1-5 国際情勢と信仰について

第七話 月と天秤と渡り鳥(8歳)

 海で野犬の顔をした獣人達を倒した俺たち一家は、生き残りを連れて島に引き返した。


 しかし、面倒には面倒が重なるものであり、そこへさらに予期せぬ面倒が人知れずやってくることもある。

 その面倒の名前を外交と呼ぶ。


 早速、船着き場に大挙して待ち構えていたのは、鎧にマントを羽織った集団だ。

 港へ戻った俺たちを取り囲むように無言で直立していた。


 マントに大きい黒丸を染めている。

 数十人はいるだろうか。彼らは父の客人、『剣と魔法の冒険団』だ。


 冒険者集団の先頭に立つのは銀髪おかっぱ頭の男だった。

「帰りを待ちかねていたぞ、我が盟友ブリストンよ」

「おお、我が友マッキアート。我が島民達を驚かせないでくれ」


 この状況でも、父は一切緊張することなく、快活に銀髪の男に笑いかけた。

「それに関しては謝ろう。だが、我が同胞達は等しく荒くれ者でな。逸る我らの気持ちも分かってくれ」

「案ずるな。貴公らの探していた獣人とはこやつらのことだろう」


「おお、こやつこそ我らの探していた獣人。ブリストンよ、この『剣と魔法の冒険団』第2小隊隊長、カッフェ=マッキアート、心から感謝する」

「感謝などいい。単に島で好き勝手されると困るだけだ。それに、俺と貴公の仲ではないか」

 父とマッキアート氏は十年来の親友のように話をしていた。実際、そうなのだろう。


 いかに人格的に優れた父といえども、辺境の島の田舎貴族如きが、鍛え抜かれたエリート集団の幹部と容易く会合出来るものではない。それほどまでに『剣と魔法の冒険団』の佇まいは洗練されている。


 妹ゆかりも同じ感想を持ったのか、驚きを口にする。

「父上ってやっぱり凄い人なんですね」


「知らなかったんですかァ。ブリストン氏はかなりの冒険者だったのですよ」

 そこへ、いきなり相槌を打ったのは、見知らぬ男だった。

 

