


 それでいてステータスはチート補正がかかってないに等しく(厳密には冒険者平均を超えてはいるので、全くのゼロという訳では無いのだが……)、無駄にピーキーで戦闘に使えない所だけやたら高い。


 悪意しか感じられない攻撃力0に、何故か魔法攻撃力より高い魔力、ぶっちゃけ使いどころが見つからないゴキブリ並の生命力、魔導士のクセに攻撃魔法が1個も無いスキル欄、そして謎の固有スキル。


 まあ、前半4つは良しとしよう。問題は後半2つにある。


 まず攻撃魔法が1個も無い事について。まさかの魔導士なのに攻撃魔法使用不可という、もしもパーティーを組んでいたら即行で捨てられていただろう。いや、そもそもパーティーに入れないか。


 だが、こちらの方は解決策が無い事は無い。単純に攻撃魔法を覚えてしまえば良いだけなのだから。ただ覚えるまでにどれだけレベルを上げれば良いのかは知らんが。ただその前にレベルが自力で上げられない状態なので、暫くは寄生プレイに頼る事になりそうだ。


 もう一つの道としては付与特化の魔導士としてサポート専門に回る事だ。困った事に付与魔法だけはいっぱいあるので、使い捨てされる事は無いと願いたい。



 本命はこっちだ。謎と恥辱にまみれた固有スキル――その名も『童貞』。



 ……せめてステータスから隠す方法が欲しい。


 用途は一切不明。ギルドにあった蔵書も漁ってみたが、詳細はおろか『童貞』なんてスキルはどの書物にも載っていないのだ。


 そして一番驚いたのが、俺以外の召喚者の中に『童貞』のスキルを持っている奴が居なかったという事だ。


 ……チートを持ってるなら別に普通かと思うか?


 ……確かに独自スキルを持っているのが三、四人居たって不思議じゃないが……それにしたっておかしいだろう。


 単なる俺の偏見かもしれないが、オタクなんて8割方は童貞だと思っている。更に聖地となれば童貞率及び処女率は計り知れない。


 単純計算で、100人なら80人は最低でも該当する計算だ。


 にも拘わらず、俺だけがこのスキルを持っている。


 チート補正の代わりだと言うなら、これはあまりにも残酷過ぎやしないか。こんな身分証なんて誰にも見せられんぞ。「うっわカワイソーwww」とかいう目ぇされるよ絶対。


 ……あれ、いつの間にか俺が童貞という前提で話が進んでるな。いや、間違っちゃいないんだけども。


 一応、改めて言っておこう。


 俺は童貞です。


 ……分かり切っているだろうから先に進もう。俺は仕事で失敗する前はノリノリで突っ走りまくってたって話はしただろう。実は学生時代もそうだったのだ。


 中高一貫校で男子校だったのも相まって、甘酸っぱい青春なぞ男まみれの部活や勉強に費やした。


 なら大学があるだろ、と皆は言うだろう。しかし、言うは易く行うは難し。


 ここで男子校の諸君には言っとくが、大学入ったら彼女できるとか思ってんじゃねーぞ。夢なんて最初の一か月だけしか見れんわ。バラ色のキャンパスライフを過ごせる奴なんざ顔面偏差値高いイケメン共だけだよ馬鹿。俺の先輩達も皆そうだったんだからな。無駄に夢見るだけ後悔するぞ。


 共学と女子校の諸君にも言うが、男子校にイケメンなんて存在しないから。時々イケメンは居るが、そうでなくとも男子校生徒全員下ネタで出来てるから。付き合ったら幻滅するぞ、小学生レベルの下ネタを嬉々として言う姿に。


 話が逸れたが、大学の方でも研究と大量の課題を消化していく日々だった。しかもサークルとかにも特に入っておらず、合コンなんて誘われもしないので、女が寄って来る気配は少しも無かった。


 ……まあ、当時の俺は彼女なんて要らないとか思っていたせいもある。今となっては過去の自分をぶん殴ってやりたい。割と職場の同年代が次々と結婚していくと、何故か焦りが生まれるのだ。


 そんなこんなで29年間彼女無し。純粋培養の童貞が見事に出来上がった訳だ。



 本題に戻ろう。とにかく、『童貞』とかいうふざけた固有スキルを持っているのは俺一人だけ。使用方法も分からないので対処の仕様も無い。『固有スキル』という程だから、俺に何かしらの影響を与えるものなのだろうが……。


 しかし不思議な事に、その他のスキルの使用方法は何故か理解しているのだ。


 ルカの説明によると、スキルは「蓄積した知識と経験の塊みたいな物」なんだそうな。つまりスキルは知識そのものであるから、使用方法は教えられずとも分かるらしい。


 逆に固有スキルは生まれつきの才能や体質に依存しているそうだ。


 だが「才能を自覚しているか?」と聞かれると、大抵は答えられないだろう。それと同じで固有スキルの用途が不明なんて事はままある様で、死に際になって初めて発動したものもあるらしい。


