第九話 魔物軍団襲撃後編(10歳)

 その日の夜、俺は海を渡り、中央大陸へ渡った。

 狙いは魔王軍に占領されたユバの街。


 俺は悪の怪人。これより魔王軍に占領された街を襲撃する。


 ユバの街は中央大陸の海岸沿いに位置する。中央大陸へは故郷レモネン島より船で片道2時間程。

 だが、怪人特有の本気の泳ぎならば1時間もかからない。


 なぜ、俺が魔王軍を襲撃するのか?

 

 迫る魔王軍の脅威に対して先手を打つため?『剣と魔法の冒険団』からの外交圧力に対して一石を投じるため?

 それとも己の実力を試すため?


 色々あるが…俺は怪人だから。それが一番の理由だ。


 悪の怪人ならば!街を襲う!


 これ当然の論理!

 街を襲わずして、何の怪人か!?

 

 悪の怪人としての戦いの勘が、俺を戦場へと導くのだ。

 俺の頭の触覚にはカニトロ博士特製の戦闘勘センサーが備え付けられている。これは戦いに関する第六感のようなもので、戦の気配を敏感に察知して先回りできる。


 そして、海域には魔物一匹出現しなかった。

 やはり、魔王軍は戦力を集めている。


 この数年間、海で魔物の姿を見なかったのは偶然ではない。世界が平和だからでもない。

 周辺の海系魔物を結集させ、何かを始める気なのだ。

 何か?当然、戦争だ。


 そんなわけで、敵一匹にすら遭遇せず、難なく中央大陸の海岸に辿り着いた俺だが、まずはユバの街を探すことになった。

 ここからは遠くないはずだ。母上の寝室に飾られた世界地図にも載っていた。


 俺は触覚に備え付けられたセンサーを最大限に活用し、戦いの起こりそうな場所を探った。

 すると、反応があった。

「ここより走って1時間程の距離。そう遠くない。では試してみようか」


 俺は両手のハサミを後方に向けると、羽ばたくような体勢になった。

 実際に羽ばたく訳ではないが、空は飛ぶ。

「神の怒りを知れ、恩寵よ悪霊を焼け、威力最マキシマム炎系魔法ファイア!」

 呪文を唱えると、俺のハサミからはジェット噴射の如き青白い炎が放出された。


 魔法上級者は詠唱に手を加えることで、その効果を僅かに操作できる。

 今の場合は炎系魔法ファイアの威力を最大限に引き出す詠唱を織り込んだ。


「飛べえええええ」


 果たして、両手から炎を出しただけで数トンもの体重が浮くのか。

 結果から言えば、浮いた。


 鉄の塊であるロケットですら、空を飛ぶ。そういうことにして欲しい。

「良し!このまま魔王軍を…襲う!」

 