「ああ、初めまして。あっしは東の大陸の聖都から遣わされた視察員のアマナートって者でさあ。宜しくお見知りおきを」

「えっ?ああ、宜しくお願いします」


 アマナートと名乗った男は一般的な布の服に黒髪を髷のように縛った細めの男だった。

「うへえ。貴方がお話に聞く赤き鎧の勇者とやらですか。ブリストン氏も厄介な喧伝をするものですなあ」

「あの、失礼ですが、あなたは何者なのですか?『剣と魔法の冒険団』の方では無いようですが…?」


 マッキアート氏と会話の応酬をしていた父ブリスケも、ようやくこの怪しい小男の存在に気が付いたようだ。

「貴様ッ!アマ…アマナート!一体いつの間にここに!!」

「ブリストンの旦那、会いたかったですよ。特使を送るように手紙を送られたのは貴方では無いですかァ」

 アマナートは馴れ馴れしく父ブリスケに抱きついた。


 アマナート氏もまたマッキアート氏と同じく父の知り合いなのか。

 しかし、父は厄介この上無いといった表情だ。

「ああ…まさかお前が来るとは予想外だった…!しかし、正式な視察にはまだ2年の猶予がある筈だろう?」

「勿論でさあ。ブリストンの旦那。だからあっしがこの目で直接下見に来たんじゃあ無いですか。懐かしい顔を見たかったことですしね」


 あの父が対応に困ることで、この珍客が想像以上に厄介なものだと漸く俺を含めた全員が気付いた直後、マッキアート氏が冷ややかな目線で怪しい小男を見下ろした。

「おお。こんなところに聖教の胸糞坊主が居るわ。どうやらこのカッフェ=マッキアートは間の悪いタイミングに居合わせてしまったようだな?」

「これはこれは、マッキアートの旦那では無いですかァ!ラザニア公は相変わらずご健在のようで何よりです」

 アマナート氏は張り付いたような笑顔でマッキアート氏に応対した。


「ふん。つまらん挑発に乗る余裕はないのでな。それに今回は冒険者ギルドからの正式な以来だ。文句あるまいな」

「それは良かった。聖教徒たるブリストンに協力を持ちかけるなら、まず我らに話を通すのが筋というもの。あっしがここに立ち寄ったのも何かの縁でしょう」


 二人が火花を散らしていると、父は頭を掻き、仕方なさそうに笑った。

「厄介ごとは重なるものだな。とりあえず双方とも、我が屋敷で話を付けよう!この獣人は洞窟にでも縛り付けておけ!!」


 こうして、父とマッキアート氏、そして怪しいアマナート氏は父の書斎に篭って出てこなくなった。

 海で捕らえた獣人といえば、ロクな治療も受けられず、島の南東の洞窟に連れて行かれた。おそらく、『剣と魔法の冒険団』の連中に拷問を受けていることだろう。


 俺と妹ゆかりは、母の部屋に押し込められた。

「父上は横暴です。俺たちも知る権利はあるのに」

「同意するわエビボーガン。でもことは貴方の思ってるほど単純では無いのよ」


 母かすみは手紙を読みながら俺と妹の話し相手を務めていた。見張りという奴だ。

「母上ー?ことが単純じゃないってどういうことー?」

「あらゆかり。貴方達兄妹は知りたがりね。まあ貴族の子弟ともあろう者が、世界情勢を知らないではこの先苦労するわね。特にエビボーガンは今のうちに知っておくべきかしら」


「世界情勢ですか?」

「ええ。魔王軍に対抗する人間軍といえども、一枚岩では無いの。特に宗教の問題は厄介ね。見たでしょうさっきの」


 こうして母かすみの語り出した話は俺たち兄妹を縛り付けておくには十分に興味深かった。

「この世界には大まかに分けて三つの宗教が存在するわ。まずは聖教。唯一神によるバランス調停を絶対視する、神聖な宗教よ。世界樹と天秤がシンボルで、それ故に『天秤教』とも呼ばれているわね」

「それはフグテル先生の授業で聞いたことがあります。我が島も天秤教の支配圏にあるのでしょう?」

 

 天秤教は最も有力な宗教であり、東の大陸を中心に、中央大陸、西の大陸にまで勢力を拡大しているという。

「分かったわ母上。あの怪しいアマナートさんは天秤教から遣わされたのね」

「そうよ。二人とも賢いわね。ウチの島も天秤教に征服されてるから、あまり大きな態度はできないの」

 母は優しく微笑んだ。


「成る程。では他の二つは…?」

「次に有力なのは冒険信仰かしら。『旅教』とも言うわね。ただ、勢力としての纏まりは皆無と言って良いわ。これは宗教というより、伝統的信仰で、世界各地に信者がいて、他の宗教の人にも冒険信仰を持つ者は多いわ」

「ああ。たまに見かける冒険者達のことですね」

「母上。では『剣と魔法の冒険団』の人たちも『旅教』の人なの?」


 この世界に、冒険に対する明確な信仰が存在することは前々から察していた。でなければ、冒険者ギルドなどが存在するはずがないからだ。

 彼ら冒険者は冒険の中で己を鍛え、苦難の果てに財宝や理想郷を勝ち取ることを夢見ているのだ。


 しかし、『旅教』という名前が付いていることは知らなかった。

「ゆかり。結論を急いではいけないわ。冒険者ギルドの紋章にも持ち入られてるように、渡り鳥がその象徴なの。一定の勢力に留まらないという意味よ。だから『剣と魔法の冒険団』とは出自が異なるわ」

「では母上、『剣と魔法の冒険団』は最後の一つに属するのですか?」


「そうよ。最後の一つが『拝月教』。『剣と魔法の冒険団』のマントを見たでしょう?あの黒丸の紋章は月を意味してるの。彼らは敬虔な拝月教徒なのよ」

「『拝月教』ですか」

「あっ私知ってる!月は神秘主義を意味するのよ!勢力としては一番弱いけど、神秘的ならば異教の教えも積極的に取り入れるから、柔軟性があるんだよね」

 妹ゆかりは嬉しそうに手を挙げた。


 妹の話はさておき。つまるところ、拝月教徒たる『剣と魔法の冒険団』のマッキアート氏と、天秤教の使徒アマナート氏では立場が異なるということだ。どころか、二人の険悪さは宗教的ひいては国家的問題すら孕む危険なものだろう。

