迷宮の解放

01

 街の防衛戦で見慣れた戦場を通り過ぎ、なお五分程進むと心持ち登りの傾斜になった。定期的に集団が移動しているからなのかみちができている。さらに十分、登りが終わるとはっきり判る下り坂になった。

 物見櫓からは目視で十数キロ先まで見通せるように感じられたが、実際には発見から接敵まで三十分とかからなかったカラクリがわかったのだ。


「なるほど、見渡す限りの荒野はこういう仕組みで表現されていたのですね」


 奥行きを広く見せる工夫があったとしても、縮尺十分の一とはいえ柱のない空間というのはかなり高い技術力である。南門の向こう、街へ追い立てられたスタート地点から街までかなりの距離があった気がしたが深い霧の中何かしら錯覚させる仕掛けがあったかもしれないが、ざっと計算しても実測で奥行き一キロ以上、横幅が仮に街の幅以上なかったとしても幅二百メートルの空間が地下に広がっているのだ。

 そのまま歩き続けて十分、やがて絵に描かれた塔が見えてきた。遠くから見ると実際に存在しているように見える緻密な塔は背景まで精細に描き込まれた壁面に描かれている。その塔で唯一本物なのが大きな金属製の扉だった。冒険者たちが念のため周囲を探索して見ると隠し扉シークレットドアが二ヶ所に存在し、怪物の足跡はその二箇所から続いているのが判る。

 九人は塔の前で周囲を警戒しながら話し合うことにした。隠し扉の方はどうやらこちら側からは開けられないようになっているようなので塔の扉から入ることは決を採るまでもない。扉には鍵穴はなく、サスケが念入りに調べた結果少なくとも扉自体に罠が仕掛けられていることはないようだった。


「しかし……あからさますぎて相手の罠ですよね、コレ」


「だろうな。しかし、我々には先へ進む以外の選択肢はないぞ」


「ですね」


 話し合いといってもすることはすでに決まっていた。これはそれぞれの覚悟を確認する作業だったと言っていい。もちろん誰一人覚悟の決まらなかったものはいない。

 観音開きのその扉をコーとジュリーが慎重に開けると味気ないコンクリートの閉鎖空間で、正面に下り階段があるだけの埃っぽいエントランスホールがあった。階段は三人が並んで通れるほどの幅がある。


「隊列を考えなければいけませんね」


 ゼンがクロに提案すると彼はメンバーの顔を見回して選抜する。

 先頭は実力ナンバー2のヒビキと完全武装のジュリー、二列目は右からサスケ、クロ、シュウト、三列目にレイナとゼン、殿しんがりはコーとロムが務めることになった。


「さすがですね」


 と、階段を降りながら用意してきたランタンを持ったゼンがつぶやく。


「隊列のことか?」


 と後ろからコーが声をかけるとゼンが嬉しそうに解説を始めた。

 その饒舌さにコーが辟易とする様子にレイナとロムが目配せしながら苦笑するのをシュウトが鋭い視線で振り返る。クロはそれに気づかないフリをして薄暗いランタンに照らされた通路のさきを警戒していた。

 程なく扉が行く手を塞ぐ。


「警戒する必要はないでしょう。推測ではありますが、この地下迷宮ダンジョンも我々が拉致されたミクロンダンジョンと同じコンセプトで作られているのだと思います」


「とすると、中に入ると戻れなくなるってことだな?」


「楽観視はできないと思うんだけどなぁ」


 ゼンとジュリーの会話にロムが割り込むとヒビキも同調する。


「油断させるのは奇襲の常套手段だ。思い込みは致命的な失敗を生み出す」


「……そうでしたね」


「でもまぁ、油断させるためには布石が必要だ。ここはゼンの意見に乗っていいと思うぞ」


「オレもコーの意見に賛成しよう。少なくともここは問題ない」


 クロが最終的に決断を下した形になり、その間に扉を入念に調べ上げていたサスケが罠のないことを確認したことでジュリーが扉を開けることになった。

 鉄扉てっぴの軋む音が響き押し開かれた扉の向こうが姿を現わす。そこは小さな部屋になっていて右手に木の扉が一つ、予想通りそこはミクロンダンジョンのセオリー通り最初の小部屋セーフティルームとなっていた。

