第4話

 女の子と奇妙な生き物は、象舎の前にいた。

 象が長い鼻を器用に操りながら餌を食べている様を見やりながら、女の子は、クスッと笑った。

「ぴゅん太も舌じゃなくて鼻が長ければよかったのよね。そうすれば、いろいろ役立ったでしょうに」

「鼻が長いだけで、何の役に立つのでございましょう。私の舌の方がよっぽど役に立ちます。あっ、おれん様。危険です!」

 女の子が手すりに手を伸ばそうとすると、奇妙な生き物がぴょんと飛び上がって、女の子の腕にしがみついた。

「その金属棒は垢だらけでございます!おれん様のお綺麗なお手々が、バイ菌で汚れてしまいます!」

「重いからぶら下がらないで頂戴」

 女の子が腕を振って、奇妙な生き物を振り落とした。

 まさににその瞬間だった。君太が女の子と目を合わせたのは。


 女の子の眼は、両目とも普通だった。

 君太のように右目はごく普通の眼で、左目が白目をむいているわけではない。

 そう、それが君太の目の特徴。正確に言えば、左目は、白目なのではなく、瞳孔と虹彩が銀色なのだ。そのため、パッと見ただけでは、白目をむいているように見えてしまう。

 人は見た目が重要というけど、中でも、目が最も重要だ。

 初対面で真っ先に合わせるのが目だ。その目が異常だと、人は悪印象を持ってしまう。容姿は平凡でも、目一つで、すべてが覆るのだ。

 君太の左目は、見えないわけではない。むしろ、視力は異様に良く。見えなくていいものまでもが、見えてしまう。

 例えば、女の子の脇にいる奇妙な生き物。


 女の子の目は、正常だ。白目はむいていない。少したれ目の優しげな目をしている。

 整いすぎるほど整ったパーツに、少女と大人の境目にある絶妙な輪郭。

 肌の艶がよく、頬は少し桜色を帯びていて、着物の色とよく合っていた。

 女の子は、はっと息を飲むと共に、口を手々軽く押さえた。

 女の子も俺の眼に驚いたらしい。だけど、彼女くらいの年頃の子が大抵見せる、侮蔑や畏怖の色はない。

「まあ……。もしかして……」

 女の子は避けるどころか、一歩前に踏み出た。着物の裾からちょこっと、草履のつま先が覗いた。

 奇妙な生き物も君太を見上げ、ポカーンと口を開いていた。舌の動きは止まっていた。

 女の子が、左目を驚きに満ちた眼差しで観察しているのを君太は感じ取った。

「もしかして、里見様の子孫の方ですか?」

「えっ……。里見様?」

「ええ。その眼を持つのは、里見のお殿様の子孫だけですよね」

「確かに、里見だけど、あの……。里見のお殿様って?」

 確かに、苗字は里見だけど、僕はお殿様と呼ばれるような家柄ではない。今の時代、お殿様と言えば、代々政治家を輩出している家のことを指すんだろうけど、僕には、先祖自体いない。父も母もいないのだ。

「初めて、一人で腰抜けの世界に出た日に、里見様に出会ってしまうなんて、なんというか……。運命を感じてしまいますわ」

「はあ……?」

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