 だからもし同じ固有スキルを持っている奴に会ったら、使用方法を教えて貰う事がこの世界での鉄則となっているそうだ。


 俺の『童貞』は文献にも載っていない辺り、この世界の住人が『童貞』を持っているという可能性は排除して良いだろう。


 では、召喚された人間ならどうか。まず探し出すのが困難だが、「ここらで一番強い人は誰ですか?」と尋ねればどうにかなるかもしれない。しかし、万一異世界人を見つけたとしても、ここの召喚者達と同じく『童貞』を持っているとは限らない。望みはかなり薄いと考えるのが妥当だ。



 よって、諸々の手を潰した結果。



 最終的に自分で使い方を見つけた方が明らかに速い、という結論に至った。



「……はぁ……」


 ……道のりは相当険しそうだ。


 ぶっちゃけ言うと、最悪、『童貞』の謎は年単位で先延ばしになっても良い(隠す事とはまた別だが)。何かしら戦闘で役立てないものかと調べてみただけだ。


 今は何でも良い。これから生き抜くためのものが欲しい。『童貞』の謎はそれの延長線上に過ぎない。


「……って言っても、そんなどこにでも転がってるもんでも無いよなぁ……」


 ふう、と俺はまた一つ虚空に溜め息を吐き出す。


 ……取り敢えず、今は頑張る事以外に方法は見つからない。


 仕方なし、地道にやっていくとしよう。


「いやはや、全く参った参った……」


 気が重くなるのを感じ、俺は壁に頭を預ける。


 ふと見上げると、そんな俺の隣に先程の女剣士とは対照的にスレンダーな女性が立っていた。


 女性は奇妙な物を見る様な目を俺に向け、


「……さっきからぶつぶつ何言ってるんですか? 気持ち悪いですよ」

「……いつの間に来たんだ? 小鳥遊」


 拳銃を指先でくるくるともてあそびながら話しかける小鳥遊に、俺はよっこらせ、と重たい腰を上げる。


「射撃の方はもう良いのか?」

「ちょっと休憩です」


 汗で張り付いてしまった茶髪を掻き上げ、背中を壁に預けながら小鳥遊は答える。


「調子はどうだ?」

「まあまあですね。固有スキルにあった『集中』のおかげで精度は上がってきてるんですけど」


 そう言って、小鳥遊はもう片方に持っていた水筒の水を一気に飲み干した。


 小鳥遊の固有スキル『集中』は、極限まで集中力をしぼる事で命中精度を上げるという、ここでは比較的メジャーなスキルの様だ。


 しかしその効果は凄まじく、ベテランの冒険者ともなれば周囲の景色が止まって見えるらしい。百発百中を実現する事も難しくはないそうだ。


 では、それをチート持ちの召喚者がやるとどうなるか。


 答えはこうだ。


 小鳥遊はおもむろに拳銃を水平へと持ち上げ、俺達の真向かいの壁面にある弓道で使われる様な的に適当に狙いを定めた。



「あそこの的の中央にやっと当たってきましたね」



 直後、炸裂音が訓練場に反響した。


 突然の事に俺は思わず肩をビクつかせる。


 一方、小鳥遊は平然とした態度で銃口から立ち昇る硝煙をふっとかき消し、目を細めて遠くの的を確認する。


「……ちょっと逸れましたね、2センチ弱くらい。やっぱり魔力で射程距離伸ばすと精度が甘くなるか……」

「……あんな所に当てられるのかよ」


 対面の壁面にある的……字面で見ればさほど難しくない様に思えるかもしれない。


 だが、小鳥遊と的は少なくとも100メートルは離れており、その間には十数人の召喚者達が模擬戦を繰り広げている。更に言えば、的の中心はビー玉くらいの大きさしかなく、ここからは視認すら出来ないのだ。


 そんな所を、誰かに被弾する事を恐れず、なおかつ針の穴を通す様な精密さで命中させた。


 ……同じ人間なのか、こいつは。


 俺はゴッ、と強めに後頭部を壁にもたれさせる。

 

「……天は人の上に人を作らず、って馬鹿な事をほざいたのは誰だったっけか」

「福沢諭吉でしょう?」

「一万円札になってる人がそれ言ったって全く説得力が無いよなあ」


 そんな事を口に出来るのは本当の強者だけ。


 生まれながらにして、格差というモノは絶対的に存在し、だからこそ世界は回る。――いわば、理不尽というのは『必要悪』なのだ。


 ……しかし、そうは言っても。



「酷くないか?」



 居やしない、天とやらに向かって愚痴をこぼす。


 他の召喚者との境遇の差を間近で見せられ、俺は嘆かずにはいられなかった。

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