2-2 ぶらりダンジョン攻略しよう

第十二話 エルフ族の女剣士(21歳)

 8年の歳月が経過した。


 21歳になった俺は故郷を離れ、はるばる中央大陸西部にあるハムの街に来ていた。

 故郷を離れ、中央大陸にいるのには理由がある。


 それは俺が冒険者になったからだ。


 13歳の時。『剣の勇者』として認められた俺は、東の大陸にある聖都へ招聘された。

 そこで俺は聖都直属魔法学校に入学し、7年間を神学と神官魔法の習得に費やした。

 要は神官になる勉強をしたわけだ。


 まあ学生生活の傍ら、聖都特務隊にも所属していたのだが。そこでは世界救済という名目のもと、任務で実戦をこなした。


 そして20歳の時。魔法学校を卒業した後は故郷レモネン島に帰った。

 そこで1年の間は無職で過ごした。

 聖都特務隊には長期休暇を頂いた。


 実際は『剣の勇者』としての役目を優先するあまり、聖都内部の情報をあまりにも集めすぎた為である。

 天秤教には「知るだけで死刑に値する」情報を幾つか秘匿しており、それを知ってしまったのが俺だ。


 知らなくていいことを知った俺は聖都特務隊の一部の真面目な連中に目をつけられた。これを危惧したアマグリオ大司教が急ぎ俺を疎開させたのだ。


 そんなわけで、しばらく下手に動けなくなった。


 島での自堕落な期間は、魔物や邪神、悪人や世界情勢について調べに調べたが、これにはそれなりに時間がかかった。


 また、妹ゆかりを可愛がるなどしていたが、しかし悠々自適な貴族生活は長く続かなかった。


 俺の怠慢に業を煮やした教育係のアボガドニスが勝手に俺を冒険者ギルドに登録し、依頼を受注してしまったのだ。これで俺は旅立たざるを得なくなった。


 まあ、案ずるより産むが易しとも言う。

 戦乱の渦中にある中央大陸なら聖都特務隊の処刑部隊の手も届きにくいだろうし、『剣の勇者』の役目もある。

 しばらく冒険者ギルドの依頼をこなしつつ、じっくり中央大陸を征服するのもいいかも知れない。


 こうして21歳。俺は冒険者となった。


 中央大陸ハムの街は西の大陸を中心とするギルド連盟に加盟する商業都市であり、中央大陸にありながら、実質的に西の大陸の領地である。

 そんなハムの街には冒険者ギルドが置かれており、世界中の冒険者達がハムの街で依頼を受注する。


 俺もまた、街の中心に位置する冒険者ギルドの門を叩いた一人だった。

「頼もう。受付の者はいるか」

「はい。ただいまお待ちください」


 冒険者ギルドの建物は、外観から内装まで、故郷の島や中央大陸の他の街では見ない造りだった。

 おそらく、西の大陸の影響が強いのだろう。木造りの高層建築は、都市ゆえの土地の狭さに起因する。


 敷地面積は狭く、一階部分はカウンターと待合室が用意されている。待合室では飲食の提供も行っているようだ。


 受付カウンターに現れたのは、眼鏡をかけた正装姿の女性だった。

「お待たせしました。冒険者ギルドにようこそ」

「よろしく頼む」

 受付嬢は眼鏡をかけた茶髪の女性だった。

 身なりからして中央大陸の出と思われる。


「見ない顔ですね。ギルドを利用されるのは初めてですか?」

「ああ。だが登録自体は既に済ませてある筈だ。エビボーガンというのだが」


 俺が受付をしていると、背後から声をかける者があった。

「おや、君も冒険者になりに来たのかい?実は僕もなんだ」

「私たちと一緒にパーティーを組まない?」


 声をかけてきたのは十代くらいの男女2名だった。

 男1人、女1人のパーティーである。

「おや、あなた達も初めてのご利用ですか?」

 受付嬢は急な対応もしっかりと、少年少女に聞いた。


「ああ!だが、冒険自体は既に何回か経験があるよ。僕の職業は剣士」

「私は魔法使いよ」

 2人とも頭から狐耳が生えていた。獣人の類だろうか。立ち振る舞いは決して素人ではない。

「そうか。俺は神官剣士だ。あいにくギルドを利用するのは初めてでな。何かと分からないことが多くて困っていたんだ。良ければ手伝ってくれないか」


「勿論さ!その為に声をかけたんだからね。実は僕達のパーティーには回復役が居なくてね。君は強そうだから、頼りにしたい」

「魔法は任せて。実はもう依頼も選んであるのよ」

 魔法使いの少女はMPが低そうな顔をしていた。


 受付嬢も、魔法使いの少女の頼りなさには一目して気が付いたようだ。

「確かに…腕が立つと見受けられます。ですが、所詮は初心者の寄り合い。些か危険にも思えますが…?」

「確かに…私は初心者よ。でも、パーティーとはただ個の力を発揮するのではなく、連携と策がものを言うわ」

 少女は口の方は立つようだった。


 結局、俺は狐耳の少年少女達とパーティーを組むことにした。

 受注した依頼内容は、ハムの街の西にある洞窟の探索。最近そこに魔物が住み着き始めたという。

「魔物とはどんな魔物なのだ?」

「スライムだと聞いてるよ。初心者が狩るには最適だね」

「ただ一つ気になるのは、近くの村にまでスライムが出没しているということよ。おそらくかなり繁殖しているはず」


「繁殖だと。スライムなどどこにでもいるものではないのか」

「そんなことはないわ。スライムは水分の塊。本来は水辺や湿度の高い場所を好むの。特に依頼のあった洞窟はスライムの自制区域よ。自分から人里に向かうことは滅多にないわ」