 サスケのマッピング準備が整うのを待って冒険者は先へ進む。やがて通路が丁字路に着いた。右手は通路がまっすぐ伸びているが左は光の届いているうちにさらに左折している。


「どっちに行く?」


 ヒビキが左を警戒しつつクロに訊ねる。クロは眉間にしわを浮かべたあと隣のサスケの手元、フロアマップに視線を落とす。


「拙者に任せてもらってよいでござるか?」


 それに気づいたサスケの提案をクロが受け入れ、彼らのフロア攻略法に乗ることになった。まずは通路の探索である。途中の扉は全て無視して確認できる範囲でフロアの全体像を把握する。それによって扉を開けずに幾つかの部屋が地図上に浮かび出す。ちなみにランタンオイルはゼンによっておおよそ一時間で使い切る量に調整され時間を測るのに使われており、この作業にざっと一時間半がかかっているのが確認されている。


「大迷宮ですね」


 ゼンがつぶやく。地図を囲むのはクロとサスケそしてゼン。他のメンバーは念のため周囲を警戒している。


「こことここは先に進む余地のない部屋、ここはこっちと続いていそうだな」


 クロが地図上を指差す。


「ええ、ここは空間スペースから見てトラップの仕掛けがある場所でしょうね」


 これまでの探索で二箇所で落とし穴ピットが一箇所で仕掛け矢の罠が仕込まれていたがいずれも無難に回避してきた。


「先に進めそうな扉が二箇所か」


「拙者は試しにこのどちらかを開けてみることを提案したい」

 と、閉鎖空間になっている二箇所を指し示す。


「なるほど、仮に戦闘が行われるとしてオレたちの連携が取れるか試しておくのは悪くない」


「であれば中が広そうなこちらをお勧めします」


 扉は鍵がかかっていたが十分の一世界ということもあり複雑な仕組みではなくサスケがピッキングすると二、三分でかいじょうに成功した。

 道すがら中に入る手順を確認していた冒険者は、ジュリーが合図とともに開けた扉に次々飛び込んで行く。

 光源であるランタンを持っているゼンが部屋に入り、室内が照らされたことにより明らかになったのはそこには何もなかったということだった。しかし、彼らが気を抜いた次の瞬間、ガタリと音がしたかと思うと天井からコボルドが五体降ってきた。コボルドは俊敏な身ごなしで着地すると一斉に吠え、近くの冒険者たちに飛びかかってき。一体は突然の出来事に硬直したジュリーに、二体がシュウトに向かい残りの二体はクロとゼンに狙いをつけている。

 不意を打たれたジュリーはとっさに顔をかばった左腕に噛み付かれたが、そこは完全武装の恩恵でしっかり受け止め、この日のために刃を研いだショートソードで胴を抜き打ちにいで振り払う。そこにサスケがこちらも刃を研いだ脇差で頚動脈を切り裂くとコボルドは盛大に血飛沫をあげてどうと倒れた。

 二体に同時に襲われたシュウトだったが星球式槌矛モーニングスターを振り回すことでひとまず牽制し、二体と対峙する。その隙をついてヒビキが一体の後ろから自分の身長ほどの槍で突き込み致命傷を与えると、隣のコボルドがヒビキに反応した隙をシュウトは見逃さず残る一体の頭を星球で砕き潰した。

 クロは冷静だった。ジュリーから譲り受けた真剣をすらりと抜き放つと一刀の許に真っ向袈裟懸けで切り伏せると彼の技量は真剣の性能を遺憾なく発揮したのか、まさに真っ二つにコボルドを両断した。

 狙われたゼンは情けなくも頭を抱えてしゃがみ込む。それをフォローしたのは隣にいたレイナと長柄の武器である棍を持っていたロムであった。とっさにロムが相手の喉に突き込み、痛みにうずくまろうとしていたコボルドの下がったうなじ辺りにレイナのレイピアが食い込む。見事な連携であった。互いに目配せをしたわけでもジュリーとサスケのように連携慣れしているわけでもないにも関わらずだ。


「助かりました」


「なんのなんの」


「オレは出番がなかったな」


 コーがぼやく。


「戦わないで済むならその方がいいと思うけど?」


「確かにレイナちゃんのいう通りだ」


「一人でも戦えた」


 シュウトがヒビキを睨む。


「判ってる。効率の問題さ。戦いなんてとっとと済ませた方がいい」


 とヒビキは受け流す。シュウトはあからさまに舌打ちをして足元に倒れているコボルドの骸を蹴飛ばした。


「ヤバイな、部屋にモンスターを仕込むのはRPGのセオリーだけど、現実世界では生き物を閉じ込めておくなんてなかなかできるもんじゃない」


「それをような手段で解決するとは拙者も思いつかなんだ」


「秘密基地的なだからできる手段でしょうね」


 ジュリーたちが場違いにもRPG談義をしているのを呆れた顔で眺めるロムがいた。


 冒険者はその後もう一つの独立した部屋と連絡通路で結ばれているだろうと見られる部屋を無視して、残り二つの扉を探索することにした。最初に開いた扉の中は倍くらいの広さがあり、最初に開いた扉と同じ仕掛けで今度はコボルドが八体降ってきた。それを前衛五人で退ける。コボルドであれば何体来たところで敗けはしないだろう。