 二人が出くわしたのは、父としてもなんとしても避けたかったに違いない。


 月の『拝月教』。

 天秤の『天秤教』。

 渡り鳥の『旅教』。

 拝月教、天秤教、旅教。


 しかし、それにしても父が苦心してまで何を成したいのか。分かった気がする。

「だんだんと話が見えてきました。あのアマナートという男は、俺が救国伝説にある『剣の勇者』かを見極める為に天秤教から遣わされた視察員なのでしょう」

「兄上、聖教が中央大陸の伝説を受け入れるというの?」


 父は俺が見た目で差別されないよう、生まれた時から『剣の勇者』その人だと吹聴していた。

 事あるごとに剣を教えようとしていたのも、天秤教の正式な場でその腕前を披露させるつもりだったに違いない。

「父は型破りな方だ。天秤教の聖なる教えが『剣の勇者』を認めまいと、実力で認めさせるつもりだったに違いない」


「本当は天秤教の正式な視察団が来るのは2年後の誕生日だったのだけれど。アマナートさん、前もって下見に来たみたいね」

「ならばこれはもはや父の手に負えるできる問題ではありますまい。俺が自ら行動せねば」

 俺の為に父が政治的に苦境に立たされたというのなら、俺が実力で彼らを黙らせねばならない。


 母は優しく頷いた。


 その日の晩、俺は南東の洞窟に初めて単独で忍び込んだ。

「何者だ貴様…グオオ!」

「そんなっ貴公はグエエ!」


 入り口の門番の兵を一撃で倒した。

 やはり、力の妖精の加護などなくとも地力で太刀打ちできるようだ。

 殴って気絶させるだけなら前の世界でも割とよくやってたことだ。


「ひいい…ご子息はご乱心か!」

「どうせ大した成果も出とらんのにご苦労さん」

 拷問。『剣と魔法の冒険団は』捕らえた獣人を拷問にかけているだろうが、あんな重体者に拷問して何か話など聞ける筈もあるまい。


 そもそも連中、言葉が通じないときた。

 これでは『剣と魔法の冒険団』の兵達が無駄働きで可哀想だ。

「なっ…!?馬鹿にしないで頂きたい!我らは職務を全うするのみ」

「ならば速く父上やマッキアート氏をここへ呼んでくれ。俺は例の獣人に用があるんだ」

「ひいい…」


 兵はそそくさと洞窟から出て行った。

 さて、初めて入った洞窟だが、目的地はわりとすぐに発見した。


 捕らえた獣人の拷問部屋である。

 獣人は鉄格子の向こうで血を流して項垂れていた。

「ハァ…ハァ…」

「見つけたぞ」


「!!きっ…貴様は!赤き…鎧の…」

「その傷…最早手遅れのようだな。だが、俺の従者になるというなら助けてやらんでもない」

 俺は冷静に前の世界での対応マニュアルを思い出しながら喋った。

 獣人の傷は重傷。深さから見ても、助かる類のものではないだろう。


「見たところお前も一端の戦士のようだ。戦いではなく拷問の中で死ぬのは悔しかろう。どうだ。俺とともに世界征服の手先となって戦わんか?」

「残念だが…」

 獣人は首を横に振った。


「そうか…お前ならそう言うと思っていたよ。そんな目をしていた」

「俺の言葉が…分かるんだな?俺達獣人は情報を喋ると即死する呪文を上司にかけられていてね…!拷問なんて、無駄なのさ。だが、あんたらの仲間に…なるのは、もっと…嫌…だ…!」

 その言葉を聞いた俺は両手のハサミで鉄格子を切断すると、獣人を背負って洞窟の外へ連れ出した。


「エビボーガン!なんのつもりだ!」

 洞窟を出た辺りで出迎えてくれたのは、嬉しそうな父の表情だ。

 我が子の暴走より、勇ましさの喜びが勝るらしい。

 父上ブリスケの他には『剣と魔法の冒険団』のマッキアート氏や怪しいアマナート氏など揃い踏みである。


「父上。この者は明日にも死ぬ身。ならばせめて戦士として死なせてやる!拷問など不要!そういうことです」

 俺は腰に帯びていた二振りのうち、片方を獣人に渡した。

「おお…感謝する」


「拷問の中で死ぬよりマシだろう。戦って兄弟の元へ送ってやろう」

「痛み入る」

 獣人もまた己の人生最期の花道を用意されたことで奮い立ったようだ。


 こうして月の満ちる空の下、獣人は剣を構え、俺は剣も抜かず、ただ向かい合った。

「いかんっエビボーガン!剣を構えろ!」

「隙ありいいいい!」


 獣人の全霊を込めた上段の刃は、俺の頭部に当たって砕け散った。剣は粉々になった。

「やはり…父上。俺に剣の稽古は向いてないですよ」

「堅…」


 俺の利き手のハサミが開き、中のボーガンが露わになる。

 そこから発射されるのは威力20tの矢だ!

「ハサミ型ボーガン、展開!」

 威力20tの矢は一撃で獣人の頭部を粉砕した!


「うむっ!素晴らしい!!流石は英雄ブリストンの子!!」

 意外にも『剣と魔法の冒険団』のマッキアート氏が俺の行動に賛同してくれた。


「確かに…この強さはあまりにも絶対的。聖都へ持って帰る情報としては充分でしょ。個人的にもかなり好印象でさァ。」

 アマナート氏もまた拍手を送ってくれた。


「やれやれ…アマナート、お前は少し暴力的過ぎると思っていたが、エビボーガンには丁度いいみたいだな。」

 父上も一件落着といった様子だ。


 そして、最早そこには、俺が『剣の勇者』であることに異を唱える者など、居はしなかった。


 しかし、何故『剣と魔法の冒険団』はこの島へ来たのか?それは宗教の問題などでは無いはずだと、俺は既に次の手を考えていた。

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