「つまり、洞窟内で繁殖したスライムが、狩場を求めて人里まで下りてきたと考えられるのさ」


 ハムの街を発った俺たち3人は、洞窟へ直行せず、まずは周辺の村を伺うことにした。

 初心者といえども決して直情的に行動するわけではなく、まずは慎重に情報収集をする為である。


 この案を提示したのは、狐耳の少女の方だ。流石は自ら策師を名乗るくらいには、思慮深い。

「ここが洞窟に一番近い村ね。でも、魔物に襲われた形跡は無いわね」

「聞いていた話とは違うな」


 辿り着いた村は至って簡素な農村だったが、村人達の様子は平和そのものといった印象である。

 とても魔物が出没するとは思えない。

「へっへっへ。残念だったな。嬢ちゃんたち」


 いきなり話しかけてきたのは、戦士風の汚らしい身なりをした冒険者3名がだった。山賊と言われても信じてしまうかも知れないが、山賊がこんな堂々と出て来ないだろう。

「誰ですかあなた達」

「おっと、連れねえな。俺達ゃ嬢ちゃんたちがギルドのカウンターでお話しした時に待合室にいた冒険者達さ」


 汚らしい冒険者3名は抜き身の剣を肩に担ぎながらこちらを威嚇するように話していた。要するにこれは絡まれているのだろうか。

「待合室でちょいと嬢ちゃんたちの話を盗み聞きしてね。これ幸いと先駆けして村のスライムを全部退治したってわけさ」

「そういうことさ。ヒヒヒヒ、村からたんまりお礼を弾んで貰ったぜえ」

 瘦せぎすの鼻のデカイ男が嘲笑った。


「そんな、人の依頼を抜け駆けするなんてマナー違反ですよ」

「そうよ。それに依頼内容にない報酬を要求するのも重大な規律違反だわ」

 狐耳の少年少女達もこれには立腹したようだ。しかし、いくら口だけ強がろうとも、厳しいのが現実である。


 2人の物言いに、汚い冒険者の中で一番屈強そうな男が突然、剣を地面に叩きつけた。

「うるせーぞ!ガキどもがッッッ」

「こっちが大人しくしてりゃいい気になりやがって。"村の"スライム退治は依頼に無いからよぉ〜!幾らでもスライムぶち殺し放題なんだぜぇ〜ッッッ」

「テメーらガキどもも纏めて始末してやろうか!!」

 3人の冒険者の態度はあまりにも横暴と言える。しかも高圧的だ。


「何をっ」

 狐耳の少年が言い返そうとしたが、屈強そうな冒険者が遮った。

「…とはいえよう。俺たちもギルドに手柄もなく帰る気は無いんだわ。帰りがてらによお、洞窟を攻略するってえ寸法よ」

「しかしここで耳寄りな情報を掴んでよお。なんでも北の戦に敗北した魔王軍のリザードマン数体が、こっちの方へ落ち延びてきたらしいのよ」

「スライムだけならまだしも。リザードマン相手だと3人はキツイ。そこで嬢ちゃん達。どうだい?俺たちと組まねえか?」


「そんなことあり得ないわ」

「お前達と組むだと?いや、組もう」

 ここで提案に乗ったのは狐耳の少年だった。


「ちょっと、レン。私は嫌よ」

 これには少女は驚いたようで、少年の名前を呼んで不平を漏らした。

「コン、冷静になれ。冒険では何が起こるか分からない。人数は多いに越したことは無いさ」

 レンと呼ばれた狐耳の少年は、屈強な男に歩み寄り、手を差し出した。


「レンだ。よろしく頼む」

「へっへっへ。そうこなくちゃな」

 屈強な男はレンの差し伸べた手を掴んだ。

 レンは男の手を強く握り返した。


「おおっ…と!中々力が強い…な…あ…」

「どうしたオッサン。表情が気持ち悪いぞ」

 レンは余裕の笑みを屈強な男に向けた。


 今や屈強な男はレンに手を握り潰されようとしていた。

「おおおお!放せ!俺が悪かった!おおおお!」

「あっ兄貴ー!」

「このガキー!兄貴の手を放しやがれー!」

 取り巻き2人が剣を抜くと、レンは屈強な男の手を離した。


「手が…!手が折れてやがる…!痛でええええ!!」