 もう一つの扉を開けるとその先は通路が伸びていた。彼らは再びマッピングのために歩き回ることになる。探索中一度、後ろからケルベロス一体に襲われたが、コーとロムが協力して難なく倒した。そして扉が三箇所、どの扉を通っても先が広がっているのが予想された。

 冒険者は三箇所の扉の中で一番近いものを選び開けることにした。扉はそれまでの扉同様簡易な仕掛けの鍵がかかっていたがサスケが難なく開ける。途端に部屋の中の仕掛けが動く音がして生き物の気配がし始めた。


「判りやすくていいや」


 ジュリーが呟き扉を開ける。ヒビキとシュウトが素早く中に入り、ジュリー、クロ、サスケと続く。中には八体のオークが待ち構えていた。手にはそれぞれ刃渡り十五センチ級のナイフを持っている。


「厄介な」


 口にしたのはヒビキである。彼我の得物の長さはこちらの方が長い。普段であれば何の問題もないだろう。しかし、あまり広くない閉鎖空間ゆえに懐に入られると困るのだ。特に槍のヒビキはその厄介さをもっとも被ることになる。彼女はとっさの判断で槍を手放し腰に差していた三節棍に持ち替える。

 ブンブンの風を切る音が鳴るほど振り回し、迫り来る三体を威嚇する。その隣ではシュウトが星球式槌矛モーニングスターを同じように振り回している。


「棍を止めろ」


 後ろからクロの声がする。ヒビキが素直に従うと彼女の両側面から二本の白刃が突き出され、オーク二体の胸を貫く。右の刀が素早く引き戻され、遅れて左の剣が後ろに消える。間髪入れずに正面のオークの顎を三節棍で跳ね上げると、再び刀がそのオークの喉笛に突き入れられた。

 どうと倒れる三体を踏み越えて残りのオークの後ろへ回り込むヒビキとジュリー。その動きに気を取られた二体のうち一体をクロが一閃、たちまちのうちに形成を圧倒的有利にした彼らは一気に攻勢にでる。シュウトがそれまで牽制のために振り回していたのを一歩踏み込み、勢いに任せて横殴りにオークに叩き込むとその勢いは一体目のオークの顔を砕き二体目の頬にめり込む。後ろで様子を伺っていたサスケがシュウトに迫るオークに苦無を投げ打ち、怯んだところをシュウトが星球で脳天から砕き潰す。

 残りの二体は後ろに回ったヒビキとジュリーがそれぞれ打ち倒し、この戦闘も無傷で勝利を収めた。

 サスケは手早くオークたちの持っていたナイフを回収すると、一行はもう一つの扉の先を進む。それなりに複雑な通路の迷宮は探索し残してきた一つの部屋と別の扉で繋がり、もう一つ新しい扉を発見して行き止まった。


「さて、どの扉を開けましょうか?」


 目の前には今発見したばかりの扉がある。開いていない扉はここを含めて四つ。そのうち二つは同じ部屋への出入り口であることがサスケの描いたマップから明らかであった。


「ここが部屋なのは地図を見て判るな」


 コーが地図を覗きながら言う。


「ええ」


 ゼンも頷きクロを見た。


「どうします?」


 クロは腕を組んでむむと唸る。ゼンが決断を促すように語りかける。


「我々の現在の目的は迷宮探索です。迷宮の全容を調べると言うならしらみつぶしに扉を開けることもやぶさかではないのですが、本来の目的は迷宮の先に何があるのかを調べることだと思います。このダンジョンアタックで可惜あたら神経と体力をすり減らすのは得策ではないと思いますが……」


「てことはゼンはここかもう一箇所の扉の二択で考えているってことか?」


 ジュリーが言葉尻を濁したゼンに問いかける。


「でも、もう一方の扉に行くとしたらその部屋を通るのが近道じゃない?」


「レイナの言うことももっともだ」


 ヒビキが地図を確認しながら同意を示す。


「この扉も特殊な構造はしてござらん。少なくともここで戻ってこられぬと言う事態にはならぬと思うが、如何致す」


 クロはほとんど話し合いに参加してこないシュウトに問いかけてみルことにした。


「お前はどう考えている?」


 彼は面倒臭そうにクロを一瞥すると「戦えればそれでいい」とだけ答えた。


「お前……」


 何か言いかけたコーを片手で制してロムが発言する。


「『敵』ってやつがさ、あえてこんなダンジョンを作ったんならそれ相応の意味ってのがあると思うんだ。それを踏まえて考えてみるってのはどう?」


「なるほど、確かには何らかの意図を持って構築されています。その意図の延長線上にこのダンジョンがあるとすればダンジョンにはその謎が隠されていると考えるのが自然ですね。我々の目的がその謎解きとなれば探索しない場所があると言うのはナゾを解く鍵を取りこぼすことになりかねません」