 空を飛ぶと言うよりは、大きく飛び上がって落ちる行為を繰り返しながら、順調に上空を舞い上がった。

 地面を俯瞰すれば、ユバの街はすぐに見つかった。


 一面の草原の只中に、一箇所だけ城壁に囲まれた要塞のような都市がある。

 おそらくあれがユバの街だろう。


「あそこに魔王軍がいるのか」

 狙いは一つ。一番強そうな奴がいるところへ————

————俺は落下した。


 ユバの街の城壁は打ち破られ、家々のレンガは崩れていた。

 だが、火の手も死体も見当たらない。

 街が陥落して、既に相当数日にちが経過している証拠だ。


 内部は既に魔物達の巣窟。『剣と魔法の冒険団』ですら容易に落とせぬ堅固な要塞に改造されていた。

 周辺を守るドラゴンや強そうなモンスターが生きた守りとなっている。


 同時に、ドラゴン達の威容を見れば、如何にして遠く離れた魔王城から一足飛びにユバの街を占領出来たのか、一目瞭然である。


 連中、空を飛ぶのだ。

 ドラゴンに乗り、空からユバの街を攻めたのだ。これは地上でしか戦えない人間軍には圧倒的なアドバンテージだろう。


 ユバの街の構造はまさに中世ヨーロッパの城塞都市と言った風体で、この城壁では横からの攻撃はしのげても、上からの急襲にはひとたまりもないはずだ。


 しかし、そんな魔王軍もまさか自分たちが上から攻められるとは夢にも思ってないようだ。

 肝心の主力たるドラゴンは崩れた城壁の代わりにポツンとしてる。


 そんな俺は未だユバの街の真上、上空から落下している最中だった。

 狙いは中央。ユバの街は理想的な計画都市といった風貌であり、中央に立派な建物が配置されている。


 立派な建物。そう、街を占領したなら、一番偉い奴、一番強い敵はそこに居座るだろう。

 幸い、立派な建物には今夜も明かりが灯っている。


 俺は立派な建物の半球体の屋根を突き破り、爆炎を撒き散らしながら着地した。

「魔王様、此度の侵略、状況からみれば不可解にございます。今一度再考をっ…何やら騒がしいですな」

「ふん。雑兵どもに我が意を一から十まで理解できるとは到底思うておらぬわ。だが、そうだな。大隊長であるお前にだけは此度の真意は伝えても良い」


 案の定といったところか。建物の中では、偉そうな奴同士が密談を交わしていた。

 連中が俺に気付かないのは、怪人特有の潜伏スキルの高さゆえにである。


 怪人は、出てきた時しか気づかれない。

 これ、悪の組織の鉄則である。


「真意、にございますか。愚かな人間どもに鉄槌を下す以外の選択肢が我らが魔王軍に存在すると。」

「うむ。これは聖教の連中すら秘匿している秘中の秘なのだが、迫る30年後に予知夢の星がっ————っ!?」


 魔王とかいう奴が、最後まで言葉を終えることはなかった。

 落下した俺の体重が、爆炎を撒き散らしながらその体にのしかかったからだ。

「プギィっ!」

「…は?」


 魔王の体は首の付け根からひしゃげ、折りたたまれた。

 その上に降り立った俺の足元を中心に、床に蜘蛛の巣状の割れ目が走る。


 俺は未だ炎を吐き出すハサミを、大隊長とかいう魔物に向けた。

「エビビビビ〜!!」

「ぐおっ…ぐおおおお!!」


 大隊長とかいう屈強な獣人が瞬時にして全身火だるまになる。

「ダメだなお前、弱すぎる」

 俺はハサミから威力20トンのボーガンを発射した。炎を纏ったボーガンの矢は、大隊長の心臓を射抜いた。


 大隊長は地に崩れ落ちた。

「エビビビビ〜!俺は悪の組織の最強怪人、勇者エビボーガン!!今日はお前達を襲撃しに来たぞ〜〜!我こそはという者はかかって来い!」

 俺が大声で怪人特有の口上を叫ぶと、建物の内外から魔物達が慌てて殺到した。


「てっ敵襲ーーー!!」

「敵襲ー!!がああああ」

「焼けるっ!近付くな!火だ!」

「畜生!魔王様ー!!」


 強そうな魔物達は室内に入ると同時に火だるまになり、あたり一面に転がる。弱い。どうやら本当に奇襲に慣れていないようだ。

「誰か我こそはという者はおらんか!!俺は勇者エビボーガン!!お前達魔王軍を試しに来た!」

「儂だ!儂が相手をしよう!」


 その高い声は俺の足元から聞こえた。