「ひ弱だなあ。そんなんじゃ役に立たないね。パーティーは解散かな」


「このガキ…!いいぜ。そっちがそのつもりなら、俺たちにも考えがある。パーティーを組む気がねえならよお!!離れたとこから付きっきりで尾行してやるからよお!!せいぜい帰り道に気をつけるんだな!」

 屈強な男は利き手を押さえながら、取り巻き2人を連れて何処かへ去ってしまった。


「手を組まなくて良かったのか?中々腕の立つ3人と見えたが」

 俺はレンに確認した。

「手は組むよ。彼らには先に洞窟に入って貰って、囮になって貰いましょう。それより気になることが」

「どうしたの?レン」


 レンは唐突に近くの茂みを探り始めた。

「どうしたのレン?催したのなら見えないところでしてね」

「違うよコン。さっきあの男に近付いた時にチラッと見えたんだ。ほらこれ。足跡だ」

 レンが茂みから探り当てたのは、小さな足跡だった。


「幾つもある…かなり前から何度もこの村に足を運んでるみたいだ。それに足が小さい。さっきの男達のじゃ無いね。これ、多分ゴブリンの足跡だと思うよ」

「ゴブリンといえばスライムと同じ最下級モンスターね。同じく洞窟を住処にするわ」


「どういうことだ?洞窟にはゴブリンもいるということか?」

「いや…これは多分、村を襲撃する為の下見に来てたんじゃ無いかなあ。だとしたら、今頃この村はゴブリンに襲われてるハズなんだけど」

「どうやら予想以上に危険みたいね」


 俺たちは村で情報収集はせずに、日が暮れるより早く洞窟へ向かうことにした。

 そして洞窟の手前にある森に辿り着いた。


「見えたぞ。アレが洞窟の入り口だ」

「入るかい?不用意に中へ入るのは命取りだと思うけど」

「ちょっと待て。あそこの木の根元を見て」

 コンが指さした木の根元には、木々で隠れていたが、何かの気配があった。


 俺が近付いて覗いてみると、それは女性の死体だった。

 死体は一部が白骨化しており、しかもところどころが細長いキノコのような物体に覆われていた。

「なんだこの死体は。まるでキノコに食われたようだ」

「危ないっ」


 突然、レンが叫んだ。

 死体がひとりでに起き上がり、俺に覆い被さって来たのだ。

 いや、死体が動いたのではない。数瞬遅れて、死体の真下にいたものが動いたのだと気が付いた。


 死体の下に潜んでいた魔物。それはスライムだった。

「ふん。退魔魔法バニッシュ!」

 俺は両手のハサミから青白い光を放った。


 退魔魔法バニッシュ。自分より弱い魔物ならこれで退治出来る————俺がはじめに学んだ呪文だ。


 俺に襲いかかろうとしたスライムは、光の彼方へ跡形もなく消滅した。

「すげえっ!流石は神官剣士さん!」

「無詠唱とは手練れですわ。」

 レンとコンは拍手で絶賛してくれた。


 だが、余裕もそこまでだった。

 消滅したスライムの中から、人間が1人出てきたのだ。

 スライムの中から人間。おそらく、スライムに負けて食われた冒険者だろうか。


「あれっなんか出てきたよ」

「ちょっとレン。この人まだ生きてるわ」


 スライムの中から出てきた冒険者。

 それは耳長のエルフだった。


 エルフは手足を痙攣させながら地面を這いずり回っていた。

「かっはっはひゅー!ぜひゅー!」


 エルフは喉に深手を負っており、息が出来ていないようだった。

「きっとスライムに食われたばかりだったんだろう。運がいいな」

「こ…こはせっ…!こほしてくれぇ…!」

 なんとエルフは死を懇願したのだ。


 エルフが死を乞うというありがちな状況は

、どう考えても初心者向けの冒険では無かった。

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