「判った。目的をそこに絞って虱潰しに探索することにしよう」


 クロの最終決断がくだり冒険者たちはダンジョンの扉を全て開けるべく歩き出した。部屋になっていたところには全て怪物が配置されていたが、コボルドやオークは彼らの敵ではない。ほとんど無傷で戦闘を切り抜けていくつかのアイテムを手にして全ての領域を踏破した。






 比較的広い部屋に移動してもらいゼンは入手したアイテムを広げていた。アイテムはほとんどが倒した怪物からの戦利品でありナイフや硬貨、食べられるのか疑問な食料などおよそRPG世界の冒険者が身につけているだろうと思われる一般的な装備品所持品ばかりだったが、ある部屋に置かれた宝箱の中から時代がかったアンティークな鍵といかにも謎解きに使いそうな形に加工された三種の宝石なども手に入れていた。


「手詰まりだな」


「予想してましたけどね」


 広げたアイテムを右に左にと選り分けながらゼンがブツブツと呟いている。前衛組は腰を下ろして体を休め、ロムたち後衛三人は念の為に入り口と天井を警戒している。


「予想していたのか?」


「ええ」


 ゼンはいくつかの戦利品を選り分けて持って行くことを決めると質問したコーに向き直る。


「このダンジョンは相当練られた上級者向けダンジョンです。ゲームなどでは判りやすく隠し扉シークレットドアが示唆されますが、隠し扉というのは本来人を入れないための仕掛けなんですからちょっとやそっとで見つけられるようにはできていませんよ」


「どうやって探すんだい? 地道にダンジョン中をくまなく見て回るなんてごめんだよ」


 ジュリーと先頭を任されてきたヒビキは薄暗く先の見通せない迷宮探索と度重なる連戦で神経と体力をだいぶ奪われているようだった。


「いえいえ、それでも隠し扉は割と探し出せるんですよ」


「何を根拠に言っている?」


 クロが渡された刃渡り二十センチ級のダガーナイフを受け取りながら訊ねると、ゼンは得意そうにその独特の節を持った話し方で答える。


「壁の向こうが判らない場所、つまり通路の行き止まりですとか扉のない部屋の壁面などの『隠し扉の向こう側を感じられる場所』を探すんです。それだけで探す場所は半減しますよ」


「壁にあるならそうだろうけど、床に仕掛けられているとしたら?」


「ヒビキさんが隠し扉を作るとして通り道の中途半端な位置、自分でもどこか判らなくなるような場所に仕掛けますか? トラップならともかく」


「ああ、仕掛けないね」


「そういうことです」


「で? どの辺りだと思う?」


 クロがサスケを促して地図を広げる。


「壁の向こうが書き込まれていないこの行き止まり、唯一地図の辺と接しているこの部屋、あとはよく冒険者を引っかけるためにG《ゲーム》M《マスター》が仕掛けるダンジョンの入り口付近というのが探すポイントでしょうか?」


 ゼンの指摘通り、隠し扉は通路の行き止まりの床面にあった。

 壁の一部に不自然な三つのくぼみが見つかり、そこに手に入れた宝石をはめ込むと床が開いてくだり階段が現れたのだ。第二階層に降りると想定通り最初の小部屋セーフティルームになっていた。準備を兼ねて三十分程休憩をした彼らは第二階層の探索を始める。


 第二階層は第一階層とは打って変わって単純な構造で出来ていて、通路は複雑さのかけらもない代わりに扉が六つ。それが彼らを悩ませた。


「ミクロンダンジョンの規格通りならある程度第一階層の地図を参考に類推もできるのですがねぇ」


 ゼンがため息交じりに呟いた通り十分の一であったとしてもオープンセットや室内設置された規格品と違い、直接地面を掘って作られた本物の地下迷宮ダンジョンである。どれほどの空間が広がっているのか皆目見当がつかない。