「この魔王が直々に相手をつかまつろう。ゆえに火の手を収めよ」

「ほう…俺の全体重を喰らって無傷とは。中々に頑丈と見える」


 俺の足元から起き上がったのは黒い長髪に白い肌の少女だった。

「全回復魔法を使った。流石に上空から勇者が降ってくるとは思わんでな」

「お前が魔王か。まさか少女の姿をしていたとは」

 しかし、少女の頭にはツノ、両手には巨大な鉤爪、背中からは鱗に覆われた尻尾が生えている。

 全体的な印象としてはアンバランスな異形さを感じる。

 凶々しき姿に魔王の風格は十分だった。


「ふん。これでも千年は生きておる。改めて名乗らせて頂こう。当世魔王、神罰のリザ。」

「そうか。俺は勇者エビボーガンだ」

 魔王リザ。その構えは中々に独特だった。


「勇者エビボーガンよ。もう不意打ちは効かっ」

「ハサミ型ボーガン、展開!」

 威力20トンものボーガンは魔王の心臓に命中した。


 決着は俺の勝ちだ。

「痛っああああ!」

「魔王リザよ。貴様は中々強いようだ」

 心臓に風穴が空いてなお、魔王は死に行く様子は見られなかった。


「何故じゃ。アンチエーテルアーツが効かぬ。何故儂の前で攻撃が出来るのじゃ。」

「何を言ってるか分からんが…俺は悪の怪人でな。悪の怪人の行動原理はただ一つ。悪の組織による世界征服だ」

 魔王の専門用語は意味が分からないが、多分、俺の言ってることも理解できないだろうな。


 傷つき、地に伏した魔王はダメージに苦しみながらも、興味深げに俺を見た。

「世界…征服…?」

「そうだ。悪の怪人は本能的に世界征服を目指す。これは破壊衝動にも似ている。だが、この世界には悪の組織がない。そこで前々からお前達に目をつけていた」

 悪の怪人が異世界で怪人らしく振舞うには、一つクリアせねばならない問題がある。


 それは単純ゆえに難解な問題だ。

「まずはこの世界に、悪の組織を作らねばならない!俺のような怪人がのびのびと侵略行為を行える母体が!」

「…は?」

 魔王は理解できないといった表情で俺を見つめた。


「魔王よ。貴様、悪の組織の一員になってみる気はないか?」

「…ええ!?何を言っておるか分からんわ。儂、悪そのものじゃぞ…」

 確かに魔王は人類に対する悪。

 だが、悪の組織は団体でありながら思想でもある。いわば悪の組織主義!

 質が違うのだ!質が!


「魔王よ!悪の組織の目的は悪の組織の思想を世界に広めること。そして、破壊と混乱で人類を恐怖に陥れることだ!お前にはそのポテンシャルがある!」

「いや、じゃから儂は元々人間にとっての悪なのじゃよ。悪魔の血とか引いとるし」


「違う!悪の組織と魔王は全然違うのだ!!悪の組織とは思想だ!悪人同士は手と手をとりあい協力しあえる!だから魔王よ!お前も悪の組織に入るのだ!」

「????分からーん!!!!」

 魔王は吐血しながら叫んだ。


 何故だ…?

 何故、悪の組織の理念を分かってくれないのだ??

 確かに、悪の組織とは如何にも具体性のないフワフワした言い方だが、それはこの世全ての悪を一つの思想のもとに統一せんという、組織の理想を体現したまでだ。


 悪人達が協力すれば、正義に勝てる!


 破壊と混乱で!悪を一つにまとめ上げる!

 悪の思想統一こそが我らの目的だろう!!


「仕方ない…言葉で理解できないなら、無理やり理解させるまでだ!」

「うわっちょっ何をするのじゃ!放せ!放さぬか!!」

 俺は片方のハサミで魔王の首根っこを掴み、もう片方のハサミを向けた。


 ハサミが開き、そこから赤色のドロリとした液体が漏れ出す。

「よく見ろ魔王よ…これは赤い月のブラッドストリームという!赤い月のブラッドストリームはあらゆる生命体にとって猛毒だ…喰らえばひとたまりもない!」

「止めぬか!その気持ち悪いドロドロを引っ込めよ!儂にそのような物を近付けるでない!」


 赤い月のブラッドストリームの力はアロエマンの緑色の力でしか破壊できない。

 だが、ここにはアロエマンはいない。つまり、やりたい放題だ。

「赤い月のブラッドストリームはあらゆる生命体に猛毒!だが、ごく稀にこの猛毒に耐えきる者がいる…!そして、その僅かな生き残りは、赤い月のブラッドストリームの力の恩恵を得られるのだ!」

