7th stage

レイヤーにマウントとられたくない

     7th stage


 ヨシキに事情を話し、イベントが終わるとぼくは、栞里ちゃんと会場をあとにした。

ふたりとも昼食をとってなかったので、途中で近くのファーストフードに寄る。

テーブルを挟んで栞里ちゃんと向き合う。

小さな両手でハンバーガーを握っていた彼女は、ぼくの視線に気づいて、ぎこちなく微笑む。

それは、今までの愛想笑いと違って、なんだか初々しい微笑み。

はにかむ様な栞里ちゃんの笑顔が、まるで天使みたいに可愛らしい。

その姿を見てると、彼女も少しは、ぼくに心を許してくれる様になったのかなぁって、思ってしまう。


それにしても、、、

なんだろう?

『話したい事』って。


早く聞きたい。でないと、なんか落ち着かない。

いったいどんな話しなんだろうか?

ぼくにとっていい話なのか、悪い話なのか、、、


「そう言えば栞里ちゃんは、もう家に帰ったの?」


あれこれ憶測を巡らし、待ちきれずに、ぼくは彼女に訊いてみた。


「え? どうして?」

「服がこないだとは違うし、、、 もう家出はやめたのかなぁと思って」

「…」

「話しって、その事?」

「…」


天使みたいな栞里ちゃんの微笑みが、みるみる曇ってく。

しまった!

焦ってこちらからアクション起こすと、ロクな事がない!

眉をしかめてうつむき、黙ったままの栞里ちゃんだったが、ひとこと言った。


「イベントの更衣室で、美咲麗奈さんから、いろいろ聞いた」

「えっ?!」


今度はこっちが青ざめる。

まさか、麗奈ちゃんはある事ない事、栞里ちゃんに吹き込んだんじゃないのか?

ホテルでの一件も、全部知っているとか?

ぼくの事、『デブサヲタのレイープ魔』だって、悪口言ってるんじゃないだろうか?!

とはいえ、目の前の麗奈ちゃんのおっぱいにむしゃぶりつき、ヤル気満々になったのは事実。

出来心とはいえ、あのときぼくは、栞里ちゃんを裏切ってしまったのだ。

今でも激しく後悔。


もしかして、、、


『話したい事』って、それを責める様な内容なのか?


「どっ、どんな事話したの? れっ、麗奈ちゃんと」


焦って吃りながら、ぼくは栞里ちゃんに訊いた。


「イベントの話しとか、コスプレのアドバイスとか… あたしの学校の事とかも、しつこく訊かれた」

「あとは?」

「…あたし、あの女、嫌い」

「え?」

「マウント、取りにくるし」

「マウント?」

「上手なコスプレのやり方とか、メイクの方法とかカメコの対処法とか、いろいろ教えてあげるって言ってたけど… なんか、胡散臭うさんくさい」

「胡散臭いって…」

「『今度、リア恋plusの合わせ撮影会しよ』、って誘われた」

「撮影会?」

「その時に『衣装の交換しよ』って言われたけど、どっちも断った」

「断ったの?」

「あたりまえじゃん。お兄ちゃんがあたしに買ってくれた衣装だよ。あんな女に着てほしくない」

「そ、そりゃそうだけど…」

「ああやって、親切そうに寄ってくる人間って、下心ありそうで、信用できない」

「…」

「ごめん。お兄ちゃんの知り合いなのに…」

「…いいよ。別に」

「あたし、、、 誰も信じられない」

「え?」

「信じられない人間ばっかり。家でも学校でも。みんな自分勝手で卑劣で頭悪くて、足を引っ張りあう事しか考えてない人ばっかり!」

「しっ、栞里ちゃん…」

「…」


思わず声を荒げてしまった栞里ちゃんは、ぼくの言葉ではっと我に返ると、うつむいたまま黙って、ハンバーガーにかぶりついた。



 帰りの電車では、栞里ちゃんはほとんど口をきかなかった。

隣に並んで座った栞里ちゃんは、黙ったまま、スマホに向かってなにかを打ち込みはじめる。


またか。


出会った頃から、栞里ちゃんってなにかある毎に、こうやってスマホいじってるよな。

まあ、中学生の女の子がスマホに熱中してるところなんて、珍しくもないけど。

相変わらず熱心にやってるけど、SNSで友達との会話とか、ネットサーフィンとかじゃなさそうだし、ブログでも書いてるのかな?


それにしても、、、

美咲麗奈が、栞里ちゃんのプライバシーを訊き出そうとしてたってのは、なんか気になる。

しかも、撮影会とかの誘いを断ったのなら、麗奈ちゃんはは栞里ちゃんの事、よく思ってないかもしれないし、ホテルでのできごとを、栞里ちゃんに告げ口するかもしれない。

もしかして例の掲示板に、栞里ちゃんの悪口とか書いてるんじゃないだろな?

急に気になってきて、ぼくもスマホを取り出し、掲示板を開いてみた。




942:C.N.;名無したん 2017/8/20/18:24 ID:gbodnPm5g0

  あんなの着ただけレイヤーだし。

  ってか、デブサオタカメコから、衣装貢いでもらうのってどうよ。



もしかして、、、

これって、栞里ちゃんの事?

ぼくは、掲示板を今日のイベントのあたりから遡って読んでみた。

やっぱり思った通りだ。


『握手会とかして、アイドル気取り』

『ちょっと可愛いかと思って、なまいき』

『円光やってるJCだし』

『メイク全然イケてないし、ウィッグくらいつけろよ』

『スーパーアイドル服でこれからセクースか? 羨まし杉』

『あのデブサオタカメコから中田氏されてると思うと、萎える』


とまあ、そこには栞里ちゃんの悪口が、いろいろ並んでた。

撮影の途中でぼくが止めに入ったせいで、それにムカついたカメコのものらしきカキコもあって、ぼくもいっしょに攻撃されてる。


まあ、ぼくが『デブサオタカメコ』とか書かれるのは、もういい。

そりゃあムカつくけど、、、 こんなのヨシキの言う様に、『便所の落書き』とでも思って、スルーすりゃいいだけの話しだ。

だけど、栞里ちゃんの事を悪く書かれるのは、心が痛む。

イベントやコスプレの事はなにもわからない栞里ちゃんを誘って、コスプレさせたのはぼくなんだから、彼女が『着ただけレイヤー』なのは仕方ないし、レイヤー同士の暗黙のルールとか、知らなくて当然だ。

責任があるとしたら、ぼくの方なのに。


そうやって読み進めるうちに、ぼくはあるカキコを目にして、ハッとなった。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る