「とにかく虱潰しだろ?」


「簡単に言いますけどね、ジュリー。階層一つ潜ってるんですよ」


「ああ、それはやばいな」


「どう言うことだ?」


 クロが問う。


「RPGの世界では地下に潜るほどLV《レベル》が上がるんです」


「それ端折はしょりすぎ」


 ロムに突っ込まれてゼンは説明をし直す。

 R《ロール》P《プレイング》G《ゲーム》にはレベルという概念がある。一般的には強さの数値化として認識されている物であり、主にキャラクターの成長を実感できる仕組みである。そしてこの目に見える指標がゲームを継続するモチベーションにもなる。実はこのレベルの仕組みはゲーム全体に施されていて怪物モンスタートラップなどにも適用されており、ダンジョンにおいては次の階層へ移動するということはすなわち難易度レベルが上がることを意味しているのだ。


「つまり、より強い怪物が出るってことか?」


「RPGの文脈で言えばその可能性が高いです」


「それは厳しいな」


「それだけじゃないと思うな」


 コーとゼンのやりとりに割って入ったのはロムだった。あくまでも自分の勘であると断ってからこう言うのだ。


「ゲームエクスポのダンジョンと同じ流れじゃないかと思うんだ」


「──というと?」


「あー、だからパワープレイ……だっけ?」


「なるほど。コンセプト、ダンジョンを作った作者の設計思想が感じられるのでござるな?」


「ってことはやすりょう作ってことか?」


「ジュリー、それは違いますよ」


「え? だってあのダンジョンは……」


「確かに安田良氏による設計となっていましたが、この手の仕事は大抵発注の段階で『こんなダンジョンを』と頼まれるのが普通です」


「そうか、黒幕のコンセプトってことだな?」


 ジュリーが一人で納得している横でヒビキがゼンに訊ねる。


「なぁ、そのパワープレイってのはなんなんだ?」


「戦闘ばかりが続くコンピューターゲームでよく見られるシナリオのスタイルです。ゲームとしてはプレイしている実感が湧くので子供や初心者に喜ばれるのですが……」


 RPGにおいて筋書きを先に進めるための情報収集や日常パート、全然先に進まない謎解きよりも単純明解にしてプレイに参加しているという実感を得られる戦闘は、特に初心者に好まれがちである。しかし、実際には戦闘ほど全てにおいて無駄な行為はない。現実世界では体力を消費するし時間も浪費する。まして怪我でもすると回復薬や魔法一発で治るなどと言うことがそもそもありえない。


「ここじゃそれはまさに死活問題だな」


 と、クロが言う。


「だけじゃありませんよ。油の消費具合から見てあと一、二時間もすれば夕方という頃合いです。そろそろ宿営キャンプのことも考えなければなりません」


「だが、通路で宿営というのも現実的ではござらんな」


「──っても、最初の小部屋に戻るのは早すぎんだろ」


 ここまでほとんど議論には加わろうともしなかったシュウトが珍しく自分の意見を話す。


「確かに。しかもあの小部屋でこの人数は手狭にすぎます」


「でも、死骸の残る中で寝るのも勘弁して欲しいな」


「まったくだ」


 コーに同調しつつもクロは最初の小部屋から近い部屋を順に開けていくことにした。もし、本当に彼らのいう通り『パワープレイ』スタイルの階層ならば、奥へ行くほど強い怪物が出てくるに違いない。そう断定しての決断だった。そしてその考えは残念なことに当たってしまう。


 最初の部屋にはゴブリンがいた。例によって開錠を合図に仕掛けが働き、室内をゴブリンで満たす。その数七体。疲労の見え始めたヒビキを一列下げ、代わったシュウトが迎え討つ。その嗜虐的な笑みを浮かべながら放つ攻撃は、時として隣に立つジュリーや二列目のヒビキ、クロにも及びかけるほど乱暴で無造作で、破壊力に満ちていた。

 以降開ける扉は全て怪物が送り込まれる部屋になっていた。配置されていた怪物は多岐に富んでおり、狼や蜥蜴トカゲなどの獣人や街の防衛戦で強敵だった単眼巨人サイクロプス、彼らが拉致されたダンジョンで最大の試練として現れた様々な合成獣キメラと戦うことになった。彼らは疲労による被害を抑えるため前衛をローテーションで勤め先へ進んで行く。どの部屋も開けた扉以外に出入り口はなく、冒険者たちは開けては怪物を倒し、倒しては次の扉を開けるを繰り返してとうとう最後の扉の前にたどり着いた。

 流石に連戦で息も上がり、防具のおかげで軽く済んではいるが打撲などの怪我を負っている。サスケが扉の罠を調べ解錠する間に息だけは整えて、九人の冒険者は扉の向こうに躍り込んだ。

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