「何!?それはつまり、パワーアップするということか!?」


 どうやら魔王も悪の思想に興味を持ってくれたようだ。

 俺は優しく頷いた。父上を思い出し、その快活さを思い出しながら。

「そうだ。そして、赤い月のブラッドストリームを浴びた者は、破壊衝動と征服欲に支配され、悪の組織に忠実な戦闘員になってしまう。」

「えっ…!?そ、それは嫌じゃ」

 まあ、例え赤い月のブラッドストリームに耐え切ったとしても、俺のように怪人の姿になるわけではないのだが。


 単に赤い月のブラッドストリームの選別に残っただけでは、僅かに身体能力が向上するのみだ。しかも一年以内に死亡するリスクを負う。

 そこから更に能力を強化し、赤い月のブラッドストリームの力の負荷に耐えられるようになるには、カニトロ博士による改造を受けて怪人にランクアップするしかない。


「しかし大丈夫だ。魔王よ。貴様には全回復魔法とやらがあるのだろう?きっと負荷も問題にならない」

「やはり嫌じゃ!止めよ!今すぐ止めるのじゃ!」


「安心してほしい。俺たちは悪の心を持つもの同士、きっと分かり合える…!この液体を浴びればさらに仲良くなれるよ!」

「嫌じゃー!儂は無意味な破壊や侵略行為などしとうはないー!むっ!?むぐうううう!!!!」

 嫌がる魔王の顔面に、俺は無理矢理赤い月のブラッドストリームを浴びせた。


 赤色の粘性の液体が少女の姿をした魔王の顔面を包み込む。

 そう、まるで家族の優しさのように。

「家族って…良いよな!俺はこの10年でそう思うようになったよ」

「むうううう!?んぐうううう!!」

 

 さて、赤い月のブラッドストリームが完全に馴染むには幾らか時間がかかる。

 そろそろここにもさらなる追っ手が来る頃だろう。流石に、外のドラゴンや強そうな魔物達を大勢相手にする気はない。

 夜明け前には自宅に帰らなければならない。


 名残惜しいが、魔王ともしばらくお別れだ。

「いずれまた会おう。忠実な悪の手先となってな。」

 俺はハサミから炎を噴出させながら、痙攣する魔王を置き去りにして上空に去って行った。


 翌日、ユバの街の魔王軍が一夜にして撤退したとの報が島内を駆け巡った。

 その奇跡は勇者の力の賜物とされ、俺は父の書斎に呼び出された。

 やはり父は全てを見透かしていた。


 イタズラに中央大陸の勢力図を塗り替えたことを、俺はこっぴどく叱られた。

 しかし、魔王軍を退けた功績自体は讃えられ、俺は勇者としての努めを果たしたとして、不問となった。


 それ以降は俺は父がつきっきりで監視され、また、楽しそうなことを一緒にできなかった妹ゆかりは怒り狂い、俺から離れようとしなくなった。


 魔王軍のいなくなったユバの街はどこの勢力に属するか、人間同士の間で一悶着あったが、結局は中央大陸のノーエン王国の直轄領となった。

 とはいえ、あんな壊滅した街を押し付けられたノーエン王国はそれだけで損をしただろうが。


 そんなこんなで早1ヶ月。

 ついに東の大陸から正式に俺を『剣の勇者』かを査定する団体が来航する日がやってきた。

 さて、ちょっとした驚きがそこで起こった。


「おお、これはこれは坊っちゃまァ。お久しゅうございます」

 港で団体を迎えた際、真っ先に降り立ったのはあの怪しいアマナート氏だ。

 今日はラフな島民の服装ではなく、赤色の立派な法衣を纏っていた。馬子にも衣装とでもいうべきか、僧侶らしい格好をすれば、僧侶らしく見えるものである。


「アマナート氏。お久しぶりです」

「いやあ、坊っちゃまも大変ですなぁ。今日来航されるのは聖教のアマグリオ大司教ですよ!大司教といえば聖教で最も偉い人物でさァ。奸物アマグリオはその大司教の座を10年間欲しいままにしているときた」

 アマナート氏は一気にまくし立てた。

 人の都合を考えない奴である。


 俺が対応に困っていると、父が怪訝な表情でアマナート氏に近づいた。

「しばらくぶりだな。良い加減そのふざけた態度を止めたらどうだ。」

「これはブリストンの旦那ァ!まあ…そうだな。からかうのはやめよう。坊っちゃまも大層活躍された事だしな」


 アマナート氏は結んでいた髪を解くと、閉じていた細眼を開いた。

「改めて自己紹介させていただこう。我が名はアマナート・アマグリオ大司教。聖都にて最高権力を10年間欲しいままにする奸物である」

「えっ…ええええ」


 アマナート氏はアマグリオ大司教だったのだ。こんなことわかるわけなかった。

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