第3話 朝ちゅん

 んー、ね、眠い……ゴロリと頭を傾けると布団を頭まで被ろうと手を伸ばすが、布団がない。ああ、そうかコタツで寝ていたんだな。

 ブルリと体を震わせ、起きようか迷ったけど眠気には勝てず横向きになった状態で再び意識が薄れていく。

 次に意識が覚醒してきた時、心地よい暖かさで再び眠気が俺に……手を伸ばし俺は何かを掴むと人肌と極上の枕より俺の頭にフィットする柔らかさが。

 ん、え? 人肌?

 

 ハッとして薄っすら目を開けると、肌色が目に入る。うあああ。ゆ、由宇に膝枕されてるじゃないかあ。

 このまま心行くまで膝枕してもらおうと思ったが、驚きで声をあげてしまって起きたことを彼女に気が付かれてしまう。


「……おはようございます……先輩」


 由宇は俺の声を聞くと、俺の頭の下を両手で支え床に降ろし、焦ったように俺の対面へと移動した。

 

「おはよう。由宇」

「……そ、その、寒そうにしていましたので……」

「あ、ありがとう。でも由宇は寒かったんじゃないのかな? 暖房もついてないし」

「……い、いえ、先輩が暖かかったんで……」


 正座して俯きまつ毛を震わせる彼女がたまらなく萌える。あ、朝からパンチ力が高すぎないか!


「うがいしてから、何か食べようか」

「……はい! 食パンでもいいですか?」

「持ってきてるの?」

「……はい、ここに……」


 由宇がリュックから五枚切りの食パンが入った袋とコーンスープの箱を出すとコタツの上にトンと置く。

 スーパーで買ってきてそのまんまぽいな、し、しかし、これを準備できるのにパジャマは無かったのか。準備がいいんだか悪いんだか。

 あ、ああ、夕飯はたぶん作ってくれるつもりで買って来たんだよな。その時、一緒にこれも揃えたんだ。でも夕食のことだけに頭が取られてパジャマは忘れたと。抜けてるけど、そういうところは好感が持てる。

 ちょっと抜けてるくらいの方が俺は好みだ。

 

 俺は由宇が持ってきてくれた食パンとコーンスープをキッチンまで持っていくと、ヤカンに火をかけた。

 その間に由宇と並んでうがいをして……上を向いて長い時間ガラガラするのはいいんだけど、ま、待ってくれ。

 む、胸、胸を逸らすから、中央がツンとなって見えてるう。寒いからツンとなってるのか? 色も薄っすら……

 うがいを終えた由宇が不思議そうな顔で俺を見やる。

 

「……どうかしましたか?」

「い、いや、きっちりうがいをするんだなあと」

「……変ですか?」

「ううん、ちゃんとしていていいと思うよ!」


 俺の言葉に由宇はえへへと微笑んで、口元をタオルで拭う。

 その頃にはお湯も沸いたしパンも焼けたからコーヒーも入れて、コタツにそれらを二人で運び腰を降ろす。

 

 俺は正座でゆっくりと食事をとる由宇の顔を伺いながら、パンをコーンスープに浸しながらモグモグ食べていた。

 しかし……気になっている事があるから食事を全く味わうことができず時間だけが過ぎていく。

 

「ゆ、ユウ」


 声が上ずってしまったけど、俺は聞こうと腹を括った。

 

「……なんでしょうか?」

「何か怖い目にあったのかな?」

「……どうしてそう思ったんですか……」


 分かるだろお、普通うう。とつい突っ込みたくなったけどグッとこらえて、由宇を刺激しないようなるだけ落ち着いた声色で問いかけた。

 

「昨日、何かに耐えているようだったし……俺の家に突然切羽つまったように泊まり来たわけだし……」

「……そ、そうですね……わ、私、お泊り……」


 由宇はポッと頬を朱に染めて首を左右に振って恥ずかしがっているけど、い、今頃かよ……

 ようやく落ち着いてきた彼女は、コタツの上に手をつき長いまつげを震わせる。

 

「……先輩、先輩の言う通りです。わ、私……一人暮らしをしているんですけど……」

「うん」

「……ええと、アパートの二階なんですが、右隣に空き巣が入ったんです……こ、怖くて……」


 むむ、もっと深刻な事情かと思ったけど、ストーカーとか家庭内暴力とかじゃないだけよかったよ。

 ん、なにやら由宇が耳まで真っ赤にして震えているけど、まだ続きが?

