第18話

 ありえない光景が広がっていた。

 部屋中ペンキまみれ?

 一瞬、そう錯覚してしまう。田沼伯父さんは、DIYがプロの大工並みにうまく、食器棚とかを自作してしまうほどだったが、部屋の壁、床、天井をペンキまみれにすることは、ありえない。

 そんなことをすれば、優子伯母さんがカンカンになる。

 しかも、赤いペンキなど、二人の好みではないはず……。

 天井のシャンデリアにスプレーでかけたような赤い飛沫がついている。その飛沫は乾いていなくて、粒が滴る。

 床に目を向けて、気づかざるを得なかった。

 血だ!

 床には、田沼伯父さんと優子伯母さんが、全身血まみれになって横たわっている。どこから血が出ているのかなと判別できない。

 肩から腹にかけて、ざっくり裂かれ、血の流出はなおも止まらない。

 床は完全に血の池と化している。

 二人の血が部屋中に飛び散り、ソファ、テーブル、食器棚。どこもかしこも、血だらけだ。


 君太の足元では、信一郎が、腰を抜かして、座り込んでいた。

 顔には恐怖が張り付き、悲鳴以外の声を忘れたかのようだ。

「一体、誰が!」

 君太は、廊下の床に目を向けた。あれだけの血が流れていれば、二人を殺した奴は、相当の返り血を浴びているはず。血の跡がそこかしこについているはず。

 しかし、廊下に残るのは、君太の土足の跡だけだ。

「窓か!」

 窓から、出ていったのかと、吐き出し窓に目を向けたが、どの窓も完全に閉じられていて、割れた跡も見当たらなければ、鍵が外れている様子もうかがえない。

 犯人は、ここで二人を殺して、そのままどこかへ消えた?

 いや。部屋のどこかにまだ隠れているのかも!

 だとしたら危ない!

「兄さん!逃げるんだ!」

 君太は、信一郎の腕を乱暴に引っ張った。

 すると我に返った信一郎が、立ち上がるや否や、君太に体当たりを食らわせてきた。

 ゴツーン!

 信一郎の百キロ以上の全体重を乗せたタックル。

 勢いを受け止めきれず、君太は、廊下の壁に頭を強打した。一瞬、目がくらんだ。

 のどに信一郎の脂肪でぶよぶよになった腕が押し込まれ、「ぐえっ……」とうめき声を漏らしてしまう。息が詰まる。

「お前だぁぁぁ! お前が、パパとママを殺したんだぁぁぁ!」

「に、兄さん落ち着け!」

「パパとママは、いつも言っていた! お前がこの家にいると、ろくなことが起きないと! お前は疫病神だと! 極めつけはどうだ! パパとママが殺された! お前に!」

 信一郎の腕を振りほどき、呼吸を整える間もなく、君太は叫んだ。

「そ、そんなことを言っている場合じゃない! 犯人が、まだどこかに、どこかいるかもしれない! 早くこの家から離れるんだ!」

「言われるまでもない! 警察に訴える! お前が犯人だと! パパとママを殺した犯人だぁぁぁ!」

 雄たけびを上げたまま、信一郎は、玄関に体当たりするようにして、外に出ていった。裸足のままで。正気を失っている。

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