 

「……そ、それに左隣の方が最近彼氏ができたみたいでして……毎晩……」

「あー」


 アンアンしてるのが聞こえて来るってわけね。

 うーん、どうしたもんか。

 

「ユ、ユウ、あのさ……もし我慢できなくなったらうちに泊まりに来ていいから。空き巣だったら扉の鍵とか窓とかに防犯装置を取り付けたら大丈夫だと思う」

「……と、泊まりにきてもいいんですか……?」

 

 そっちだけに喰いついたあ。防犯、防犯大事よ。で、でも……昨日から由宇といてドキドキしっぱなしで……だから、

 

「あ、ああ。由宇がいいなら」

「……嬉しいです……先輩……」


 両手の指先をモジモジさせながら、うつむいたまま由宇はそう言った。だから、うつむくとだな、シャツの間から……ええい。

 俺は気になる部分から目を逸らし、コタツをトンと叩く。

 

「由宇、これからホームセンターに行かないか?」

「……はい。先輩と一緒ならどこにでも」

「キノと会うのは夕方だったよね?」

「……はい。ここから、三つ隣の駅前で待ちあわせです。私の家は一つ隣です……」


 近いなおい! こ、これは頻繁に泊まりに来てくれるフラグ? 由宇が震えたりすることが無くなったら……夜のお楽しみに突入できたりするかもしれんぞ。

 あ……不安が無くなったらここに来てくれなくなるかもしれないのか……ふ、複雑だ。だけど、彼女の安全確保は優先させないとだよな。

 

「ユウ、じゃあ準備ができたらすぐに出ようか」

「……は、はい……先輩……準備はできているのですか?」

「あ、ああ。俺はまあ着替えてそのまま出てもいいよ」

「……そ、そうですか……と、トイレは大丈夫ですか?」

「え? う、うん。大丈夫だけど」

「……で、でしたら少しだけここで待ってていただけますか……決して部屋のドアを開かないでください……」

「それは構わないけど、どうしたの?」

「……あ、あの……化粧を落として、また化粧をするので……せ、先輩に見られたくないんです……」


 そういうことか。昨日から気が動転していて、そんなこと完全に飛んでいたよ。

 俺はマジマジと彼女の顔を見ると、薄い茶色のアイライン、眉もちゃんとラインがひかれていて、頬には薄いピンク色のチーク、唇にも目立たない色だけど口紅が塗られている。


「……そ、そんなに見つめられると……」

「ご、ごめん」

「……では」


 由宇はゆっくりと立ち上がりリュックを手に持つと、俺に背を向け二歩歩いた後立ち止まって首だけ俺に向けた。

 

「どうしたの?」

「……み、見ないでくださいね……」


 そう言って眉をしかめた由宇は部屋のドアを開け、洗面所に向かう。

 

 時折響く水を流す音を聞きながら、俺はボーっと天を仰ぐ。あー、女の子と二人きりで部屋にいるってこんなに心が動くもんなんだなあ。

 いや、由宇だからこそかな。これまでゲームの中で俺が男だと思ってたとはいえ、長い時間一緒に遊んだんだものな。彼女と「ローズ」で過ごした時間は俺にとってかけがえのない楽しいものだった。

 仲のいい他の四人もそうだけど、彼ら彼女らがいなかったら俺はすぐゲームをやめていただろうな。

 あ、着替えておかないと。

 

「……先輩、終わりました」


 俺が着替え終わりコタツ戻る頃、由宇はドアから顔を出しはにかんだ。


「よっし、じゃあ行こうか」

「……はい!」


 由宇は化粧をした後に着替えてきたみたいで、昨日見た服装になっている。あ、着替えもないんだったっけ。

 防犯装置を買ったら、一旦彼女には家に戻ってもらうかあ。キノと会うところで待ち合わせをすればいい。

 

 俺の住むワンルームマンションは八階建てで、俺の部屋は六階にある。六階に決めた理由は六階以上だと蚊が来ないと聞いたからという理由で、特に高いところが好きってわけじゃないんだよな。

 むしろ、高いところは苦手だ。

 家の扉を閉めて、エレベーターで横並びになる俺と由宇……こんな当たり前の動きでもなんだか照れてしまう。

 

「……どうしたんですか? 先輩?」


 む、由宇に悟られてしまったか!

 

「あ、いや、こういうのってなんかいいなって」

「……う、うん……先輩と横に並んで……」


 カーッとお互いに赤くなる俺達。恥ずかしくなって頭をワシャワシャしようと手をあげたら、彼女の指先に手が当たる。


「……せ、先輩……」

「ご、ごめん」

「……いえ、このままで……」


 うん、手が当たったことで思わず彼女の手を握りしめてしまったんだよな。由宇はうつむいてモジモジし出したんだけど、繋いだ手に力がこもる。

 ああ、いいな、いいなこういうのお。ただホームセンターへ防犯アイテムを買いに行くだけという色気のないお出かけだけど、テンションが上がってきた!


※今回からいつも通りの長さになります!

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